対・決!
俺が新たな提案を持ち掛けた事で、俺たちの夜会は本当に終了となった。
時間も時間だ。
シャルルー嬢も喜びを露わとしながら屋敷の奥へと戻って行ったし、マリーシェ達ももうそろそろ……限界だろう。
「うう―――……。もう……だめ……」
何が限界かと言えば。
「……お腹……空いたなぁ」
空腹に、これ以上耐えられないという事だった。
でも、それも無理もない事だ。
なんせ彼女たちは、朝から食事らしい食事は摂っていないんだからな。
水分だって、どれだけ摂取出来たのか怪しいもんだ。
「……もう……本当に……二度と御免だわ」
心底こりごりだと言った感じで感想を口にしたバーバラに。
「……ええ、全く以て同感だ」
カミーラも、感慨深くそう零したのが印象的だった。
それから彼女たちは、大至急着替えを行い、晴れて自由の身となった。
そんな彼女たちが真っ先に望んだ事、それは……。
―――食事だった。
宿に帰り付き夜も更け、本当ならば食事を摂る時間では無いんだろうけど、彼女達はそれはもう勢いよく食べ物にありついた。
その光景を見て、俺はしみじみと感じ入った……。
……ああ。……あの時の出来事は……全て……夢だったんだろうなぁ。
……ってな。
彼女達を見ていると、正しく「花より団子」って言う言葉が良く似合う。
きっと今夜の出来事は、その場の雰囲気に呑まれた夢か幻だったんだろう。
「ったくよぉ。全く、女心は訳が分からねぇよ」
ただ、そうではないと思わせる人物がここに1名。……そう、セリルだった。
彼は俺がマリーシェ達と踊っている最中、話していた「約束をした女性」と逢引きしていたらしい。
それだけならば、彼の面目躍如といった処なんだろうが。
「なぁ、アレクゥ。なんであそこで、平手打ちが来るんだろうなぁ?」
伯爵邸を出る算段をしていた俺たちの元に、セリルは腫らした頬を擦りながら戻って来たんだ。
あそこで……と言われても、どんなシチュエーションだったのかはさっぱりだったが、何故かその光景が目に浮かぶんだから不思議だ。
勿論、俺には彼の質問に答えてやる事は出来ない。
そして、完全に無視を決め込んでいる女性陣もそれは同様だった。
「とりあえず、今日は戻るとするか。疲れたし、腹も減った。詳しい話は、また明日だな」
そう言う訳でこの提案は全員一致を見て、俺たちは宿屋へと戻ったって来たんだ。
翌朝。
みんな疲れを残した表情だったんだが。
「なんでアレクが、そんな面倒な事をしなきゃいけないのよっ!?」
この声で、一同の眠気なんて吹き飛んでいたんだ。
俺は朝食を終えた全員に、昨晩シャルルー嬢へと持ち掛けた話をした。
説明して行く内に、何故だかその場はみるみると剣呑な雰囲気となっていき。
そして、話し終えた途端のマリーシェの大爆発だ。
こりゃあ……セリルの言った「女心は分からない」ってのもまんざら冗談ではないらしい。
「その……『帰郷の呼石』……だったか? そんな便利なアイテムが、この世に存在しているのか?」
そしてカミーラが、この話のミソである「帰郷の呼石」について聞いて来た。
彼女が……いや、この場の誰も知らないのも無理はない。
このアイテムが手に入るのは、それこそ世界を駆ける事の出来る実力を手に入れてからの話になるからなぁ。
それに手にした者が少な過ぎて、この国の人だってどれだけ知っている事か……。
恐らくは王城の学者や重鎮といった一部の人物が知っている……そんな代物だろうな。
「ああ、あるよ。かなり値は張るけど、伯爵なら用意出来ない事も無いだろう」
俺はカミーラにそう答えたんだが、その返答を聞いて彼女の表情に影が射す。
それは納得いっていない……ではなく、納得出来るからこそ納得できない……といった雰囲気だ。……カミーラもどうしたんだ?
