淑女の私情

 カミーラは。俺の前から去っていった。

 そして、まだ曲は奏で続けられている。

 周囲の人たちも、まだ踊り続けていた。


「……次は……私ね」


 そして俺の前にやって来たのは、何とも艶やかな美少女だった。

 ……いや、美少女の素質がある女性と言うべきか。


「バーバラか。まさかお前も、ダンスに興味があるとは思わなかったなぁ」


 さっきまでの彼女の態度や言動を知る限りでは、もうパーティーなんて御免被るといった風情だったんだがなぁ。


「……別に……ダンスには興味ない」


 そう言いながら俺たちは、互いに手を取り合い身体を寄せ合って踊る姿勢を作ったんだ……が。

 密着……って程じゃあないにしろ、がどうしても触れ合ってしまう。

 その一部分ってのは言うまでも無く……彼女の胸な訳だが。

 でも確か、バーバラはそういった部分にコンプレックスを感じていた筈だ。必要以上に触れ合うのは、彼女に対して失礼だろうな。

 そう考えて、ほんの半歩……いや、それよりも短い距離だが、彼女との距離を取る。

 これくらいなら大袈裟ではないし、彼女の胸も俺の身体には触れない。


「……やはりあなたは……深慮に長けた人だ」


 そんな俺にどこかニンマリと笑みを浮かべたバーバラが、俺に向けてそう言って来たんだ。

 そして、俺たちは動き出す。

 先ほどの様なキビキビとした動きではないが、彼女との踊りは優雅で楽しめるものだった。

 ……へぇ。バーバラも、踊りは上手いもんだなぁ。

 クルクルと回りながら踊る最中、バーバラが俺に向けて話し始めた。


「……本当は……誰ともパーティを組むつもりは……無かった」


 彼女のこのセリフは、恐らくは本当だろう。

 僅か14歳でこのスタイルなんだ。

 同じ歳は勿論、年上からも年下からでさえ、彼女はだろうからなぁ。

 そしてバーバラは、そんな視線に耐えれそうにない。


「じゃあ、何で俺たちのパーティに入ろうって思ったんだ?」


 そういえば、明確にその理由を聞いた事は無かったなぁ。

 パーティの申し込みを受けた時も、殆どノリに近い状態でマリーシェが承諾したんだった。


「……勿論……このパーティが……殆ど女性で構成されていると言うのも……あった」


 他人の……特に男性の視線を嫌う彼女が参加するパーティとしては、女性ばかりで構成されたものが最適だろう。

 もっとも、それにしたって結局は男性の眼を引き付けちまうんだが。


「……でも……何よりも。……目に……惹かれた」


「……目に?」


 バーバラは、どこかウットリする様な表情を作っている。

 それは普段のずぅんとするものではなく、彼女が本来持っている年相応の顔なのかもしれない。


「……そう……目に。……あなたを見る……マリーシェの……サリシュの……カミーラの目に……惹かれた」


 説明してくれているんだが、俺にはまだ理解出来ない。

 女性の多いパーティを選んだってんなら分かるんだが、マリーシェ達が俺を見る目ってのはどんな目なんだ? 

 もしかして俺って彼女たちに……狙われていた!?


「……彼女たちの目が……輝いていた。……完全に信頼して……一切の不安が無い……そんな眼差し」


 そ……そんな目で見られていたのか!? 俺には自覚が無いんだが……。


「……私も……そんな目を向ける相手が欲しいと……その時思った。……そして……ここを選んだ事が間違いないと……今は確信している」


 そう言って俺を見つめる彼女の顔もまた、仄かに赤らんでいる。

 そして何よりも。

 彼女の瞳が爛々と輝き、いつもの沈んだ眼ではなくなっていたんだ。

 それは、まさに彼女本来の表情!

 そしてそんな表情を浮かべるバーバラは、間違いなく……可愛らしかった!


「……あなたの配慮は……心地良い。……私たちの事を常に考え……気を配ってくれている。……マリーシェ達と同じで……私もそんなあなたに……心を惹かれる」


 美少女然と化し紅潮するバーバラにそんな事を言われては、俺としても照れるより他はない。

 言葉を出せずにいると、丁度曲が終わり踊りの輪も止まった。


「……これからも……変わらずにいて下さい。……それじゃあ」


 首筋まで真っ赤にしたバーバラが、そそくさと俺の前から去っていた。

 動きのなくなった会場の中心で、俺は暫し呆然としていたんだ。

 予定では、これでこのパーティーも終わりに向かう……筈だったんだ。





 ダンスも終わり、宴はこれにてお開き……となる筈だった。

 勿論、すぐに全員が退場する訳じゃあ無い。

 そのまま居残り料理や酒を楽しんだり、雑談や睦言に時間を費やす者も居る筈だ。

 結局なんやかんやで、この場に人がいなくなるのは明け方じゃあないかな?

