館の中で待つ者は

 急所を突かれた式鬼は、そのままチリとなって消え失せた。

 元々、呪符を媒介にして形作られていた魔導生物だ。その依り代が無くなれば、霧散して消え去るしかないからな。


「……ふぅ。何とか倒せたね」


 完全に敵がいなくなって、マリーシェがホッとした声を出した。彼女が安堵の吐息を漏らす程、さっきの式鬼は強かったんだ。

 相手にした感覚でいえば、多分「オーグル」よりも強い。レベルでいえば20から、高くて25って処か。

 恐らく1人で相対したら、カミーラだって勝てないだろうなぁ。

 それでもこうして勝つ事が出来る。これが……連携攻撃パーティ・プレイの醍醐味なんだ!

 それぞれのレベルが低くても、知恵を絞って使える物は何でも使い、互いに協力すればレベル以上の力が出せる。

 今の俺たちが倒せる相手は、大体このレベルの敵が限界だろうなぁ。勿論、相手が1体だけだったらって前提なんだが。


「サリシュ、お疲れ。……大丈夫か?」


 ここの誰よりも疲れた表情で、サリシュが俺たちの元まで歩み寄って来た。倒れるって程じゃあないけど、それでも疲労が圧し掛かってるって感じだな。

 これは多分、魔力の過剰消費が原因だろう。

 ……ったく、ドンピシャのタイミングで、ばっちりの魔法を使ってくれたのは有難いんだけど、気合入れ過ぎだって。


「……うん。……大丈夫やでぇ」


 いや、全然大丈夫じゃあ無いだろう。


「しかし、サリシュの魔法が決定打となった事は間違いない。有難う、サリシュ」


 フラフラのサリシュに、カミーラが感謝の言葉を口にした。実際その通りなんだけど、後先考えずに強力な魔法を使ってどうするんだよ。


「でも、この後にも戦闘が控えているんだ。もう少し考えてだな……」


 感謝しているのは間違いないんだけど、この1戦で終わりな訳じゃあない事も彼女だって知っている筈だ。

 それなのにこんなに疲労する様な魔法を使うなんて。意外にサリシュは、頭に血が昇って熱血するタイプなのかも……。


「まぁまぁ、アレク。少し休めばサリシュだって……」


 聞き方によってはサリシュに小言を言っているみたいに見える俺へ、マリーシェはフォローに入ろうとしたんだろうけど。


「残念ながら、休んでいる暇は無いだろう。先ほども話したが、『式鬼』が消えた事を館の中にいるであろう術者も気付いている。これから、その者と相対する必要があるのだからな」


 そうなんだ。

 式鬼が見た物や聞いた事を術者が知れなくても、消え去った事は察している筈だ。

 そして、それが異変である事は誰でも分かる話だからな。術者と対峙し、下手をすると戦闘になる可能性は低くない。


「……しかも、時間はない」


 さらに言えば、俺たちがのんびりする時間はほんの僅かも無かったんだ。それこそ、今すぐにでも館に飛び込む必要がある。

 何故なら。


「……そ……そやなぁ。……中の術者がまた『式鬼』造り出したら、今度こそウチ等は全滅やからなぁ」


 その理由は、疲労が顔に出ているサリシュから齎された通りだ。

 そんな彼女を見る限りではもう動けない……って程じゃあないが、もしも中の術者と対立した場合、次の戦闘に加わるのは無理だろうなぁ。


「あ……」


 マリーシェもようやくその事に気付いたのか、言葉を失ってしまっていた。

 疲れているのは何も、サリシュだけじゃあない。マリーシェやカミーラ、それに俺だって疲れているのに間違いないからな。

 それでも戦闘を開いちまったからには、もう退く事は出来ない。何よりも、戦う事を決めたのは俺たちなんだからな。


「とにかく、館の見える場所まで戻ろう。様子を見てから、作戦を考える」


 もうすでに2体目の「式鬼」が作り出されていればお手上げだ。新しい式鬼を相手にしながら、術者を相手にする事なんて出来ないだろうな。

 なんせ、間違いなく俺たちよりもレベルの高い相手なんだから。





 館の周りには、まだ式鬼は徘徊していなかった。

 って言うか、明らかに不自然な消え方をしたんだ。次に出した式鬼にはもっと好戦的な指示を与えているだろうから、ここまで近付いても新たな式鬼が現れないっていう事は、中の術者はまだ次の式鬼を作り出していないって可能性があるな。

 それよりも。

 中の奴の気配が……高まっている?

