新たなる冒険への序章

 さらに日は昇り。

 シャルルー嬢とマリーシェが……いや、女性陣が激突した翌日、俺たちはまたまたクレーメンス伯爵家へと足を運んでいた。

 本当なら……昨日でこの話も済んでいた筈なんだけどなぁ……。

 まぁともかく、此処へ来た理由はただ一つだ。


「ふぃ―――……。刻印作業、完了しました」


 俺は一仕事終えて、地下室からみんなの待つ応接室へと戻って来た。

 仕事……とは言うまでも無く、転移アイテム「帰郷の呼石」を機能させる為の呪印の事だ。

 この印を記した場所に、同時に記録させた呼石を使う事で瞬時に転移出来る様になるんだ。


「アレックス様ぁ。お疲れ様でしたぁ」


「あ、アレク。お帰りぃ」


「……お疲れやったなぁ、アレク」


「ご苦労だったな、アレク」


「……おかえりなさい」


 5人の女性から、殆ど同時に声を掛けられた。俺はそれに、笑顔で答えんだが。


「……あれ? セリルは?」


 でもここには、唯一の男性であるセリルがいない事に気付いた。

 おかしいな…‥? 女性5人に男はセリルだけなんて状況、奴が喜ばない訳なんて無いんだけどなぁ。

 なんてキョロキョロしながら考えていたら。


「ああ、セリル? あいつなら、邸内を見たいって出て行ったわ」


「恐らくぅ、この家のメイドたちにぃ、お声掛けにでもぉ、行ったのでしょう」


 その答えは、マリーシェとシャルルー嬢から齎された……んだが。

 ……あれ? この2人ってこんなに穏やかに、しかも息を合わせられる様な間柄だったっけ?

 勿論、これが偶然だったと言う可能性もある。

 でも何と言うか……そう、2人を……いや、5人を取り巻く雰囲気が柔らかいものになっているんだ。


「これで、いつでもこの地に戻る事が出来る様になったのだな」


「……なぁ、シャルルー? ウチ等は、どれくらいの間隔でここに戻って来たらえぇのん?」


 カミーラの再確認に俺が頷くと、サリシュがシャルルー嬢に問い質した。

 うぅむ……。やっぱり、彼女達の関係は穏やかになってるなぁ。


「そうですわねぇ……。アレックス様ぁ、如何なさいましょうぅ?」


 そしてシャルルー嬢が、俺にその質問を振って来たんだ。

 確かに、いつでも戻って来れるとはいえ、そう頻繁に帰って来ていたんじゃあ俺たちの冒険が儘ならない。

 余り間を置き過ぎるのも、彼女との約束を果たしたとは言えない事を考えれば……。


「……そうですね。遅くとも、1カ月に1度は戻って来ようと思います。勿論、それが不可能な依頼クエストを請け負っている時はもう少し長くなりますし、場合によってはもっと短い間隔でここに立ち寄るかも知れませんが」


 まぁ、この辺が妥当な線だろう。

 実際、必ずしも戻って来る事がマイナスとなる訳じゃあ無いからな。

 それどころか、恐らくは何度も行ったり来たりを繰り返す事になるんじゃないかな。


「……でもそれじゃあ……冒険を行う上で……無駄に……ならないの?」


 バーバラの疑問ももっともだが、逆に無用な考えでもある。


「いや、この街に立ち寄る事は、決して無駄にはならないだろうな。特に王城があるという事で、情報が集まる所でもあるし」


 世界は……広い様で……狭い。

 東で受けたクエストの為に西へと向かわなければならなかったり、北での問題を解決する為に南のアイテムが必要になるかも知れない。

 俺たちはこれから、それを何度も繰り返す事になるんだ。


「それは理解出来るとして、再び旅の拠点へ戻るにはそれまでの移動に掛かった時間が必要となろう? やはり、時間を大きく損失すると思うのだが?」


 一度通り過ぎた街にはもう戻らない……なんて事は、まず無い。

 そしてこのジャスティアの街は、この大陸の南部中央に位置する交通の要衝だ。

 南回りのルートを取るなら、間違いなくこの街を通過する事になる。

 そしてバーバラにも言った通り、様々な情報が集約する地でもある。


「そうだな……。旅が必ずしも一方通行とはなり得ないし、同じ方角だけに進む訳じゃあ無いんだ。拠点なんてあって無い様なものだし、進んだ先が必ずしも望んだ場所であるとは限らないからな。そうなれば、結局戻る事になる」


「……なるほどぉ。アレックス様はぁ、西から戻って来たのならばぁ、次は東へ向かえば良いとぉ、そうお考えなのですねぇ?」


 俺の話を、シャルルー嬢が柏手を打って続けてくれたんだ。

 西に進み、その果てに辿り着いてから今度は東……と言うやり方の方が、実は効率が悪かったりする。

 特に、目的が明確になっている訳じゃあ無い。

 それなら、当面は言い方はともかくとして……行き当たりばったりというのも悪くは無いだろうしな。


「ちょっと、シャルルー? あんたいつまでアレクの事『アレックス』なんて呼ぶのよ? それに、友達でしょ? 他人行儀な敬語も止めたら?」


 シャルルー嬢の話ぶりを聞いたマリーシェが、これまでの会話とは全く関係のない事を指摘してきた。

 んん? 今、それって大事な事か?


