初めてのクエストはぁ、これぇ!

 このテルセロの町にも、当然の事ながらギルドは存在している。

 そこでは、主に要人警護の依頼が張り出されていた。

 富豪やら貴族様方の警護は報酬が良い反面、何かと疲れる面倒なものが多いんだが、それと同時に需要の方も少なくない。

 ただし内容は、遠出か若しくはアルサーニの街へ向かうものが多数を占めている。

 そして俺たちは、この町から遠く離れるつもりはまだ無いんだ。


「う―――ん……。やっぱり、簡単なものは無いかぁ……」


 ざっと見渡す限りでは、丁度良い感じのクエストなんて無かった。

 って言うか、早々都合の良いクエストがある事の方が珍しいんだけどな。


「……アレク。……これを」


 壁に張り出されている依頼は、その殆どがやはり護衛任務だ。

 しかも、そのどれもが遠方へ向かうものだった。

 何よりも、他の貴族の護衛にシャルルーを連れて行く訳にはいかないからなぁ。

 理想だったのは散策系や搬送系、採集系だったんだが……。

 なんて考えていると、1枚の依頼書を持ってカミーラが近付いて来た。

 その表情は、単に目的の依頼を見つけた……と言うにはどうにも深刻さを伺わせていたんだ。


「……これは」


 手渡された依頼書を見た俺の顔は、多分カミーラと同じ様になっていたと思う。

 その依頼は、周囲の偵察および討伐クエストだった。

 この町にしては、どうにも物騒な依頼だ。


 テルセロの町には逗留客の性質上、町中にも外側にだってかなりの数の衛兵が四六時中詰めている。

 だからこそ裕福なものが多く滞在する町にも関わらず、ここでは殆ど誘拐や殺害と言った事件は起きない。

 あのでさえ、この町で騒動を起こすデメリットはしっかりと理解してるんだろうなぁ。

 まぁだからこそ……なんだろう。アルサーニの街ではそう言った事件が此処とは比較出来ないほど起こってるってのは何とも……皮肉な話だな。

 そしてそう考えるのは……それを察するのは、魔物だって同じだった。

 だがそれも、町から少し離れてしまうとその限りじゃあなくなっちまう。

 魔物だって闊歩しているし、ならず者たちも潜む事が出来るだろう。

 そうは言っても、やっぱりその可能性は低いんだけどなぁ。とにかくこの町を狙うには、リスクが高過ぎるんだろう。

 獲物を襲う事が出来ないんじゃあ、この近辺に網を張っても時間の無駄だしな。

 それでも稀に、そんな事はお構い無しに魔物が襲い来る事がある。

 それを阻止する為に、怪しい情報のあった場所を事前に偵察し、もしも賊なんかを確認したら報告し、可能であればそれを殲滅する。そんな依頼が、時折張り出される事もあるんだ。


「……でも、この目撃情報は」


 俺の呟きに、カミーラも頷いて同意を示した。彼女も、この部分が引っ掛かったんだろうな。


 ―――町の周辺に、魔物らしき集団を見たと言う情報あり。これを確認して、魔物であった場合ギルドへ報告、可能であれば打ち払うべし。その魔物集団には、も確認されている。至急度は高い。