 でも少なくとも、これ以上の騒ぎはもうなくなる……俺はそう考えていたんだが。


「ご機嫌如何かしらぁ、冒険者さぁん?」


 佇む俺の前に、何と伯爵令嬢のシャルルー嬢がやって来たんだ!

 さすがにこれには、俺も驚きを隠せないでいた。


 綺麗に整えられた、亜麻色の長い髪を優雅に後ろへと流している。

 頭に添えられた豪華なティアラでさえ、彼女を彩るアクセサリーでしかない。

 どこかのんびりとした印象を受ける顔立ちに、パッチリとした眼と通った鼻筋に小さな唇。化粧を施されていてもそれがきつい印象を受けず、むしろ彼女の良さを更に引き出している。

 ドレスはピンク色のクロスホルターを着こなしているんだが、露出の割にはそれが嫌らしく見えないのだから不思議だ。

 まさに貴族のお嬢様と言った風情のクレーメンス伯シャルルー嬢がそこに立っていたんだ!

 でも、おかしいな?

 このパーティーのホストともなれば、あっちこっちに引く手数多だろう。

 俺なんかに構っていられる時間なんて無いはずだ。

 それは、宴が終了しても同じ筈で、彼女と話したい……それが個人的にか家柄でなのかは分からないが、ともかくシャルルー嬢と関係を持ちたいと思う者は少なくない筈なんだ。


「今夜は、ありがとうございました。とても楽しめましたよ」


 そんな彼女に俺は、当たり障りのない返答をした。

 名目上とは言え、このパーティーは俺たちの為に開いて貰ったんだ。

 気疲れが酷いとは言え、そんな事をシャルルー嬢に言う訳にはいかないからな。


「うふふぅ……。嘘をおっしゃらないで下さぁい。疲れるだけだったってぇ、顔に書いておりますよぉ」


「これは……」


 でもそんな考えは、シャルルー嬢にはお見通しだった様だ。

 ……意外に鋭いな……お嬢様は。


「でもぉ、それも分かる話ですぅ。かく言うわたくしもぉ、こんなパーティーは疲れるだけですものぉ」


 そう話して、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 ほんとにまったく、このクレーメンス伯爵家ってのはどうなっているんだ?

 普通に貴族と接しようとしても、どうにも肩透かしをくっちまう。


「それよりもぉ、わたくしと1曲ぅ、踊って頂けませんかぁ」


 そう言ってシャルルー嬢は、スッと右手を差し出してきた。

 その言い様には、断られる事なんてまるで考えていない風情がある。


「でも、もうダンスは……」


 終わりましたよ……と言おうとしたんだが、彼女の行動に併せる様にして、新しく曲が奏でられ始めたんだ。

 なるほど。そりゃあ、此処は彼女の家だもんな。

 彼女の望む通りに事を運ぶなんて朝飯前か。


「如何しましてぇ?」


 優雅に微笑む彼女の手を、俺は優しく取った。


「喜んで」


 そして俺たちは、誰も踊っていない会場の中央を独占して、2人だけのダンスとシャレ込んだんだ。


 彼女の踊りは実に堂に入っており、貴族然としていた。

 ハッキリ言って、ダンスの腕前は俺よりも遥かに上であり、始終俺の方がリードされている状態だった。

 それなのに、不思議と不快感が無い。

 それどころか、楽しいとさえ感じられたんだ。


「さすがに、お上手ですね」


 シャルルー嬢に俺は、思った事をそのまま口にしたんだ。

 どうにもこの場では、彼女との駆け引きは分が悪そうだからなぁ、


「あらぁ、ありがとうございますぅ。あなたもぉ、とてもお上手ですよぉ」


 そんな俺の言葉に、彼女も優雅な笑みで答えて来たんだが。

 これはまさに、社交辞令と言うやつかなぁ。

 それとも、見かけによらず……って文言が入るのかな?


「……ところでぇ」


 そしてここからが、どうやら本題な様だ。

 まぁ、何の話も無く俺に近付いて来るってのがおかしいからな。


「アレックス様ぁ。士官にはぁ、ご興味ございませんかぁ?」


「……へ?」


 シャルルー嬢の言葉に、俺は間抜けな声を出すより他には出来なかったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る