夢幻の夜の終焉

 俺たち以外に、誰も踊っていない会場の中央。

 そして招待客たちは、まるで観覧にでも来たかの様に俺たちの踊りを遠巻きに見ているだけだった。

 そんな中で、シャルルー嬢は耳を疑う提案を持ち掛けて来たんだ。


「ですからぁ、アレックス様はぁ、士官にご興味がございませんことぉ?」


 それは囁く様にか細く、それでも俺の耳にはハッキリと聞こえる声音。

 これなら、多分会場の誰にも俺たちの……少なくとも彼女の声は聞こえないだろう。

 こんな会話の方法があるんだなぁ……。


「士官……ですか?」


 だからこそ、聞けば聞くほど現実味の薄い話に、俺は再び疑問を浮かび上がらせていたんだ。

 彼女の言う「士官」は「仕官」ではない。

 ただ国や貴族に仕えろと言っているのではなく、そこから出世も狙える上級兵士にならないかと持ち掛けているのだ。


「えぇえ、そうですぅ。もしもその気がございましたらぁ、お手伝い出来る事もぉ、あると思うのですがぁ」


 話を続けるシャルルー嬢の目が、蠱惑的に輝く。

 誰が言うのでもない、伯爵家令嬢の提案なのだ。これほど魅力的な事はないだろう。

 でも……おいしい話には……裏がある。


「もっともぉ、無条件でぇ……と言う訳ではぁ、ありませんけどねぇ」


 ほら来た。やっぱりな。

 俺みたいに無名と言って良い年少の冒険者に、そんな魅力的な話が何の条件も無く持ち掛けられる訳が無いんだ。

 俺がグッと身構える姿勢を見せると。


「うふふぅ……。そんなにぃ、構えなくても良いですよぉ」


 俺の心情を見透かした様に、シャルルー嬢が可笑しそうに笑った。

 どうにも、主導権を取られっぱなしだな。


「難しい事ではぁ、ありませんよぉ。わたくしのぉ、護衛隊長に就任して下さればぁ、良いのですぅ」


 護衛隊長……? ……なるほどな。

 先の戦闘で、それまで護衛隊長を務めていたイフテカールが戦死し、隊長の地位が空白となっている。

 いつまでも彼女の護衛に穴を開けておくなんて出来ない事を考えれば、早急に後任を定める必要があるだろう。

 それに、伯爵令嬢の護衛を務めれば箔が付く。

 その功績を謳って伯爵が上申すれば、士官も夢では無いと言う事だ。

 それどころか、爵位を得る事さえ夢じゃあなくなるだろう。


「うふふぅ……。流石ねぇ。わたくしの提案の意図をぉ、もう察していらっしゃるのねぇ」


 思索していた俺の顔に意思が戻ったと見るや、シャルルー嬢がそう話し掛けてきた。

 このお嬢様はただの令嬢ではなく、かなり頭も切れる様だ。


「……でも、何故俺なんでしょう? 俺はこの通りまだ15歳の年少ですし、レベルもまだまだ低く、人選としては適任ではないと思うのですが?」


 そこで俺は、至極もっともな質問を投げ掛けたんだ。

 と言っても、これは後々必ず問題にもなる事案でもある。

 隊長を務めるという事は、部下も従えなければならない。

 そして俺の部下に付く兵士たちが、全て俺よりも年下だとは考え難いだろう。

 これでは、指示や待遇に不満を口にする兵士も少なくはない。

 それに、今の俺のレベルは9だ。

 憶測だが、多分このレベルはイフテカールと同等かそれよりも低いだろう。

 言うなれば……まだまだ未熟だという事だ。


「そうですねぇ。でもそこはぁ、解消する手段がぁ、あるのですぅ」


 そんな俺の質問も、彼女にとっては織り込み済みな様だ。

 まったく……どこまで察しが良いんだよ、このお嬢様は。


「亡くなった方が多くぅ、残った者の大半も長期療養が必要との事ぉ。それならばぁ、新たに再編する事にすればぁ、良いのですぅ」


 ……なるほど、そう来たか。

 確かに、護衛隊を再編成する際に条件付けとして年若い者を主流とすれば、俺が隊長になっても早々問題は起きないだろう。


「そしてその際にぃ、アレックス様のお仲間たちを中核に据えればぁ、起こる問題もぉ、随分と軽減されるはずですがぁ」


 そして、いずれは起こるであろう問題も、彼女の言う通りマリーシェ達が共にいれば解決する事も難しくはない。いやはや、そこまで考えているとは恐れ入ったなぁ。

 だけど、それだけじゃあ俺を推挙するにはまだ足りない。

 恐らくは、本当の処を隠しているんだろうけれど……。


「あなたの事はぁ、お父様は非常に高くぅ、評価されておりますぅ。あなたさえ了承していただければぁ、恐らくお父さまも首を横には振らないかとぉ」


 ふむ……。伯爵から高評価を受けていると言うのは有難いんだが、それもこれも全部建前の様に感じられてならない。

 シャルルー嬢は、もっと違う考えを持っていると考えられるんだけどなぁ。

