浮かび上がる疑問

 そして俺は、現実の時間軸へと復帰した。色が戻り、草木の匂いや頬を嬲る風や葉音、そして何よりも。


「エリィンッ! お願いぃ、目を覚ましてエリィンッ!」


 泣き叫ぶシャルルー。そして。


「どうにかならないの、アレクッ!?」


 俺を問い詰めるマリーシェと蒼い顔をしたサリシュ、カミーラ。そんな現実が戻って来たんだ。

 バーバラはセリルの様子を見ているし、ポーションの効能で腕がくっつき傷も完治したセリルは、未だにショックから動けないでいる。

 そりゃあ、一時は自分の腕が斬り落とされている処を。動揺するなって方が無理だろうな。

 自分自身から無理やり引き離された部分をその眼で見るってのは、想像以上に精神的ダメージが残るんだ。それもある程度は慣れで何とかなるんだが、駆け出し冒険者と遜色のない俺たちじゃあ、心中に沸き起こった恐慌を抑える事なんて簡単じゃない。

 俺も、慣れるのには相当の時間が掛ったからなぁ……。


 もうすでに、エリンにはポーションを振り掛け飲ませてある。これ以上、ここでの治療は不可能だろうな。

 冷静を取り戻した俺は、もう一度エリンの方を見て彼女が刺された部位を確認した。

 オーグルに背中から突かれ、その剣は腹部まで貫通している。割けた衣服の間から、彼女の白い肌が見えていた。

 もうすでに傷跡は全く残っていない。それに、呼吸も安定していてまるで寝ているみたいだ。


「……アレクゥ。エリンはぁ、どうなってしまうのぉ?」


 涙と鼻水でグシャグシャのシャルルーが、俺に縋る様に問い掛けて来た。

 言っちゃあなんだけど、こんなみっともないシャルルーを見るのも、まぁ金輪際ない事だろうなぁ。


「……エリンは多分……大丈夫だ」


 そこで俺は、たった今診たと言わんばかりの風情でシャルルーに……みんなに答えたんだ。実際は、女神フィーナに言われないと気付かなかったんだけどな。


「ほ……本当か、アレク!?」


 一気に喜色ばんだカミーラが、驚いて問い返して来た。そしてその雰囲気は、この場の全員が同じものだった。……特に。


「ほ……本当ぅ!? アレクゥ、本当なのぅ!?」


 シャルルーの期待感は尋常じゃあ無かった。彼女にとっては、正に地獄から天国と言った処か? それとも、地獄に仏を見た……なんて心境なのかも知れない。

 俺はそんな彼女に気圧されながらも、何とか話を続けた。実際は今のエリンの容態よりも、ここからが重要だからな。


「あ……ああ。でも、ここで俺が見る限りじゃあ……って事だし、詳しくは医者に見せないと分からない。今の手持ちのアイテムじゃあ、これ以上エリンを治療するのも無理だし、何よりも彼女を安静にしないといけないからな」


 俺が説明をすると、その場の全員が了承の意を示していた。エリンが一命を取り留めたとしても、ここでいつまでも寝かせておいて良い訳がない。


「……ほならそれじゃあ、このまま下山するん? ……もう、依頼クエストは終わらせたみたいなもんやろ?」


 サリシュが、この場でもっともな意見を口にした。

 確かにギルドからの依頼である「テルセロの町周辺で確認された謎の一団の偵察および排除」は、完遂したと言って良いだろう。結果として、この場にいたオーグルとゴブリンは全滅させたんだからな。

