初めてぇ、間近で見ましたぁ

 もしも何の問題も無く街から町への行き来が出来れば、俺たちが改まって警護をする必要なんかない訳で。

 危険が付きまとうからこそ、俺たち冒険者に護衛の依頼が舞い込むんだ。


「……カミーラ」


「……うむ」


 俺の問い掛けの意味を理解したカミーラが、頷いて周囲の気配を探る。

 今の段階でのは、まだ俺とカミーラの2人だけだった。


「……どう思う?」


「……待ち伏せ……か。盗賊団なのだろうが、数が多いな。それに……”を森の奥に感じる。……恐らくは」


「……ああ。……頼む」


「……承知した」


 森の中を通り抜けているとは言え、ここは王国が整備した公道でもある。

 馬車がすれ違っても問題ない程の道幅はあるし、人々の往来も少なくはない。

 とは言っても、この道は商業上であまり頻繁な人通りがある訳では無いけどな。

 なんせ、繋がっているのは保養地と療養所なんだ。

 旅行客なんかが通る事はあるんだが、行商人やその馬車は余り通らない。

 だからだろうか。


「……マリーシェ、サリシュ、バーバラ、セリル」


 俺は出来るだけ小声で、他の4人を呼び寄せると。

 ただ事ではないと察したんだろう、神妙な顔付きでみんな俺の周りに集まって来てくれた。

 それと入れ替わるように、カミーラが俺たちの輪より離れていった。


「どうやらこの先で、俺たちはに襲われるだろう」


 俺は、現在の状況を4人に告げたんだ。

 思わず声を上げそうになる者も居たが、そこは何とか呑み込んで堪えてくれた。

 この事は賊には勿論、シャルルーやエリンにもまだ知られる訳にはいかないからな。


「……ちゅぅ事は、相手はワーウルフなんかな?」


「そうとは限らないだろう? もしかすると、ゴブリンかも知れないぜ?」


「……その場合は……少し厄介ね」


「……そうね。奴らを率いてる“オーグル”なんていたら、ちょおっと面倒だしねぇ」


 そして、それぞれの考えを口に出す。

 そのどれもが、的を大きく外している様なものじゃあ無かったんだが。


 行商人や富豪などが通り、割と人通りが少ない。

 こういった所は、まさに盗賊団が襲撃するにはもってこいの場所だろう。

 そしてそれは、人の集団だろうと魔物の賊だろうが同様なんだ。

 だから普通こういった所は、馬車を使い護衛を厚くして一気に通り抜ける事が良策だと言えた。

 俺たちの様に少人数で、しかも徒歩で移動するなんて事は避けるべきだろうな。

 でも今は、そんな事を言っても仕方がない。

 実際にもうここまで来ちまってるし、賊に目を付けられちまってる。


「今回は、ほぼ間違いなくワーウルフの一団だろう。ここから100mほど先に進んだ街道の両側の森に身を潜めて隠れている……ただ」


 俺の説明を聞いてマリーシェ達は納得顔をしたんだが、俺の話がそれで終わらない事に怪訝なものとなった。


「……ただ?」


「ただ、多分今回は『ルー・ガルー』に率いられた盗賊団だろうな」


「ル……『ルー・ガルー』ですって!?」


「……ほんまに、それは厄介やなぁ」


「え? ……ルー・ガルーって……何?」


 俺が今回の賊は「ルー・ガルー」に率いられている事を聞いて、マリーシェは驚きの声を上げ、サリシュは難しい顔をして考え込んでしまった。

 もっとも、その「ルー・ガルー」を知らない者も居る様だけどなぁ。

 セリル、少しは勉強しろよな。


「……魔獣『ルー・ガルー』は……ワーウルフの上位種よ。……体格……筋力も当然なんだけど……知力も向上している。ワーウルフの一団の……リーダー格よ」