「えぇ……。そ……そうでしょうかぁ?」


 それに対して彼女は、何故か頬を赤らめて口籠ってしまったんだ。

 ああ……そうか。

 確か彼女には、同年代で異性の友人はいなかったんだったな。

「冒険者」として対するならそうでもないんだろうが、「友人」として話すとなると恥ずかしいのかも知れないな。


「ああ、そうですね。俺の事は『アレク』と呼んで頂いて結構ですよ? それに、改まった言葉遣いも不要です」


 そういう理由なら、俺としては何の問題も無い。

 俺は出来るだけ気さくにそう返答したんだが。


「そ……それではア……アレクも、わたくしの事はシャ……シャルルーとそう……呼んでくだ……ね? そ……それにぃ、敬語も必要ないからぁ」


 少しぎこちないけど、シャルルーは俺にそう提案して来たんだ。

 彼女も、恥ずかしい気持ちを何とか捻じ伏せて自然に振舞おうとしているみたいだ。


「あ……ああ、分かったよ、シャルルー」


 俺もちょっと照れるけど、何とかマリーシェ達と同じ様に話し掛ける事を心がけた。

 俺の言葉を聞いて、パァッとシャルルーの顔が明るくなる。

 それに反して、何故か他の4人の表情がズンッと暗くなったんだ。

 何なんだよ、一体。


「やあ、アレックス君。今回は娘の為に色々とすまないね」


 明暗分かれている空気の中、それを振り払ったのはこの部屋に入って来たクレーメンス伯爵だった。

 彼は殊の外、上機嫌な様子だ。


「いえ、とんでもございません」


 まぁ、俺にとってはこれも行き掛けの駄賃だ。

 それにシャルルーにも確約したが、今後はこのクレーメンス伯爵家の協力と後ろ盾が得られるんだからな。結果としては、上々じゃあ無いだろうか。


「いやいや、娘の為とは言え色々と手を尽くしてくれて、こちらとしては感謝の至りだ。何かあれば、何でもこの娘に相談すると良い」


 そして、クレーメンス伯爵の方にも何かと得るものが多かったみたいだな。

 つまりこれは、双方にとってメリットのある事だったとも言える。

 何よりも伯爵にとっては、シャルルーに異性の免疫を付けさせる一助にもなる訳だ。

 これから彼女は、多くの男性と付き合っていかなくてはならない。

 それは家同士の付き合いもあれば、婚姻に関わる事もあるだろう。

 それを考えた時、やはり様々な異性との付き合い方を学ぶのは必要な事だ。

 しかし、無闇やたらに慕情を抱かれては堪らない。

 だから、今更共学制の学校に通わせる事も憚られたんだ。

 その点、冒険者の俺となら問題なんて起こりにくいだろう。

 なにせ、これほど明確な身分の違う者同士なんて無いからなぁ。

 伯爵の安心もその通りだし、俺の考えも彼に同意だ。

 何でもシャルルーに……とは言われたが、彼女に相談した処で解決しそうな案件なんかたかが知れているだろうなぁ。

 それでも今の俺たちの実力を考えれば、シャルルーと密接な関係を築けただけでも上々だ。


「ところで、アレックス君。これから、どうするのだね?」


 ここでの仕事も一段落付いたんだ。俺たちは、次の行動を起こす必要がある。


「そうですね……。とりあえず、街で依頼クエストを探してきます。この近辺か……もう少し足を延ばすと言うのも良いですね」


 俺たち冒険者が目的を見つけるには、何よりも依頼を見るのが一番だ。

 各地の危険度合いも把握出来るし、自分たちの力量も測れるし、報酬も得る事が出来る。

 何よりも、ランクにも影響するからな。


「それでしたらぁ、お父様ぁ! わたくしぃ、『テルセロの町』にぃ、行きたいのですがぁ、如何でしょうかぁ?」


 そこへシャルルーが、伯爵に提案を口にしたんだ。

 ここから考えられる事と言えば……。


「それは構わないが……」


「その護衛をぉ、アレクたちにぃ、お願いしようと思うのですぅ」


 グイグイと父に迫るシャルルーに、クレーメンス伯爵は困った様な顔で圧され気味だった。

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