 ……でも。


「……いや。とりあえず、バーバラ。お前はこのままセリルを連れて山を下りてくれ。すまないが、エリンを運んでやってくれないか」


「……分った」


 俺はバーバラにそう言いつけ、彼女はすぐに頷いて了承してくれた。シャルルーとエリンを連れ帰るとして、一番健在なのはこのバーバラだからな。


「シャルルーはバーバラに従って、エリンを連れ帰るんだ。戻ったら、すぐに医者に見せてやってくれ」


 今度はシャルルーに告げると、彼女はウンウンと首を何度も縦に振って応えている。

 身体的にではなく精神的にダメージを負っているシャルルーは、もう我儘を言って付いて来るなんて言わなかった。……まぁ、そりゃ当然だよな。


「セリルも、一緒に山を下りてくれ。バーバラはエリンを担いで手が塞がっている。実際山を下りるまで、お前が3人の護衛だぞ」


「あ……ああ」


 そして俺は、最後にセリルへとそう指示を出したんだ。

 セリルは今、シャルルー以上に精神的ダメージを負っている。自分の腕が斬り落とされて、一時は腕が無くなったんだ。その事実が、彼の気持ちを完全にへし折っちまっていた。

 もしかすると、セリルはこのまま冒険者を引退すると言うかも知れない。

 でも、それも仕方ないだろう。

 例え初めから治ると分かっていても、実際に手足が切り落された恐怖と痛みは脳裏に焼き付けられる。それを払拭するには、強い精神力が必要になるだろうなぁ。


「じゃあ、早速移動を開始してくれ。くれぐれも、気を付けてな」


 俺がバーバラたちを促すと、自分たちの荷物を持った一同は立ち上がった。バーバラはそのまま、エリンを抱きかかえている。

 そして彼女たちは、俺たちが来た道を戻って行ったんだ。





 遠ざかっていく4人を見つめて、隣に立つカミーラがポツリと呟いた。


「……何か、気になる事でもあるのか?」


 さすがはカミーラと言った処か。俺の言動や機微に、目敏く反応してくるな。


「……そやなぁ。……ここに残る意味なんか、あんまりないもんなぁ」


 そしてそれは、サリシュも同様だったみたいだ。

 まいったな……。そんなに俺の行動は分かりやすいんだろうか?


「えっ? そうなの?」


 いや、そんな事は無かった様だな。少なくとも、マリーシェにはなんの疑問も与えなかったみたいだし。


「……ああ。襲って来たゴブリンたちなんだが……なんだか変だとは思わなかったか?」


 俺は当初から抱いていた疑問を口にしたんだが、カミーラとマリーシェは頭の上に疑問符を浮かべている。……ああ、流石にこいつ等じゃあ気付かなかったかぁ。


「……うん、そやねぇ。……普通ゴブリンちゅぅたらと言えば、住処を作って暮らしてるからなぁ。あんな森の中のなんも無いとこに潜んでる方がおかしいわなぁ」


 でも流石はサリシュだ。俺の抱いていた違和感に、彼女も勘づいていたみたいだな。


「えぇ、そうなの? でも、私たちを待ち伏せていたんなら、おかしい事もないよね?」


 それでもマリーシェは、もっともらしい異論を口にした。そしてそれは、カミーラも同じ意見なのか隣で頷いている。


「……いや、あそこは通りから大きく外れている。あそこで待ち続けたって、奴らが喜びそうな獲物が通るなんて考えられないし、奴らだってそんな事は十分に理解出来るだろう。しかも伏せていた数と質は相当なもので、明らかにと考えられるほどだったからな」


 そんなマリーシェ達に、俺はそう反論しサリシュも頷いていた。

 ゴブリンの習性を考えれば、あそこで総動員して待ち構える意味が無いんだ。

 もしも俺たちの接近が知られているとしたなら、恐らくは奴らのテリトリーまで誘き寄せて、そこで待ち伏せをする方がずっと効率が良いだろう。罠も張れるしな。


「……それにあれはどっちかっどちらかちゅうたらと言えば待ち伏せしてたっちゅうよりも、逃げ隠れてたぁってゆぅ方が近い気がすんな」


 俺の後を継いだサリシュの話に、俺も殆ど同意だった。

 ここよりさらに山脈の方へと向かった、山の麓にあると言う廃屋。元々そこが、ゴブリンたちの住処だったんじゃあないかと俺は考えていた。

 でも、何らかの理由で奴らはそこを追われた。だから、あんな場所で潜んでいたんだ。

 そう考えれば、その場所での遭遇戦も納得がいく。


「……ふむ。だからそなたは、バーバラたちを先に帰したのだな?」


 俺とサリシュの説明に納得のいったカミーラが、腕組みをして深く頷いて呟いた。まぁそれも憶測でしかないし、実際の処は確認に行かなきゃ分からない。

 それにはこれ以上、お嬢様やら怪我をして意識のない侍従やら、戦闘出来そうにない奴は足手まといだからな。


「それじゃあさぁ、早速確認しに行こうよ」


 そしてマリーシェは、真偽を確認するには最も確実な方法を提案して来たんだ。まぁ、それしかないよなぁ。俺の杞憂だったって可能性もあるし。


「……そうだな。まずは確認に行くか」


 そして俺はそんなマリーシェの言葉に賛同し、サリシュとカミーラも頷いて応じた。

 少し前の、初期パーティの面子となった俺たちは、周囲に警戒しながら先へと進んだんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る