ファタリテートの効果
意を決して「ハイ・ポーション」を使おうとした俺に、背後から声が掛けられた。その声音は呆れたみたいな、それでいて馬鹿にしている様でもある。
こっちが追い詰められて最後の手段をって考えてるのに誰だよ!
俺はムッとして、声のした方向へと顔を向けた……んだが!
俺はそちらの方へ顔を……いや、身体さえ動かせなかったんだ!
「こ……これは!?」
これは、以前から何度も経験している!
俺の中から、意識だけが抜け出たみたいな感覚! 全てのものが動きを止め、周囲から色が失われて、白黒の世界が広がっている!
「こんな一般人に、そんなアイテムを使ったって無駄だって言ってんのよ」
慌てる俺に向けて、再び声が掛けられた。その声は、もう何度か聞いた事のあるもので……忘れられる筈がない!
「女神フィーナ!」
俺はその声の方向に意識を向けて、憎々し気に呼び掛けたんだ。もっとも当の彼女は、そんな声を受けてもどこ吹く風と言った涼し気な表情をしている。
「あんたも、元は上級冒険者だったんでしょ? なら、そんな事が無駄だって事ぐらい分かってるわよね?」
本当に馬鹿にしてるんじゃあないかってくらい、彼女の声は冷めている。
それが余計に、俺の神経を逆なでした!
「でもなぁ! 目の前で知人が死にかけてるんだ! 何とかしてやりたいって言うのが、人情ってもんなんだよ!」
フィーナは、曲がりなりにも神……女神だ。だからもしかすれば、人間の感情や気持ちなんてものには疎いのかも知れない。
だからだろうか。
俺は彼女に向かって、そんな当たり前の心情をぶつけていたんだが。
「あんたの前世を振り返ってみても、その『人情』ってやつに素直な行動を取って来たの?」
「ぐっ……」
そんな俺の激情を前にしても、彼女に動揺した様子なんて無い。それどころか、何とも痛い処を突いて来たんだ。
彼女の言う通り、俺の前世での行いを顧みれば、今の様に「情」に
その為に必要だったのは、ただガムシャラに力を得る事。
そして最も不必要だったのが、立ち止まる事だった。
人の情に振り回されちまったら、前へと進む勢いが削がれちまう。だから……目に留まった事も敢えて無視して来たんだ。
「まぁ後悔をやり直す事が出来るってのも、『記録』の恩恵の一つなのかも知れないわねぇ」
言葉を失くした俺に向けて、まるで自答する様にフィーナは呟いた。
まるで慰められているみたいで、俺にはそれさえも歯噛みする想いだったんだが。
「ともかく、フェスティス様の加護を受けていないこの娘に、高性能なアイテムの恩寵を受ける事は出来ないわ」
そして改めて、フィーナは俺にそう説明した。
そんな事は、言われるまでも無い。もうすでに、分かり切っている事だからな。
でもそうなると、もはや俺には打つ手がない……そうなっちまう。
「……はぁ―――」
そんな俺に向けて、フィーナはこれでもかって程盛大にため息を吐いたんだ。
明らかに……これは馬鹿にしているよな?
「……なんだよ」
自分の無力さ、そしてエリンの最期を知ったみんなの顔を想像して、俺は打ちひしがれていた。
だから、俺がフィーナに対してぶっきら棒な物言いになっても仕方がない。
それにそのため息のつき方! ハッキリ言ってムカつくからな、それ!
「私、あんたに以前何か言わなかったっけ?」
睨みつける俺に対して、彼女はすぐに答えを示さなかった。もったいぶった言い方しやがってこの……。
でも……何を言われたっけ?
以前……と言うと、初めて俺の前に現れた時か……?
それとも、カミーラと話していた時に現れた2度目の時……?
いや……3度目の露天風呂の時だったか……?
……露天風呂。
俺は思わず、カミーラと入った露天風呂の事を思い出して、つい赤面してしまっていたんだ。……いや、今の俺は意識体で、顔形があるかどうかも分からないんだが。
「……ちょっと、何を思い出してるのよ? 真面目に考えなさいよね」
でもそんな俺の思考は、どうやらフィーナに筒抜けだったみたいだ。
くそ……なんで分かるんだよ。
だけど俺は、気を取り直してその時の事をもう一度思い出していた。……彼女との会話を。
そうだ……あの時……フィーナは……。
「
でも、殆ど何も分からないって事には変わりないよなぁ……。まだ何か隠しているみたいだったし。
「魔神族」……についてだったか?
