課せられる初めての「グランドクエスト」

 これで一段落……。エリンも一命を取り留めて、めでたしめでたし……と言う訳にはならなかった。

 フィーナの話は、まだ終わりじゃあ無いんだからな。


「……それであんた、ちゃんとその娘エリンの『運命』を見たの? いえ……見たと言えるの?」


 気を緩めていた俺に、フィーナの言葉が突き刺さる。

 ……どういう事だ? 彼女の「先行き」なら、さっき確かに……。


「……っ!?」


 俺は弾かれた様にエリンへと向き合うと、再度「ファタリテート」を発動して彼女の「運命」を確認したんだ。

 俺の眼前に浮かび上がったその映像は、さっきと同じ。

 ベッドの上で彼女は体を起こし、優しく微笑んでいた。

 ……でも……何か変だ。

 大体、なんで彼女の「運命」が映像なんだ?

 このまま彼女が助かるんなら、俺の見る情景はもっと違ったものの筈だ。

 」が、彼女から受ける「運命」だなんて……?


「……あれ?」


 そこで俺は、その違和感に勘づいたんだ。

 俺の眼前に映るエリンは……エリンじゃない?

 いや、彼女に間違いないんだが、その容姿は今とは若干異なっている。

 良く見れば……髪が少し……いや、かなり伸びていた。

 それに、どこかやつれている様にも見えるな。

 ここまでならそう遠くない「先」であるとも思えるんだが、何よりも違って見えるのは。


「……エリンが、成長している?」


 一目見ただけでは気付き難いんだが、俺の見ているエリンは、今目の前で横たわるエリンよりも……大人びていた。

 更に注視すれば、その姿は目覚めたばかりみたいだ。……まるで、永い眠りから……な。


「……フィーナ。……これは?」


 俺は思わず、傍らにいるフィーナに問い掛けていた。

 俺の見たもの……そして考えている事が間違いなければ。


「ようやく気付いた? 確かにその娘は一命を取り留める。でも、目覚めるのはまだ当分先だっていう事よ」


 そしてフィーナの答えは俺の予想通りであり、ある意味で残酷なものだったんだ。

 そんな彼女は、淡々と説明を続ける。


「確かに、あんたが今使ったポーションのお陰で、すぐにこの娘が死ぬ事は無いわ。それでもそれは、一時的でしかない。何をどうしてもすぐに治癒させる事が出来ない程に、彼女の受けた傷は深手だったという事よ。それは、永い眠りで癒さなければならない程に……ね」


 俺は完全に言葉を失うとともに……納得もしていた。

 眠りと言うのは、最良の治療行為だ。

 体が疲労したり傷つけば、人は眠りを欲する。眠る事で身体の機能の全てを、その治療に充てるんだ。

 だから深く傷つけられた彼女が長い眠りを必要とするのは、十分に考えられる事だった。


「……どれくらい……なんだ?」


 ここでもっとも重要となるのは……その期間だ。

 どれくらいエリンは、眠り続けるんだろう。

 何日……何カ月……何年……何十年?

 いや、見えているエリンは、そこまで老けている訳じゃあ無い。

 少なくとも……3年。いや……5年か?


「あんたが、この娘は後5年もすれば目覚めるわ。その時彼女は、その代償として歩けなくなっているみたいね」


 俺の問い掛けに、フィーナはいっそ残酷と言って良いほど無表情にそう答えたんだ。

 5年……5年だって!? その間、ずっと彼女は眠り続けるって言うのか!?

 そして……そんな現実をシャルルーは……エリンの家族は受け入れられるのか!?

 それに……足が動かないだって!? ようやく目覚めても歩けないなんて、そんな残酷な話があるかよ!?

 だが……それが俺の見た彼女の「運命」なんだ。それは変えようのない、確定している……「宿命」。

 ……ん? ……確定?


「何もしなくてもって事は……。俺が動けば……?」


 そうだ。フィーナは「俺が何もしなくとも」と言った。

 という事は、俺が「何かをすれば」この「運命」も変わるんじゃあ無いのか?


「そうね。、もしかすればもっと早く目覚めるかも知れないし、歩ける様になっているかも知れないわね」


 そうか! そういう事か!

 俺の見る「運命」は、そこから俺が何もしなかった場合の「将来」だ。

 だが、その「結果」を知る俺がそうならない様な行動を取れば、それはそのまま違った「運命」を辿る事になる筈だ!