そんな気配は、カミーラだけではなくサリシュも、そしてバーバラからも発せられていた。
「とにかく、約束しちまったんだろ? なら、まずはシャルルー様んとこに行かないか?」
この空気を打破してくれたのは、全く別の思惑があるセリルだった。
彼はとにかくシャルルー嬢に会いたいだけなんだろうけど、今回はその欲望が功を奏す事になった。
こいつも、たまには役に立つもんだなぁ……。
「セリルの言う通りだな。とにかく俺は、シャルルー様の所に行ってくるけど……。みんなは……どうする? 来るのか?」
「「「「行くわよ!」」」」
「お……おう」
俺の問い掛けに、4人は殆ど同時に声を揃えて答えて来たんだ。……なんなんだよ、一体?
またまたやって来たクレーメンス伯爵邸で、再びあの豪奢な待合室へと通された俺たちだったが、その後今度は応接室へと通される事になった。
まずは俺1人だけ……だけどな。
実はこれ、俺が内密にシャルルー嬢へと願い出た事なんだ。
「あれからぁ、調べさせましたぁ。確かにぃ、『帰郷の呼石』なるものはぁ、王国でも把握している様ですぅ」
そう口火を切ったシャルルー嬢だが、その顔はやや暗い。
それも、その理由はだいたい想像が出来た。
「……ですがぁ、そのアイテムの実物はぁ、今すぐ手に入れる事がぁ、出来そうにないのですぅ」
そういう事だ。
中々に手に入れる事の出来ないアイテム。しかも、かなり重宝する物だからなぁ。
伯爵令嬢の要望ぐらいでは、おいそれと提供されるもんじゃあないだろう。
「そうでしょうね。ですが、私はそれを所持しております」
でも俺の「魔法袋」の中には、そのアイテムさえかなりの数が入ってるんだよなぁ。
いっそ落ち込んでしまっているシャルルー嬢に、俺がその事実を告げてやると。
「ほ……本当ぅ、なのですかぁ!?」
彼女は、目を丸くして驚いていたんだ。
さすがの彼女も、この展開までは読めなかったみたいだな。
「はい。実は、父の収集物の中にその『帰郷の呼石』があったのです。それをお譲りしても良いと考えています」
魔法袋の中に入っているこのアイテムの多くは、すでに“登録済み”の呼石だが、中にはまだ“未登録”の物も多くある。
今すぐには必要ないし、1つくらいなら譲ったって問題ないだろう。
「そ……それが事実でしたらぁ、是非ともお譲り頂きたいのですがぁ。……お代はぁ……如何ほどにぃ……」
俺の言葉を聞いて一瞬喜びの表情となったシャルルー嬢だが、すぐにその顔は暗くなった。
まぁ、王室さえ出し惜しむ代物だからな。一体幾らの値が付くのか、想像も出来ないだろう。
「いえ、今回はお代は必要ありません。その代わり……」
「そのぉ……代わりぃ……?」
ゴクリ……と、彼女の喉が鳴る。
超貴重なアイテムとの交換条件なんだ。
普通なら、どれだけの事を提示されるのか想像もつかない処だろうが。
「その代わり、今後とも私たちに惜しまず協力して欲しいのです」
「そ……それだけでぇ……宜しいのですかぁ……?」
俺の要望が余りに普通過ぎたのか、シャルルー嬢はどこか拍子抜けしている様だ。
でも、俺は最初からこれを要求しようと考えていた。
今後旅をする上で、俺たちには大金よりも「伯爵令嬢の後ろ盾」があった方が便利だからな。……少なくとも、王国貴族の影響がある内は……なんだが。
「そ……それならぁ、喜んでぇ!」
俺が頷いて応えると、彼女は飛びついて来そうなほど喜んだんだ。
「それから、この事は……」
その上で、俺は彼女に釘を刺す事を忘れなかった。
俺たちが応接室へと戻ると、何とも重たい空気が流れていた。
その理由ってのは……。
「……2人っきりで、一体何を話していたの?」
「……うっ」
マリーシェのこの言葉に集約されていた。
4人の少女から同じ様に鋭い気配を向けられ、思わず怯んでしまいそうになったんだが。
「別にぃ、何もぉ。お仕事のぉ、お話ですわぁ」
そんな“口撃”にビクともしなかったシャルルー嬢は、一歩前に出て受け応えた。
な……なんだ!? この……双方の迫力は!?
