式鬼を誘き出せ
未だ時間の静止した白黒の世界。
そこでは当然の事ながら、動くものは何も無い。
ここで思考を巡らせる事が出来るのは、多分俺だけだろうなぁ。……意識体だけど。
そしてこの状態だと、移動は出来ても物に触れたりアイテムを使用する事は出来ない。
何も出来ない世界……だと思ったんだが。
「……やっぱりそうだ」
どれだけこの意識体の状態で近づいても、当たり前だけど「式鬼」が俺に気付く事は無い。このスキルを使えば、どんなに上手く気配を隠すより、どれほど上手に足音を消すよりも目標に近付きその動向を探る事が出来るようだ。
話している内容なんかは分からないだろうけど、敵となる者の人数や装備なんかは事前に知る事が出来る。このメリットは……大きい!
そして。
「……これは」
俺は思わず絶句してしまっていた。
俺の持つ「スキル ファタリテート」は、何も俺と近しい、俺の懇意としている人物だけに働く能力じゃあなかったんだ!
このスキルは……魔物にも有効だ!
事実、「式鬼」へ向けて意識を集中させると、マリーシェ達にも現れたあの文字が浮かび上がっていた。
でも、考えてみりゃあそれも当然だよな。
そもそも「運命」だの「宿命」なんていうのは、何も人にだけ作用するもんじゃあない。動物にも、魔物にだってそれぞれの「先行き」が存在しているんだから。
そして俺の能力「ファタリテート」は、その「運命」を覗き見る力がある。
「……時間か」
でも残念ながら、無駄に時間を浪費し過ぎたみたいだ。
周囲の風景がぼやけだし、その輪郭を崩して行く。
急激に色を取り戻しながら、俺の意識も「
一度「ファタリテート」を発動したなら、次に使用出来るのは少し時間を置かなければならない。連発は出来ないから、「式鬼」の「運命」は確認出来ないけど……。
「今は、これだけで十分だな」
マリーシェやサリシュが無事だという事は、俺やカミーラも健在だと考えて良いだろう。必ずしもそうだとは言い難いが、それだけが分かれば今は良い。
それともう1つ。
僅かでも思考に割く時間が作れると言うのも、このスキルの利点だろうな。
今の状況もそうだが、有益な情報を得つつ作戦の立案をする猶予を得れる……と言うのは、実はかなり有用な事なのかも知れない。
「……アレク。如何する?」
俺に向けて、カミーラが問い掛けて来た。
時間が止まっていたんだ。俺が「ファタリテート」を発動した直後の緊張感はそのままだし、マリーシェ達に俺を不審がっている素振りなんかなかった。
「まずは、出来るだけ奴を館から引き離そう。あれを召喚した者が館の中にいるとして、少なくともそいつはあの『式鬼』よりも上位の存在だろうからな」
一先ず俺は、無難な選択を採りその事を口にした。
これはもう話に上がった事だけど、さっきと今とでは結果認識が全然違う。「運命」を見据えた上で、前向きに戦闘を考慮した意見なんだ。
中にいる「上位種」に、出来るだけ戦闘の音は聞かれたくない。いや……それは無理でも、気付かれるのは出来るだけ後の方が良い。
その為には、あの「式鬼」を出来る限り今いる場所から遠ざけないといけないだろう。
「……そんな事しても、あれ作り出した奴にはバレるんちゃうん?」
そこでサリシュが、気になる部分の指摘を口にして来た。確かに、一般的な召喚獣ならば術者と繋がっている事が考えられる……のだが。
「あの術は、作り出す際に術者が魔力を込めはするが、その後は施術者の意向に沿って自動で活動するのだ。簡単な命令を事前に与えておけば、その後は術者と常に繋がっている様な事は無い。ただ遠隔での指示が出来るし、意図しない消失を感知する事は出来るがな」
サリシュのもっともな意見に答えたのはカミーラだった。
広く知られている「召喚魔法」にて造り出された「召喚獣」とは、この部分が違う処だろう。
召喚獣……とは言われているが、実際は何も本当に魔獣を呼び寄せている訳じゃあ無い。実は召喚獣は、術者が自身の魔力で作り出している「魔導生物」なんだ。
だから、その使役には術者の意識が常に向いている必要がある。
その代わり、召喚獣の見たもの聞いた事はすぐさま術者が把握する事が出来ると言う利点もある。
そこが目の前の「式鬼」とは決定的に違う処でもあるんだ。
「じゃあ、あいつを倒すまでは中の術者に知られないって事ね?」