でもそれだって、結局はカミーラがもっと俺たちに心を開いて踏み込んでくれないと、まだまだ現実に影響するまでには至らない……よなぁ。
ただカミーラと関わっていけば、いずれはその答えにもいきつく。……それは間違いない。
それにフィーナと話した後、カミーラは随分と深い処まで自分の話をしてくれた……と思う。今なら、彼女のかなり詳しい「運命」が見れるんじゃあないかな?
でもその為には、俺の持つ「スキル ファタリテート」を使って彼女の「宿命」を覗き見ないといけない。
そういえば、「スキル ファタリテート」の話もしたなぁ。
ファタリテートを使って、多くの……俺に関わって行く多くの者達の未来……「運命」だったり「宿命」を垣間見ていけ……って言われたんだっけ?
「……はっ!」
そこで俺は、肝心な事に気付いたんだ!
俺はあれから、1度も「スキル ファタリテート」を使っていない。
ファタリテートは、俺が見た時から、その後俺が何もしなければその者に訪れる……決定事項を見せてくれる能力。つまり、起こった出来事に対して俺が行動を起こせば……その者の行く末も……変わる!
俺は慌ててエリンの方へと視線を向け、そしてすぐさまファタリテートを発動したんだ!
エリンの頭上に、例の文字が浮かび上がる!
―――表層障壁「Clear」。
―――深層障壁「Clear」。
―――心理プロテクト「Without」。
―――開錠……確認。
以前に見た、見ず知らずの女の子と同じ様な表記。これなら、彼女の「宿命」を垣間見る事が出来そうだ。
俺は意を決して、緑色に点滅している「確認」に意識を集中する。そこに浮かび上がった、エリンの「宿命」……は。
エリンがベッドの上で、体を起こしている。
そしてその顔には、笑顔が浮かんでいたんだ。
それは間違いなく、彼女が死ぬ事なく回復している様子を表していた!
「フィ……フィーナ! それじゃあ、彼女は……!?」
俺がフィーナの方へ向いて問い掛けると、彼女はしたり顔で頷いて応えた。……何か偉そうだな。
「アレク。あんたの眼は、他の娘達よりも確かよ。でも、完璧でもない。この娘……エリンだっけ? 彼女の受けた傷は致命傷だっただけど、あんたの目算よりも僅かに軽かったの。勿論、あんたのポーションが無ければ死んでいたでしょうけど、そのポーションのお陰で一命は取り留めたようね」
なんとも素っ気ない言い方だったけど、フィーナのこのセリフはここ最近聞いた中で一番嬉しいものだった!
エリンが……助かる! しかもそれが、俺のポーションのお陰だって言う!
いずれは使い様のなくなるアイテムの筆頭で、だからこそ唸る程持っていたポーションがここで役に立つなんて。
……捨てずに持ってて、良かったなぁ。
だけどフィーナは、そんな慰めを俺に言うだけには留まらなかったんだ。
「だから、もっと『ファタリテート』を使えって言ったわよね? もしもあんたがこのクエスト前に全員の『宿命』を覗き見ていれば、こんな事態を避けられたかも知れないのよ? それに不測の事態に陥ってもすぐにまた『ファタリテート』を使えば、どうすれば良いのかのヒントにもなる筈。あんたには、それが分かってなかったのよ」
うう……反論の余地もない。
確かに、全員とは言わなくとも誰か一人の『運命』を見ておけば、この事態を把握していたかも知れない。そしてそんな「先」を知る俺だからこそ、その「不運」を回避させる事が可能なんだ。
「とにかく、今後こんな思いをしたくないのなら、出来るだけ『ファタリテート』を使う事ね。それで変わらない事もあるだろうけど、全く同様の『運命』にはならないだろうから」
フィーナの話に、俺は頷いて応えた。
これからは、もっとみんなの『行きつく先』について注意を払おう。全ての人の『宿命』を納得の行くものする事は出来ないけれど、俺の関わった者たちぐらいはそうであって欲しい。
俺は改めて、フィーナの言葉を心に刻みつけたんだ。
「それに……安心するのはまだ早いわよ?」
もっとも、彼女の話はこれで終わり……とはならなかったんだけどな。
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