 つまり!


「じゃ……じゃあ、彼女が早く目覚め、それでいて歩ける様になっていると言う『運命』も……」


「そんな『運命』も存在するかも知れないわね」


 そういう事だ!

 今までは気にも留めなかったけど、この世界には一般人に対して高い治療能力を持つ者がいるかも知れないし、そんなアイテムが存在するかも知れない!

 それを探し出せば、劇的にエリンを回復させる事が出来るかも知れないんだ!

 そして俺は、それを得る事の出来る場所に心当たりがあった!


「でもあんた、そんな事に首を突っ込むつもりなの? 魔王の事もあるし、魔神族の事だってある。余計な事を背負い込み過ぎるのは、余りお薦め出来ないけどねぇ」


 そんな俺の考えを確認するみたいに……俺を試す様に、フィーナは俺に問い質して来たんだ。

 彼女の言う通り、俺には様々な問題がすでにある。

 魔王の脅威はこの後問題となるだろうし、カミーラの事を考えれば魔神族を無視する事も出来ない。それだけでも、十分に多過ぎる課題を背負っていると言って良いよな。

 まぁ魔神族は兎も角、魔王はどうするかなんて今は考えていないんだけど。

 の、に、今は備える必要性を感じていないんだ。

 だが、それもいつまでも無視出来る事じゃあない。

 しかもそれにエリンの事まで抱え込めば、これからの冒険に……旅に大きな支障となるのは明らかだ。


「でも、可能性はあるんだよな? なら俺は……俺たちは、多分エリンの事を放ってはおけないと思う。例え遠回りになっても、俺たちはエリンを少しでも早く目覚めさせる為に行動すると思うんだ」


 もしも俺が「否」と言っても、多分マリーシェが、サリシュが、カミーラが、バーバラが、ついでにセリルが。きっと「やろう」と言うだろう。

 これは……ギルドで受ける色んなクエストとは別な俺の……俺たちの「グランドクエスト」の1つとなるだろうな。


「……そ。まぁ私はそれでも良いんだけどね」


 どこか諦念じみた声音で、フィーナは俺にそう呟いたんだ。それはまるで、俺がそう答える事を知っていたかの様な口ぶりでもある。

 なんだか、この女神フィーナに誘導されているみたいで嫌だなぁ。


「それじゃあ私は戻るけど……良い、アレク? あんたは“”なんだから、とにかく『ファタリテート』を使。それによって、あんたの重要性は更に増す事になるんだから」


 ……そうだ。

 これからは細心の注意を払って、とにかくクエスト前に「ファタリテート」を使おう。それによってそのクエストの成否は勿論、事前に危険度も分かるってもんだからな。

 特にカミーラ……。

 彼女の「運命」には、随時注意しないとな。

 もしかすれば、またどこかで「魔神族」に遭遇しないとも限らない。何よりもカミーラ自身が、魔神族の話には率先して首を突っ込んで行くだろう。

 そして、俺たちにはまだまだ荷が重い相手だ。可能な限り接触は避けて、最悪は……死なない様に立ち回らないとな。

 でも……んん? 使いこなせ? なんだか、フィーナの言い回しが気になるな。


「おい、フィーナ。使い熟せってどういう意味だよ? まさか……この『ファタリテート』には、まだ隠された能力があるんじゃあ……」


 俺は下から睨めつける様にして彼女に詰問したんだが。


「だぁかぁらぁ。使い熟せって言ってんの。使い熟すにはどうすれば良いのか、30年も生きて来たあんたには分かるでしょ?」


 残念ながら、俺の質問はアッサリと却下されちまった。確かに、人にあれこれと聞く前に行動して確かめろってのは鉄則だよなぁ。

 まぁ、今後は出来るだけ使いまくろうって決めた訳だし、その中で色々と試してみれば良いか。


「……分ったよ。なんだか、色々ありがとな」


 もう話は終わったと言わんばかりのフィーナに、俺はとりあえず礼を言っておいた。彼女の口調はともかくとして、話してくれた事は的確で重要だったからな。


「まぁ……頑張りなさいな。それじゃあ、またね」


 それだけを言い残してフィーナは消え去り、そして白黒だった世界が再び彩りを取り戻し始めたんだ。

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