スラリと剣を抜いて、マリーシェが好戦的に瞳を輝かせた。方針が決まった事で、彼女はすぐに行動を起こそうって考えているんだ。
しかも。
「私が囮になって誘き寄せるから、アレクたちは少し離れた所で待機しておいて」
マリーシェは自らを使って、あの式鬼を館から引き離す役を買って出てくれた。
その作戦自体は間違いじゃあない。この役は彼女か、俺が適任だろうからな。
ただ問題なのは。
「だが、あれに与えられた命令が侵入者の排除じゃあ無くて、館の死守だったら乗って来てくれないかも知れないけどな」
俺はその作戦で、唯一の心配を口にしたんだ。
符術で作り出した「式鬼」には、簡単な命令だけを付与出来る。作られた「式鬼」は、その命令に忠実な行動しかしないからな。
「……アレク。そなたは、良くその様な事を知っているな。あの『式鬼』について、詳しいのか?」
俺の説明を聞いて、カミーラが不思議そうに俺の方を見てそんな疑問を投げ掛けて来た。
おっと……。うっかり余計な事を口にしちまった。
俺は以前の冒険で、東国倭の国へ行った事があるからな。その時に、この「式鬼」についても話を聞いた事があったんだ。
実はこの「式鬼」は、呪符を用意し術法を知っていれば誰でも使用する事が出来る。ただしそれらは、知能の低い魔物には作る事も行使する事だって不可能だろう。
逆に言えば、知能の高い魔物ならば作り出す事が出来るって理屈だな。
東国倭の国には、そんな知能の高い魔物が複数存在していた。それらの魔物は、「式鬼」を手下として使役する傾向があるって話だった。
「まぁなぁ。俺の親父はほら、本が好きだから。それこそ、世界中の事を記した書物が揃ってるんじゃあないかって程、色んな国の本が山積みだったからなぁ」
だから俺は、いつもの言い訳を口にしてその場を誤魔化そうと試みた……んだが。
まぁ、実際はその地に行って得た経験なんだけど、まさか俺の中身が元はLv85で30歳のおっさんだっただなんて話せないし、信じて貰えるかどうかも疑わしいしなぁ。
なにより……そんな事がバレたら、彼女達に一気に引かれて嫌われ、俺から離れて行っちまうだろう。
そうなったらそれはそれで仕方ないんだが、出来ればそれは彼女たちが一人前の冒険者だと認められる様になった後が良い。
「……アレクの家には、そんなに書物があるんやなぁ。……いつか、行って見たいわぁ」
信じているのか看破されているのか。サリシュが空を見上げてそんな事を呟いた。
いや、実際の俺の実家は、ただの農家だから。そんな本なんて、1冊だって置いてないからね?
「と……とにかく、早速あの『式鬼』を誘き出してみよう。もしもあの場から離れない様なら……仕方がない。その時は一気に間を詰めて攻撃する。その際は、中から出てくる気配に注意するんだ」
これ以上、俺の話が長引くのはあまり宜しくないな。何よりも、そんなにのんびりと話していられる状況でもない。
俺は作戦を総括し、みんなに確認した。そして俺の話に、全員が頷いて応えて来ていた。
「じゃあ、これを」
そして俺は、また「ボデルの実」「ドゥロの実」「ベロシダの実」「マジアの実」「エチソの実」を3人に分け与えた。さっき渡した実の効力はもう切れているだろうからな。
もしもの時は、これを使って倒し切るしかない。時間も多くは無いしな。
ただ、俺にはみんなには話していない懸念が1つ残っていた。
「式鬼」の強さは、それを作り出した術者の強さに比例する。
つまり、もしも「式鬼」の強さが俺たちの手に余る様なものだったら、中の術者にも到底太刀打ち出来ないという事になる。その場合は、逃げの一手を打たなければならないんだが……。
今回の戦闘で俺が最も注意しなければならない事。……それは。
敵の強さを見極め、優劣を冷静に判断して、もしもの時は何としても逃げる。
という事だった。
特にカミーラは、倒す事に執着するかも知れない。
それでも……彼女の意識を奪ってでも、逃げる時は逃げる!
「……行くぞ」
強くその事を決意し、俺は静かに行動開始の合図を出した。それに合わせて俺とサリシュ、カミーラは館から離れる様に移動し。
マリーシェはその場に留まり、そんな俺たちが配置に着くのを待ち構えたんだ。
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