5.旅は道連れ

初めてのぉ、旅なんですぅ

 通常ならば、伯爵令嬢の旅行には多くの人員が動員される。

 勿論それは、一国の姫君と比べれば随分と少ないものなんだけどな。

 それでも、一般庶民から見れば大袈裟……と揶揄してもおかしくない程、結構な行列となって然るべきだった。


「わたくしぃ、こんなに自由にぃ、旅行に出かけるのはぁ、初めてでぇ、楽しみぃ!」


 だが今回は、なんとシャルルーは侍従を1人連れただけで出て来たんだ。

 無論、それなりの荷物はあり、かなり少なくしたとは言え馬車1台は追従して来ている訳だが。

 ハッキリ言ってこれは軽率だし、無防備過ぎると言って良いだろう。

 まぁ、付き添う俺たちは全員冒険者で腕に覚えがある者達ばかりだ。

 余程の事が無い限り、彼女が危なくなるなんて無いだろうなぁ。

 ……そう。余程の事が……無い限りな。


 結局クレーメンス伯は、先日のシャルルーの提案を全て受け入れた。

 どうにも娘には甘いこの伯爵は、つい数日前にシャルルーが賊に襲われたと言うのに、「保養地テルセロ」へ向かう事もその護衛を俺たちだけに任せる事をも承認したんだ。

 それは偏に、俺たちに向けての信頼の証だと言えば聞こえは良いんだけど、万一を考えればとても容認出来る話じゃあない。なんせ、命は一度失われてしまえばもう戻ってこないんだからな。……一般的には。

 ましてやシャルルーは伯爵令嬢だ。命はあってもその顔や身体に傷なんて付こうものなら、その後の人生にどんな弊害を齎すか分かったもんじゃあない。

 そしてその時に護衛を請け負っていた俺たちの処遇も、どんな凄惨なものになるのか……想像もしたくない。

 勿論俺も、大いに反対した。護衛と言うだけならば俺たちのパーティでも人数的に十分足りているが、要人警護となるとその限りじゃあないからな。


「大丈夫ですわぁ。わたくしぃ、アレクたちをぉ、信頼してますものぉ」


 しかし始終この調子のシャルルーにまず伯爵が折れ、そうなれば俺も承認せざるを得なかったんだ。

 まぁ見方を変えれば、少人数の方が賊に見つかり難いし狙われ難い。

 シャルルーにも変装して貰えればただの冒険者集団だと思わせる事が出来、金品狙いの賊の来襲を呼び込む事は無いか。

 なんせ冒険者なんてのは四六時中金欠なのが常だし、女神の庇護を受けてレベルを得ている冒険者を好んで襲おうなんて賊もまずいないしな。

 ある程度の条件を承諾させ、俺もシャルルーの要望を飲む事にしたんだ。





「それにしても、あんたも大変ねぇ……エリン。今までに、徒歩で旅した経験はあるの?」


 はしゃぐシャルルーを見つめながら、マリーシェは隣を歩く専属侍従メイドのエリンにそう声を掛けた。


「いえ、私も今回が初めてです。でも、シャルルー様があんなに楽しそうにしている姿を見ると、私も楽しくなって来ます。皆様にはご迷惑をおかけしますが、何卒宜しくお願いいたします」