 そうでなければ、俺でなくとも貴族から募ると言う方法もあるだろうし。


「それにぃ……これはぁ……私事ではあるのですがぁ……」


 突然、彼女の歯切れが悪くなった。

 どうやら彼女は、秘めたる考えをここで披露してくれるらしい。

 う―――ん……。どこまでが本音なのか、ますます分からなくなって来たな。


「わたくし実はぁ……お友達がぁ……」


「……え?」


「ですからぁ、お友達がぁ、いないのですぅ!」


 ゴニョゴニョと口籠っていたシャルルー嬢に問いただすと、彼女は思い切って全てを言い切ったんだ。

 もっともその時の声量は、一瞬周囲からどよめきが起こる程に大きいものだったんだが。

 シャルルー嬢……よっぽど恥ずかしかったんだなぁ。

 彼女は真っ赤な顔をして、俺を見つめていた。


「……いや、友達くらいはシャルルー様にもいるでしょう? 全くいないと言う訳が……」


 何せ、シャルルー嬢は伯爵令嬢だ。

 お友達になりたい者なんて、それこそ掃いて捨てる程いるだろうに。


「い……いえぇ、お友達ならぁ、おりますよぉ? ただぁ、同年代で異性の方となるとぉ……」


 あぁ、そういう事か。

 確かに貴族の令嬢ともなれば、通う学校なんかは女性だけって事は十分に考えられる。

 もしかすれば、専属の教師を雇って学校には行っていないかも知れない。

 そうなれば同性は勿論、異性の友達なんてまず出来ないだろうからなぁ。

 さすがは伯爵令嬢。真正の箱入り娘って事だな。


「他の貴族家には、友達になれそうな方はおられなかったんですか?」


「わたくしの世代はぁ、どうにも男性が少ない様でしてぇ、同年代でご紹介いただける他家の方はぁ、おられないのですぅ」


 ……なるほどな。

 確かに護衛隊の面々が同世代なら、触れ合う時間も多くなるだろう。

 そしてそこに男性隊員がいたならば、異性と話す機会も増えるってもんだな。

 でもその為に、そこまでお膳立てをするシャルルー嬢って一体……。

 ただそれなら、俺が隊長にならなくとも問題を解決出来るかも知れないな。


「……申し訳ありません、シャルルー様。その申し出は、お受けする事が出来ません」


 だから俺は、シャルルー嬢の提案をお断りしたんだ。

 士官の件は本当に良い話だとは思うけど、俺にその気は無いからな。

 それに、恐らくマリーシェ達も今の生活を投げ捨てる様な考えは持っていないだろうし。……セリルは分からんが。


「そうぅ……ですかぁ……」


 ハッキリ否と突きつけられ、シャルルー嬢は意気消沈してしまった。

 断られた事にと言うよりも、俺と言う同年代で異性の友人を作り損ねた事が残念な様だ。


「ですが、私より提案があります」


 勿論、それだけで済ませるつもりなんか無い。

 少なくとも、こんな俺に身に余る様な身分を提示してくれたんだ。俺は、その意気に答えてやる必要を感じていたんだ。


「……と申しますとぉ?」


「はい。実は転移アイテム『帰郷の呼石』と言う物があります。これを使えば、俺はどこに居てもここへ戻って来る事が出来ます。いえ、俺だけでなく……俺たち全員が」


 そこで俺は、あるアイテムの話を彼女にしたんだ。

 それは、ここよりずっと北にある島国に伝わる不思議な呪具の事だった。


「帰郷のぉ、呼石ぃ……ですかぁ? 初めてぇ、聞きますがぁ……」


 そりゃあ、そうだろう。

 北の島国……とはいってもこの大陸とは完全に関わりを断ってるし、情報は一般には殆ど漏れ出てこない所だからな。

 当然、そこで培われた文化や技術も出回らない。……そこに出向かなければな。

 そして俺は以前そこを訪れていて、この「帰郷の呼石」を使う為のアイテムと術式を身に付けているんだ。


「それを使えばぁ、いつでもこちらへ戻って来れるのですかぁ? どんなに離れていてもぉ?」


「ええ。いつでも……と言うには制限がありますが、どんなに離れていても戻って来れます」


 そう答えてやると、シャルルー様はパァッと破顔した。

 そして、踊りを止めて動きを止めたんだ。

 それと同時に、音楽も鳴り止んだ。


「その話しぃ、明日にでも詳しく聞きたいのですがぁ……宜しいでしょうかぁ?」


 そしてシャルルー様は、俺の話に興味津々な様だ。

 俺としても、彼女の気持ちに応えてやりたい気概は持っているからな。


「はい、喜んでお伺いいたします」


 でも、今は時間も時間だ。

 詳細は明日改めて話した方が良いだろう。

 俺は出来るだけ優しい笑みを浮かべて、快く了承の意を示したんだ。

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