 そんなセリルに、普段は毒舌しか吐かないバーバラが簡単に説明した。

 こういった状況だといがみ合っている場合ではないんだと、彼女もちゃんと分かっているんだな。


 ルー・ガルーはその知能から、ワーウルフの集団のリーダーとして君臨している事が多い。

 そして、その逃げ足は特に早い事で知られていた。

 手下をけしかけ、獲物に襲い掛かり、もしも襲撃に失敗しようものなら即座におおせる。

 その後逃走した先で、新たな集団を作り上げるんだ。

 ワーウルフは放って置いても徒党を組むんだが、ルー・ガルーに率いられた集団は特に統率が取れていて厄介この上ない。

 だから俺たちがルー・ガルーに率いられた一団と遭遇したならば、まず真っ先に倒さなければならないのはこの……ルー・ガルーだろう。


「とにかく、まずは襲ってくるワーウルフの対処だ。セリルとバーバラは、シャルルーとエリンの護衛を頼む。彼女達を馬車に入れて、その周辺に寄せ付けない様にしてくれ。俺とマリーシェ、サリシュは、相手の集団に突っ込むぞ」


 俺の指示を聞いて、各人が頷いて応えてくれた。

 先のグローイヤ達との戦闘で、俺たちのレベルはまた上がっている。

 俺がLv10、マリーシェはLv12、サリシュがLv13、カミーラはLv15、バーバラはLv8、そしてセリルがLv7だ。

 このレベルならば、ワーウルフ相手ならまず負けはしないだろう。

 ただしそれも、個別に対峙したのなら……と言う注釈が付く。

 元々ワーウルフは徒党を組んで襲って来るし、集団戦になったらこちらの方が分が悪い。


「それじゃあ……行くぞっ!」


 俺が号令と共に駆け出すと、その後をマリーシェとサリシュが続く。

 突然大声を上げた俺に、シャルルーとエリンのビクッとした気配が伝わって来たけど、事情は2人が説明してくれるだろう。


「ヴオオォォッ!」


 突出した俺たちに、潜んでいたワーウルフ達が一斉に立ち上がり鬨の声を上げた!

 その数は……かなり多い! 30では利かないだろうな!

 でも、こっちにはサリシュがいるんだ!


「動きを奪う悪しき霧よ、沸き立ち縛れ……」


 すでにサリシュは、魔法を使う態勢に入っていた! 

 俺たちの接近で、ワーウルフ達が立ち上がるって分かってたんだ! 流石だな!

 そして俺たちは!


「せえぇいっ!」


 向かってくるワーウルフの小集団に斬り掛かったんだ!

 更にレベルの上がったマリーシェの動きは、流麗で無駄が無かった!

 一瞬のすれ違いで、2体のワーウルフが戦闘不能となってその場に倒れ込んだ!

 そしてそれは、俺も同様だ!


「つぁあっ!」


 迫り来るワーウルフの攻撃を躱し、すれ違いざまに胴を薙ぐ! そして続くワーウルフの攻撃を剣で受け止め弾き返し、大きく露わとなった身体を袈裟切りにしたんだ!

 2体のワーウルフは、殆ど即死でその場に転がる。

 でも仲間の死を間近で見た処で、ワーウルフの攻撃は止まらない! いや、だからこそより苛烈になるのかも知れない!

 とにかく厚い布陣を形成し、怒涛の様に押し寄せて来るんだ!

 さすがにこのまま押し切られては、俺たち2人では防ぎきれなかったんだろうが。


「……麻痺の雲アコニト・ネブラ


 サリシュの広範囲魔法が発動し、俺たちが相手取っているワーウルフの後方で10匹ほどの個体が倒れ込んだ。

 その攻撃は数を減らしただけじゃあなく、一時的にワーウルフの波状攻撃を食い止めてくれる役目を果たしてくれたんだ。

 これなら、ここは何とか対処出来そうだ!


 チラリと後方を見やると、迂回して馬車の方へと向かった数匹がセリルとバーバラの2人と交戦していた!