 言うまでも無く、「黒い影をした巨体の異形」と言うのが問題の部分だ。

 この文言で真っ先に浮かぶのは、以前に俺たちが遭遇しカミーラを追って来たと言う「魔神族」の存在だった。

 もしも「魔神族」がこの地に潜んでいるなら、どれほどの被害が出るのか分かったもんじゃあない。

 魔神族の方に交戦の意思が無くても、その容姿から衛兵や冒険者が討伐に乗り出すかも知れないからな。

 この周辺では、考えられない程の強さを持つ魔神族だ。恐らくは返り討ちに合うし、その被害はこの町にまで及ぶかも知れないだろう。


「……俺たちが行くしかない。……って言うか、行かないとダメだろうなぁ」


 俺の脳裏に“一抹の不安”がよぎる。

 でもカミーラへの返答は、もはやこれしか残されていなかったんだ。


 このままこの依頼を無視して、事が大きくなればシャルルーを護りつつ逃げる……って手もある。いや、これが最適かも知れない。

 カミーラと魔神族との繋がりを知っているのは、現状彼女と俺だけだ。

 可能な限り惚ける前提で行動すれば、魔神族の目撃情報を頼りにそこから逃げ続ければ良いんだ。

 ただしその場合、どれほどの犠牲が出るかは分からない。そして、そんな事態にカミーラが我慢ならないだろう。


 俺がカミーラの方を見ると、強い決意をした彼女が頷く。

 ……こりゃあ、俺が行かないと言っても一人でだって向かいそうだ。


「シャルルー、みんな。この依頼を受けようと思う。……偵察任務だが、場合によっては戦闘もあるかも知れない」


 その場の全員に話し掛けて、俺はカミーラの依頼を受ける事を告げた。

 まさか、カミーラだけを行かせるなんて選択肢を取れる訳も無いからな。


「で……でも、アレク! それでは……」


 その事に真っ先に反論しようとしたのは、誰あろうエリンだった。

 シャルルーの専属侍従として、彼女の安全を考えればその抗議も当然だろう。


「……エリン。……まぁ、ちょっと落ち着きぃ」


 今にも俺に食って来そうなエリンを、サリシュが冷静になだすかす。サリシュは、俺に考えがあるって思ってくれてるんだろうなぁ。


「そうよ、エリン。アレクには、何か考えがあるのよ。……多分」


 次いでマリーシェが、更に援護射撃をしてくれた。でも、多分ってのは余り効果的な言い回しじゃあ無いぞ。

 勿論あるにはあるんだけど、それも完璧って訳じゃあないしなぁ。

 でもだからこそ、何かあればせめてシャルルーとエリンだけは無事に帰す必要があるんだ。

 もしも魔物の存在が明白な場合、その場で戦闘となるだろう。

 そんな場所から「非戦闘員」だけを逃がすとなると……。


「……多分。……大丈夫……なの?」


 マリーシェのボソリと呟いた最後の言葉を耳聡く聞いたバーバラが、俺に再確認してくる。彼女も、この依頼が実際以上に難易度が高くなる事を懸念しているんだ。


「ただし、俺の指示には必ず従う事。反論も異論もしない事。それが出来ない様なら、この話は無しだ」


 俺は普段よりも、語気を強めて言い放った。

 これは冗談でもなんでも無く、命に関わる話だからな。


「ん―――……。分かったわぁ。エリィン、それなら良いよねぇ?」


 でもそんな脅しめいた言い方も、どうやらシャルルーには通用しなかったみたいだ。

 あれ……? 俺ってそんなに、威厳が無いのかなぁ?


「……はぁ。分かりました、お嬢様」


 そしてエリンの方も、それで了承したみたいだった。決して納得した訳では無いんだろうが、これ以上彼女を引き留める事が出来ないと諦めたんだろう。

 そして俺の方にも、シャルルーを納得させて引き下がらせる算段なんて持ち合わせていなかったんだ。


「それじゃあ、準備もある。現地に向かうのは明日からにして、今日はこれから自由行動にしよう」


 俺の方は、色々と準備を整えないといけない。……最悪の事態は避けないといけないからな。そして、他のメンバーにもそれぞれ用意しておきたい事もあるだろう。


「アレクはこれからどうするの?」


「俺は、ちょっと色々と動かないといけないからな。単独行動する」


「ふぅん……。それじゃあ私も、買い物しておこうかな?」


「……ならマリーシェ。……ウチも一緒に行くわぁ」


「それならば、私も」


「……私も……お供します」


 次々と、これからの行動が決まって行く。もっとも、依頼を受けて出発する前はいつもこんな感じなんだから、これは珍しい事じゃあない。


「それじゃあエリン。わたくしたちはぁ、どうしましょうかぁ?」


「湖に行くなら、俺が同行するぜ!」


「お嬢様。私たちも、マリーシェ達に同行してショッピングすると言うのは如何でしょうか?」


「そうねぇ。そうしよっかぁ」


「……あれ?」


 そして下心丸出しで、普段とは違う行動を取ろうとしたセリルは見事に玉砕していた。

 ……お前も同行するんだから、ちょっとは明日の準備をするとか考えろよ。


「それじゃあ、また後で」


 俺がそう告げると、全員その場から移動を開始しだした。

 脳裏に過る“一抹の不安”を抱えたまま……なんだが。





 クエスト受注を申し込んだ俺は、そのまま伯爵の別荘に戻って来ていた。

 今更俺に、何か買い物が必要なんて事は無い。俺には「魔法袋」があり、必要な物は殆どそこに入っているからな。

 っていうかマリーシェ達……。ここがテルセロの町だって事、ちゃんと理解してるんだろうなぁ?

 ハッキリ言って、ここで何かを買い物するとあっという間に散財しちまうぞ。

 もっとも、シャルルーが同行しているからな。いざとなったら立て替えて貰うと言う選択肢も取れる。


 俺が1人でここに戻って来たのは、その「魔法袋」の中からアイテムを引き出す為だ。いざとなって、みんなの前でこれを披露する事態だけは避けたい。

 まだこの「魔法袋」の存在も、そしてこの中身も知られる訳にはいかないからな。

 ただまぁマリーシェやサリシュ、カミーラには薄々勘づかれているとは思うんだが。


「それよりも……」


 そんな事よりも俺は、早速魔法袋の中から複数のアイテムを取り出していた。

 回復系、攻撃補助系、防御系……。

 それらを必要最小限取り出しては、腰袋の中へと丁寧に収めて行く。


「……これを使う事だけは避けたいんだけどなぁ」


 そしてをマジマジと見つめて、俺は思わずそう呟いていた。

 不安は消えない。それどころか、だんだん大きくなっていく。

 特に問題なのは、を俺も持っていないって事だ。

 付いて来るシャルルーとエリンが襲われた場合、俺たちが楯となって護る必要がある。俺が用意しているのは、その為のアイテムだった。

 最善を尽くすしかないし、現状ではあの指示、考え方で間違いない筈……なんだが。

 それでも、何故だか俺の中にあるほんの僅かな気掛かりは消えてくれそうに無かったんだ……。

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