初めてぇ、クエストに同行しますぅ
整然と立ち並び綺麗に掃除の行き届いた街並みを見て、マリーシェ達は絶句していた。
街の外観だけではなく、そこを行き交う人々の恰好を見ても、まるで異国にやって来た錯覚まで受けてしまう程だった。
小奇麗な……なんてレベルじゃあない。男女ともに、まるで正装している様な服装をしていたんだ。
そんな人々の中にあっては、俺たちの姿はどうにも浮いてしまう。
俺なんかは割り切って受け止めてるんだが、流石に女性陣は周囲の目を気にしているみたいだなぁ。
……って言うか、何でセリルまでキョロキョロと挙動不審になってんだよ。
「あの丘の上の建物がぁ、我が家の別荘ですのぉ。早速ぅ、行きましょう」
そんな中にあって、シャルルーとエリンは全く周囲の視線なんて気にしていない。
言うまでも無く、今は2人とも「町娘」みたいな恰好をしており俺たちと大差のない服装なんだ。
それでもシャルルーとエリンは、彼女達を見つめる奇異な目に対してどこ吹く風を決め込んでいた。
「ねぇ、シャルルー。なんであんたたちは、町中でも恥ずかしくなかったの?」
早足で伯爵の別宅へと辿り着いた直後、マリーシェが疑問を口にした。
如何に冒険者、如何に武具が正装だと言っても、やはりそこは年頃の女の子だ。
お洒落と言って良い街並みと着飾った人々の中に飛び込めば、自分の恰好が浮いているとどうしても意識してしまうだろう。
ましてやそこには、自分と同年代の少年少女だっていたんだ。
余程擦れてでもいなければ、自分たちを見る目に恥ずかしさを感じてもおかしく無いと思う。……まぁ、俺はへっちゃらだった訳だが。
「恥ずかしくはぁ、無いわねぇ。あなた達はぁ、恥ずかしかったのぉ?」
ケロッとそう答えるシャルルーは、自然体で気を張った処はない。
まるで、「何故ぇ、そんな事を聞きますのぉ?」とでも言わんばかりだ。
そしてそう反問を受けたマリーシェは、どこか呆気に取られた様な恥ずかしがっている様な……。
まぁ、まさか逆に問い返されるとは思いも依らないだろうからなぁ。
でもだからこそ、彼女の俺たちに対する態度が他の貴族とは違う理由も分かった気がした。
俺たちと同年代だが、シャルルーとエリンが共に過ごした時間はその大半だろう。その長さは、当然俺とマリーシェたちが共に居た時間の比じゃあない。
色んな事や様々な葛藤なんかもあっただろうが、それらに折り合いをつけて解決して来たんだろうなぁ。無論、クレーメンス伯爵のあの性格もある。
もっともそれは、俺の想像でしかない訳だが。
もしかすると、もっと別の理由があるかも知れないけどな……。
もしそうなら、シャルルーって令嬢はかなり強かな性格をしているって事になる。
それは、実質30年以上を生きている俺よりもよっぽど……な。
「それよりもぉ、折角ですしぃ。今日はぁ、外で食事と言うのはぁ、どうかしらぁ?」
シャルルーの提案に、俺たちは快く了承していた。
勿論、お代は伯爵家持ちでお願いします。
クレーメンス伯爵の所有する別荘という事もあり、そこを管理する専属の従者たちはずっとここに滞在している。そう大人数じゃあないけどな。
それでもエリンを含めれば使用人は5人となり、全く人気が無いなんて事はなかった。
それを考えれば、エリンの言った「広い屋敷に1人」と言うのは少し誇張されている訳で、つまりは俺たちを誘う口実に過ぎなかったって事だ。
まぁそのお陰で、こんなに物価の高い町に滞在出来るんだからな。有難い話だよなぁ。
「わたくしたちはぁ、湖に涼みに行こうと思ってるんだけどぉ、皆さんもどうかしらぁ?」
テルセロの町に到着した翌日。
早速シャルルーは、バカンスを本格的に楽しむ算段を持ち掛けて来たんだ。
すでにエリンは準備を済ませているのか、入り口のホールには少なくない荷物が用意されていた。
この町に面している大きな湖「スベール湖」は、この大陸でも有数の美しい湖だ。
大きな湖は海を思わせ、それでいて潮風じゃ無いのでベタ付かない。セレブたちがここを別荘地として選ぶのも、まぁ分からないでは無いよな。潮臭くも無いし。