「ぬ……くぅ!」


 ワーウルフはレベルとしては10から12と、今のセリルには荷が重い様に思われる。

 だが実際は、集団での脅威としてレベルが僅かに底上げされていて、個体としては今のセリルと同じくらいの強さでしかないんだ。

 だから。


「せえぇいっ!」


 1対1での戦闘なら、セリルでも十分に対応出来るし。


「……はぁっ!」


 見事な槍さばきでワーウルフを仕留めるバーバラも、決して後れを取る事は無い。

 そして俺は戦いながら、押し寄せるワーウルフ達の更に後方……森の奥へと神経を向けた。

 そこには確かに、通常のワーウルフよりも少し大きな気配がある。

 そして……そこへ向かう、良く知っている気配も。


 その影は、足を取る草むらを走っていると言うのに……乱立する樹木の間を駆けていると言うのに、まるで滑る様に……静かに移動していた。

 2つの気配は、みるみると狭まって行く!


「……見えた」


 高速移動を行っていた影は標的を発見すると、音も無く跳躍しそして!


「ギャ……ウ?」


 声も出せず……とは良く言ったものだ。

 一瞬の剣閃に、後方で控えていたルー・ガルーは怒声も叫声も、断末魔の悲鳴さえ上げさせて貰えずに……首を切断されていたんだ!

 その余りに見事な一撃は、遠目で見ていた俺でさえ一瞬動きを止めてしまいそうになるほどだった。

 勿論、そんな事をしては俺の方がやられてしまう。

 俺は意識を集中して、目の前の魔獣に応じたんだ!

 およそ半数を俺とマリーシェ、サリシュで仕留めた時。

 後方で、動揺を含んだ騒めきが起こった!

 ルー・ガルーを仕留めたカミーラが、後ろからワーウルフの集団に斬り掛かったんだ!

 これで、完全に形勢は逆転した。

 俺たちは残ったワーウルフの群れを、逃がす事無く仕留めに掛ったんだ。





 暫くして、敵に動く影は見つけられなかった。

 サリシュの魔法で麻痺状態だったワーウルフも、全て止めは刺してある。

 亜人種ならともかく、残念ながら魔獣と人では共存出来ないからな。


「怖い思いをさせちまったな、シャルルー……。それに……エリンも」


 これほど近くで戦闘を見るなんて、そうある事じゃあないだろう。

 普通で考えたら、近距離で殺し合いを目撃すれば恐怖して当たり前……なんだが。


「……わ……わたくしぃ」


 ワナワナと震えているシャルルーに、俺は最初は怖い思いをしたんだと……そう思っていた。


「興奮したわぁ! みなさんやっぱりぃ、強いのねぇ!」


 どうやらそうではないらしい。

 彼女は恐怖よりも、気分が昂っているみたいだった。

 まったく……肝の座ったお嬢様だなぁ。

 ただそれも、単純に見世物を喜んでいるだけの能天気なだけではなく。


「それにぃ……命を賭けるという事はぁ……恐ろしい事なのですねぇ……」


 先ほどまでのテンションは途端に鳴りを潜め、どこか神妙な面持ちで彼女はそう口にしたのだった。

 俺たちにとっては、それだけでも分かってくれればこれほど嬉しい事は無い。


「……ありがとう、シャルルー」


 だから俺の口からは、素直な謝意が零れ落ちたんだが。


「え……あ……いえぇ。そ……そんなぁ」


 何故だかシャルルーは頬を赤らめて俯いてしまい、何故だか女性陣からは刺す様な視線を向けられてしまったんだ!

 何なんだよ! 全く!


「と……とにかく、邪魔にならない様に死体を片付けよう。みんな……手伝ってくれ」


 倒したワーウルフの死体は、霧になって消えてくれるなんて事は無い。

 そして、街道に放置しておけば通行の邪魔にもなるし腐りもする。

 俺たちは移動を再開する前に、もう一仕事する事となったんだ。

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