6.禍殃とまみえて

緑の襲撃者

 更に翌日となり、いよいよ出発する時が来た。

 ギルドより受注した依頼クエスト、「テルセロの町周辺で確認された謎の一団の偵察および排除」を熟す為だ。

 第一目標は、魔物モンスターかどうかの確認とその所在。

 もしも魔物の集団なら、その種族と構成を把握しておかなければならないだろうな。

 俺たちの手に余る様な魔物の一団であっても、その陣容を知っておけば討伐隊の一助になるんだ。

 第二目標は、その一団の殲滅となる。

 相手が人で組織された一団ならばこれを蹴散らし捕らえ、それが不可能なら戦闘不能にする。

 もしも魔物で構成されていたのなら、これを襲撃し全滅させる。

 勿論そのどちらも、それが可能な相手ならなんだがな。

 賊が人の集団であっても、もしかしたら俺たちよりレベルが高いかも知れないし、そうなったらお手上げだ。

 魔物にしたって、手に負えない様な怪物の駆逐なんて不可能だ。

 まぁ言うなれば、今の俺たちに出来る事をして来い……って事でもある。

 ただしそれにしたって、安全とは言い難いんだけどな。もしもこっちの姿が見つかれば、否応なしで戦闘へと引きずり込まれちまうし。


「みんな、気を引き締めて行くぞ」


 だから俺は、緊張感を纏わせて集まった全員にそう声を掛けた。そしてマリーシェ達も、引き締まった顔で頷いて応えてくれている。

 それだけを見れば、誰も簡単な依頼だとは考えていない事が分かる……んだが。


「それではぁ、頑張っていきましょう」


 この声で、それも台無しだなぁ。

 どうにもシャルルーの声音からは、緊迫感の欠片も伺えない。どこか、ピクニックにでも出かけるみたいな風情だ。……それに。


「シャルルーちゃんの護衛は、この俺に任せてくれれば安心だぜ!」


 こいつからも、どこか浮ついた雰囲気しか感じられないんだけどな。

 まぁ実際、シャルルーの守りにはセリルとバーバラを付けるつもりだったんだから、あながち奴の言葉も間違いじゃあないんだが。


「もう! 2人とも、シャキッとしてよね!」


「……油断大敵やでぇ」


 そんな2人に、マリーシェとサリシュが注意する。

 頷いて応えているシャルルーとセリルだが、果たしてどれだけ真剣なんだか……。

 一方で、これ以上ないほどガチガチに緊張しているのは……エリンだ。


「……無茶はしないから……大丈夫」


「うむ。危うくなったら、そなた達だけでも守って見せる」


「あ……ありがとう。お願いします」


 そんなエリンにバーバラとカミーラが優しく声を掛け、それを聞いたエリンも笑みを浮かべて応えていた。

 ……まぁ、上手く笑えてないんだけどな。それも仕方がない。

 とにかく俺たちは、目撃情報のあった町の南側にある森へと向かったんだ。





 テルセロの町の南側には、ナジュ森林南部が広がっている。

 更にその向こうには「ぺルティア山脈」がそびえ立っていて、魔物が住処を構えるには適している地形だと言って良いだろうな。

 そしてここにも、以前は貴族の別荘が建てられているらしい。……今は空き家と化しているらしいんだが。

 どうやらその近辺で、怪しい集団が目撃された……って事なんだ。


「とりあえず、その廃屋を目指して行こう。そこまで辿り着いて何もなければ、中を調査してその後報告だ」


 俺が、簡単な行程を口にした。それにマリーシェ、サリシュ、カミーラ、バーバラは神妙な顔つきで頷き返して来る。

 口で話してしまえばどうという事は無い内容だけど、その実警戒しながらの移動となるのでその労力は相当なものとなるだろう。


「先頭はカミーラ、マリーシェ、俺のローテーションで。その後ろにサリシュだ。セリル、シャルルー、エリンがその後に続いて、最後尾はバーバラ。頼んだぞ」


 当然の事ながら、先頭を歩く者は真っ先に接敵する可能性が高い。レベルから考えても、カミーラとマリーシェが務めるのは当然だ。

 そして俺には、前世から培ってきた気配を察する技術がある。レベル以上に、敵の所在をいち早く知る事が可能なんだ。

 その後ろにサリシュを据えたのは、前方にも後ろに対してだってすぐに魔法で対処出来る様にだな。魔法使いである彼女を護る位置取りでもある。

 最後尾は、かなり重要なポジションだ。

 敵が不意打ちを仕掛けて来た時に対応しなくちゃならないし、何よりも退路の確保をして貰わなければならない。レベルはやや低いが、慎重なバーバラには適任だと言えた。


 普段と大差ない、それでいて慎重な足取りで、カミーラは歩を進めている。