 何をしているのかは分からないけど、さっきよりも強い気を感じる事が出来た。

 マリーシェとサリシュはまだ何も気付いていないみたいだけど、カミーラの方を見ると緊張した面持ちが見て取れる。こりゃ、彼女も何かを察しているのかも知れないな。


「……中にいるのかな?」


 マリーシェが、この状況では最も考えられる事を述べた。外に姿が見えないなら屋内……ってのは、当然の発想だ。

 そして、もう一つ考えられる事もある。


「……中で待ち構えているかも知れないな」


 俺のもう一つの考えは、すぐに式鬼を呼び出さずに、乗り込んで来るであろう俺たちを迎え撃つ為に構えている……というものだった。

 ポンポンとすぐに出現させる事が出来るんなら話は別だが、そうでないならば術の行使中に押し入られたら不意を突かれた状況になる。それを嫌って、すでに術者は戦闘態勢を取っている可能性があるんだ。

 まぁ……肉弾戦を得意としていたらなんだけどな。


「では、どうする? 一気に乗り込むか?」


 俺たちのパーティーには、盗賊シーフ隠密ヒドゥンはいない。気配を消して偵察や探索を行える職業ジョブの者はいないから、秘密裏に探りを入れるなんて出来ない。

 まぁ、中の術者が必ずしも気配だけを頼っているとは限らないんだけどなぁ。

 俺がその役を請け負っても良いんだけど、出来れば完全に気配を消せる事はまだ内緒にしておきたいんだよなぁ。


「……いや。ここはもう少し、俺が気配を探ってみる」


 カミーラの問い掛けに、俺はそう答えたんだが。


「……アレク、こんな所から中の様子が気配だけで探れるん?」


「……まぁな」


 サリシュの驚いた様な質問に、俺は短くそれだけを返事した訳だけど。

 ……嘘だ。

 流石の俺も、ここから建物の中の状況を気配だけで明確に探る真似なんて出来ない。

 ここから分かる事は、中に何かしらの存在が有るという事。そしてそれが、今はかなり強い気を発しているという事ぐらいか。

 しかしこの感じは……。


 ―――……ファタリテート。


 俺は、「スキル ファタリテート」を発動させた。

 周囲の景色が一転し、白黒の世界が広がり時間が止まる。この状態なら、マリーシェ達の「宿命」を探る事が出来る訳だが。

 今回は、それが目的じゃあない。

 式鬼との戦闘前に彼女たちの「運命」を見た限りじゃあ、何か強敵に立ち向かっている様子だったけど、苦戦していたり全滅の憂き目にあっている感じじゃあ無かった。

 なら、まだ見る必要は無いだろう。でも、油断は出来ないんだけどな。

 何せ、「運命」だとか「宿命」ってやつは、常に揺蕩たゆたっているってのがこれまでの俺の感想だ。何かの行動を起こせば、それでその先の「運命」はガラッと変わる……っていうのは大袈裟だけど、その可能性もあるんだ。

 だから、さっき確認したから今も問題ないと決めつけるのは早計かも知れない。

 でもこれは俺も彼女達と同じ場所に身を置いているからこそ言える事だが、無謀な突入や無茶な戦闘さえしなければ、まだ大事になる状況じゃあないって感じられる。

 そしてその「先の出来事」が俺の望まない結果にならない為にも。


 ……この状態で、中の様子を確認に行く。可能なら、中の奴の「運命」も伺い見る。


 これが先決だろうな。

 この能力を使えば、わざわざ気配を消し危険を冒して様子を見に行くっていうリスクがなくなるんだ。

 敵……レベルの高い者や一部の魔物には、気配だけじゃあなく魔力を探ったり体温や生命力で察知する輩もいる。そんな奴ら相手だと、いくら気配を消した処で見つかる可能性もあるからな。

 でもこのスキルを使えば、少なくとも見つかる事は一切ない。

 不意打ちは出来ないけど、相手の構成やら種族やら、その装備なんかを事前に知る事が出来るんだ。この優位性は……大きい!


 そして俺は、意識を館の方へと向けた。

 幸い、閉まっている扉はすり抜ける事が出来た。どうやら、遮蔽物を通り抜ける事が可能な様だな。

 俺はいきなり近くの壁から入る真似はしないで、扉から順を追って進む事にした。侵入するならその経路となるし、罠や待ち伏せを事前に知る事が出来るからな。

 と言っても、今回の敵はそんな策謀を巡らす輩じゃあ無かったみたいだ。

 慎重に周囲を観察しながら、奥の大食堂でそいつの姿を見つけた……んだが。


「……こいつは」


 そこにいたのは……人族じゃあなかったんだ。

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