 花の様な笑顔を振りまいて、エリンはわざわざ立ち止まって丁寧にマリーシェへ頭を下げた。


「ちょ……やだ、止してよエリン。これは私たちの仕事だし、何よりも私たちは同じ様な年齢じゃない。敬語もいらないわよ」


 改まった彼女の態度に、動揺したマリーシェが慌てて答えて。


「……そやでぇ。……ウチ等はシャルルーにも敬語無しで話してるんや。……あんたも敬語なんかいらんでぇ」


「うむ。ここからは、同じ旅路を行く仲間だからな。気を楽にして互いに接しよう」


「……私は最年少なのですが……同じような対応で……お願いします」


 女性陣も、それに賛同する事をエリンに投げ掛けたんだ。


「……はい!」


 そしてエリンも、笑顔でその言葉に答えていた。

 短く纏めた茶色い髪の毛とブラウンの瞳は、今のように庶民の恰好をしていれば伯爵家のメイドとは誰も思わないだろうなぁ。

 もっとも、同じ様な格好をしているのに何故か華美に映るシャルルーは、生粋のお嬢様って事なのかも知れない。


「まぁ、俺たちに任せておけば不安なんて有り得ないからね。任せておいてよ、エリンちゃん」


 そして、この旅が始まってからグイグイとくるセリルを、エリンはやや持て余し気味だった。

 エリンの家系であるダッカート家は、爵位こそないが代々クレーメンス家に家人として仕えているらしい。

 今は、彼女の母親のエマ=ダッカートがメイド長を務めているとの事だった。

 それどころか、2つ年下の妹エリシャももうすでにメイドとして伯爵家で働いているっていうんだから、一族揃って生粋のメイドなんだろうなぁ。

 因みに、彼女の父親は侍従長を務めている。

 そんなメイド気質のエリンだから、セリルの圧力をキッパリと拒む事が出来ないんだな。

 そしてそれを良い事に、エリンに纏わり付くセリルは本当に……迷惑だよなぁ。

 まぁ空気の読めないセリルの行動には、計算された悪意なんてものは無いんだろうが。


「まぁ、疲れたら馬車に乗ると良い。それはシャルルーも同様なんだけど。先はまだまだ長いからな。無理する事は無いよ」


 エリンが疲れても、もしもシャルルーが馬車に乗っていなければ自分から休もうとは考え無いだろう。

 でもその結果、余計に時間が掛かったり行程に支障が出るかも知れない。

 それを考えれば、何でも早めに話してくれた方がこちらとしても助かるんだ。


「はい、ありがとうございます。……あ。……その……アレク」


 普通に敬語で話していたエリンは途中でそれに気づいて、頬を赤らめて俺の事を「アレク」と言ったんだ。

 むぅ……中々可愛い仕草だなぁ。


「ねぇねぇ、俺の事も、『セリル』って呼び捨てで良いからね?」


「……はい、わかりました。セリルさん」


「……あれ?」


 ただし、セリルが彼女と仲良くなるにはまだまだ時間が掛かりそうだった。





 ジャスティアの街を出て、すでに2日目。

 上手く行けば、今日の夕方には通過地点でもあるアルサーニの街に到着するだろう。

 そこで問題なのは、シャルルーとエリンの体調な訳だが……。


「あぁっ! 見て見てぇエリィン! あんな所にぃ、綺麗なお花がぁ!」


「もう、シャルルー様。余り動き回りますと、アレクたちに迷惑が……」


 驚くべき事に、シャルルーもエリンも旅の疲れを全く感じさせなかったんだ。

 これはさすがに俺も、予想外だったな。

 生粋のお嬢様であるシャルルーと、その専属メイドであるエリン。

 間違いなく2人はどこに向かうにも馬車を利用していただろうし、徒歩で長距離を移動すればすぐに音を上げるって考えていた。


「この国のお嬢様と言うのは、皆あの様に健脚なのか?」


 それは、カミーラさえ驚く事だったんだ。

 もっとも。


「……んな事ないでぇ。……あれは多分、例外やろなぁ」


「そ……そうね。野宿も平気だなんて言うお嬢様は、多分シャルルーくらいじゃないかしら」


「……嬉しい誤算ね」


 マリーシェ達の見解は、俺と同じみたいだった。

 問題視していたのは、何も徒歩であると言う事だけじゃあない。

 碌な準備も持って来ていない状態なんだ。寝泊まりは基本的に、野宿となる。

 俺たちはそれも慣れているけれど、流石にお嬢様にはきついんじゃあないかと思っていたんだけどな。

 それに何と言っても、トイレや風呂も野外には無いからな。

 でもシャルルーとエリンはそんな事に不平を並べるどころか、どこかそれを楽しんでいる様だったんだ。

 昨夜はマリーシェとセリルが採って来た野鳥と野菜や果物をエリンが調理したんだが。


「こんなにぃ、野性味あふれる料理はぁ、初めてぇ!」


 どうやら野営食は、お嬢様の口に合った様だった。

 もしくは、エリンの調理の腕が優れていたのかな?

 ともかく屋外活動にも意外な適性を見せる2人のお陰で、旅の行程は順調そのものだったんだ。





 そして、アルサーニの街で一泊し、俺たちは翌日には街を発った。

 殆ど強行軍に近いんだが、シャルルーとエリンに疲れの色は全くない。

 それどころか。


「うわぁ……。この森をぉ、徒歩で歩くとぉ、これほど気持ち良いのねぇ」


 シャルルーは、移り変わる景色を心底楽しんでいたんだ。

 それはエリンも同様であり、そして。


「ほんとねぇ……。森の中に敷かれた道をこれだけ長い時間歩くのなんて初めての経験だけど……」


「……そやねぇ。……陽射しも遮られて、気持ちええなぁ」


 マリーシェ達も同様だった。

 カミーラもバーバラも、木立を抜ける涼風を受けてとても気持ち良さそうだ。


「ほらほら、シャルルーちゃん、エリンちゃん! そこに実ってた果物、採って来たよ!」


 セリルもまた、少し違うけどこの情景を楽しんでいるみたいだった。


 温泉街アルサーニの街を西に向かう街道は2本。

 西に広がるナジュ森林北部を抜けて大陸北方へと抜けるルートか、そのまま西へと進み「保養地テルセロの町」に向かうかがある。

 そして、今回の目的地はそのテルセロの町。

 ここは避暑地としても有名な風光明媚な所で、「秋と冬のアルサーニ、春と夏はテルセロ」と言われているくらい有名な場所でもある。

 と言っても避暑地と言うくらいだから、それを楽しめる身分の者達が利用する事の多い観光地でもあり。


「……テルセロの町は……どんな所?」


「そうだな……。きっと、素晴らしい所なのではないか?」


 バーバラとカミーラの会話に、マリーシェとサリシュもウンウンと頷いていた。

 一般的な庶民と言われる身分の者にその様な避暑地で余暇を楽しめる訳など無く、全員が初めて行く所でもあったんだ。……まぁ、俺を除いてだけどな。


「テルセロはぁ、綺麗に保たれたぁ、美しい町よぉ。きっとぉ、気に入る筈だわぁ」


 そしてテルセロの町を良く知っているシャルルーから、そんな期待感を抱かせる言葉が飛び出し、女性陣は期待に目を輝かせていたんだ。

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