 先頭が余りにも緊張感を漂わせていると、不思議とその気配は潜んでいる相手にも伝わるもんだ。

 マリーシェじゃあまだまだ自然体でって訳にはいかないだろうけど流石はカミーラ、見事なもんだなぁ。

 このままのペースで進んで行けば、夕暮れにはテルセロの町へ戻る事が出来ただろう。

 でも……物事ってのは、何事も希望通りには進んでくれないもんなんだ。


 丁度、森の入り口と目的地の中間地点。

 突然、カミーラが曲げた右手を上げて立ち止まった。それは言うまでも無く、全員に停止を告げるハンドサインであり、声を上げずに後方へ指示を送る為のものだったんだが。


「何かありましたのぉ?」


 シャルルーの様に声を出して問い質されれば、折角の気遣いも無意味になっちまう。


「あれは全体停止って意味で、その場に留まって出来るだけ静かにしろって事だよ」


 そんな彼女に、セリルがわざわざ説明している。

 理由をちゃんと伝えないと解消されないから、それはそれで良い事なんだが。もう少し、緊張感を持ってもらえないかなぁ。

 マリーシェとカミーラからは、思わず苦笑いが零れている。まぁ、この2人の会話を聞けばその気持ちも分からないではないか。


「2人とも、静かに。敵に気付かれる」


 それでも俺がシャルルーとセリルに注意すると、2人は慌てて口を噤んだ。もっとも、今更なんだろうがなぁ。

 カミーラが流石だと言えるのは、この事を見越してなのか気配のある場所から随分と離れて合図を出した処だ。もう少し近かったら、多分こちらの騒ぎが向こうに勘づかれていただろうな。

 俺とカミーラが、前方を睨んで抜剣する。それに合わせて、マリーシェ達も戦闘準備を整えた。

 そしてサリシュ以下をその場に止めたまま、俺たち3人が距離を取り前進する。

 それほど道幅のない山道だから、カミーラとマリーシェを前に出しその後方に俺が位置取る陣形だ。

 もっとも道の左右は草むらで、足を踏み入れられない訳じゃあ無い。潜んでいるなら、この左右から襲い掛かってきて不思議じゃあないな。


「キュエエェェッ!」


 奇襲を警戒していた俺たちだったが、その予想に反してなんと向こうから襲い掛かって来たんだ!

 左右の茂みより子供くらいの小さな影が複数踊り出し、奇声を発してこちらへ駆けてくる! その手には、それぞれ短剣や小槍、小斧が握られていた!


「ゴブリンかっ!」


 俺はその姿を見て、声高に敵の名称を叫んだ! もっとも、それは大切な事なんだ。

 俺たち前衛にはその姿が確認出来ても、後衛には見えない可能性だってある。

 前の方でどんな戦闘が行われているのか把握出来なければ、後方でどの様な心構えをすれば良いのか分からない。……何よりも。


「……ゴブリンは、遊撃して来んでぇ。……左右の茂みにも注意しぃやぁ」


 このゴブリンって奴は、どんな攻撃を仕掛けて来るのか分からない、トリッキーな戦法が厄介な魔物でもあるんだ!


 緑色の体躯に禿げ上がった頭。

 尖った耳にギョロリと剥いた眼と大きく裂けた口。

 粗末な毛皮を申し訳なさ程度に纏い、その身体にはあばらが浮き出ている。

 子供のような体躯しか持たないが、その動きは敏捷で好戦的。

 これが、一般的なゴブリンだ。

 集団で獲物に襲い掛かり食料や家畜、武器や一部の道具などを持ち去る魔物で、その辺りの行動はワーウルフに酷似している。

 でも実際、この魔物に人を襲っていると言う認識は無いらしい。

 であるゴブリンは、実は悪戯好きな精霊としても知られていた。

 徒党を組まないゴブリンなどは、人を驚かしたり物を隠したり、森に入り込んだ人を惑わしたりして楽しんでいるだけの個体である事も確認されている。

 つまりゴブリンが人を襲うのは、奴らの悪戯の延長だとも言われているんだ。

 でも、その悪戯で殺されたりしたらたまらない。

 それに、奴らに持ち去られる食糧やら家畜やら道具などは、被害を受けた側からすれば死活問題だ。

 だからゴブリンの集団は特に危険視されていて、そのレベル設定もLv13からLv15と比較的高めだった。

 奇襲を得意とし集団で襲い来る素早い魔物だという事を考えれば、その設定も妥当だとは言えるだろう。でも本当に厄介なのは。


「グワアアァァッ!」


「やっぱりいやがったかっ!」


 ゴブリンは時に、上位個体に率いられているケースがあるという事だったんだ!

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