そして当然湖岸は整備されており、長い砂浜はその殆どがプライベートビーチだ。きっと、ゆっくりのんびりと出来るんだろうなぁ。
「そうだな。ギルドでレベル認定を受けて、特にクエストが無ければ同行するよ」
ここに来るまでに戦ったワーウルフの一団は、それなりの数がいたからな。もしかすると、レベルが上がっているかも知れない。
殆どどの町にもある「ゴッデウス教会」。そして「ギルド協会」。
その教会で洗礼を受けてレベルを確定させ、それをもってギルドに申告すれば晴れてレベル認定されるって事になる。
そしてその手順を踏まないと、一部を除いてはレベルを上げる事が出来ない。
この世界では、レベルは絶対的な力の証明になる。
上がるなら出来るだけ早く、1つでも上げた方が良いに決まっているんだ。
それこそが生存率を上げ、依頼の達成率にも影響させる事になるからな。
それに、俺たちは遊んでいても食える身分じゃあない。
今はシャルルーの元で厄介になっているが、基本的には自給自足……自腹でやり繰りしないといけないし、そもそも働かざる者食うべからずだからな……冒険者の世界は。
「まぁ。クエストに向かうとぉ、言うんですねぇ?」
「は……はぁ……まぁ」
俺の返答を聞いて、何故かシャルルーの目がキラキラと輝き出していた。
何故かとても嫌ぁな予感がして、俺の彼女に対する答えも口籠ったものになってしまった。
「そ……それではぁ、わたくしも同行してもぉ……」
「だめです、お嬢様」
シャルルーがとんでもない事を口走ろうとした矢先に、それを遮ってエリンがピシャリと言い放った。
どうやら彼女も、シャルルーが何を言い出すのか把握していたみたいだな。
……でも。
「あらぁ、大丈夫よぉ? 危なくなったらぁ、アレクたちが守ってくれるものぉ。……ねぇアレクゥ、マリーシェ、サリシュゥ、カミーラァ、バーバラァ?」
「あれ? 俺は?」
それすらも、この妙に頭の切れるお嬢様にはお見通しだったみたいだ。……ったく、厄介な。
そしてセリル。もうシャルルーにとってお前は、空気みたいな存在になってるぞ。
「ま……まぁ……ねぇ?」
「……うん」
面と向かって頼られれば、ダメだなんて言い辛い。
特に彼女達世代ならば、自尊心をくすぐられれば抗い難いだろうなぁ。
「……良いのか、アレク。どんな些細なクエストだとしても、戦闘の心得が無い者を連れて行くのは危険だぞ? ましてや、護衛依頼でなければ猶更だ」
俺の元にすり寄って来たカミーラが、もっともな意見を口にした。
「……でも……この状況では……断れない」
そして、バーバラもまた小声で実状を言葉にしたんだ。
そう……ここまで言われてしまうと、中々断るのは難しい。
何よりも彼女は伯爵家の令嬢であり、今後とも良い付き合いを続けたい1人だ。
雇われていると言う訳じゃあ無いけど、良好な関係を築く為にはある程度のサービスも必要だろう。
でも今回は、シャルルーの身を守る事が目的の護衛
彼女にどこか行きたい場所や向かわなければならない所があって、そこへ随伴すると言うのならばまだしも、今回の話はシャルルーが俺たちに付いて来るという形になる。
そうは言っても必然的に彼女を守らなければならなくなり、どんなに簡単なクエストでもその難易度は格段に上がってしまうんだ。カミーラの言った懸念も分かる話だった。
「……仕方がない。出来るだけ安全なクエストを選んで、もしも丁度良いクエストが無ければ、ここはシャルルーに付き合って湖畔に向かうしかないだろうな」
しばらく思案して、俺は妥協案を伝えた。
俺の提案を聞いて、カミーラとバーバラのグッと息を呑む気配が伝わって来たんだ。
それは究極の選択を迫られて、息が詰まっているみたいにも感じられた。
マリーシェやサリシュは分からないけど、カミーラとバーバラはシャルルー達と一緒の湖へ行く事に……つまり、水着になる事に抵抗があるんだろうなぁ。
まぁ、セリルは大喜びだろうが。
それでも、他に選択肢はない。
頷く2人を確認して、俺はギルドへ向かう事をシャルルーに告げたんだ。
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