「……仕事の話なんやったら……ウチ等も知っとく必要があると思うんですけどぉ……」
そんなシャルルー嬢に、サリシュがすかさず反論した。珍しく、どこか好戦的だ。……一体、何がどうなっているんだ!?
「いいえぇ、もう済みましたぁ。それではアレックス様ぁ、後ほどぉ」
そんなサリシュの攻勢を、シャルルー嬢はスルッと躱して俺にそう話し掛けて来た。
「あ……え……はい」
何が何だか分からないが、とにかくこの場は撤収した方が良さそうだ。
そんな考えから、俺は縺れる舌を動かしてそれだけを口にしたんだが。
「……なれば、今この場で話して頂いても問題無いでしょう」
そこへ、カミーラが参戦してきたんだ!
おいおい、カミーラまで!
漸く治まりそうだった気配なのに、なんで火に油を注ぐんだよ!?
「そうですねぇ。実はぁ、定期的にぃ、アレックス様がぁ、わたくしに会いに来て下さるぅ……そんなぁ、依頼ですぅ」
そしてカミーラに対して、シャルルー嬢はもったいぶる様にそう答えたんだ。
ああ……! なんでそんな挑発的な言い方をするんだ!?
ほら……カミーラの目が、戦闘時のように鋭くなってる!
「……おかしいわね。……確か……アレクだけじゃなくて……私たちって……聞いているんだけど」
ズンッと重く感じる声音で、バーバラがシャルルー嬢の台詞に噛みついた!
うわぁ……どうしたんだよ、バーバラまで!?
「あらぁ? そうでしたかしらぁ? でもわたくしはぁ、アレックス様だけでもぉ……」
「いいえ、私たち全・員・よっ! それでなければ、この依頼は無かった事にするわっ!」
「まぁ。でもぉ、そんな権限がぁ、あなたにぃ……」
「……あるでぇ。……大ありや。……なぁ、アレクゥ?」
うわっ! サリシュ、ここで俺に振るんじゃあない!
「……どうなのだ、アレク」
「……答えるまでも……ないでしょう?」
な……何なんだ、これは!?
どう答えても、なんだかマズい気しかしない!
「な……なぁ、こんな時、なんて答えれば正解なんだ?」
俺は藁をも縋る思いで、近くにいたセリルに問い掛けたんだが。
「さぁ? いつも通りに答えておけば良いんじゃないか?」
こいつは全く空気が読めていないのか、普段通りに答えてきやがったんだ。
それどころか「何でそんな事を聞くんだ?」なんて顔してやがる!
そう言う処だからな? お前のマズい処って!
「うっふふふふぅ。冗談ですよぉ。わたくしはぁ、皆さんともぉ、仲良くしたいとぉ、考えておりますのでぇ」
立ち込めた空気を一掃する様に、突然明るく笑いだしたシャルルー嬢がそう告げたんだ。
不思議なもので、たったそれだけでフッと空気が軽くなる。
そして、少なくとも3人の気配は穏やかなものへと変わったんだが。
「仲良くしてもいいけどねぇ! これからはあなたの事を『シャルルー』って呼ぶけど、勿論良いわよね? 友達になるんだから」
どうにもマリーシェの物言いには棘がある。
これは、ちょっと失礼なんじゃあ……なんてハラハラしたんだけど。
「構いませんよぉ。わたくしもぉ、あなたの事をぉ、マリーシェって呼びますのでぇ」
詰め寄るマリーシェに、シャルルー嬢も決して引けを取っていなかった。
うふふふふ……と、感情の籠らない声で笑いを零す両雄。その表情もまた、当然笑ってはいない。
怖ぇ! 怖ぇよ!
と……ともかく、これでこの場は一段落……で良いのかな?
なんだか後から大変な事になりそうだが、まずはこの場から退散するのが正解か。
そう考えて俺たちは、後日訪れる事を約束して伯爵邸を後にした。
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