彼女達の慕情

 耳まで真っ赤にしたマリーシェが、顔を両手で隠して走り去って行く。

 いつか見た童話か物語だったなら、此処は姫を追い掛ける場面なんだろうか?

 そんな事を瞬間的に考えていたんだが、俺がそれを行動に起こす事は出来なかったんだ。

 ……何故なら。


「……お手柔らかに頼むわなぁ」


 すでにサリシュが傍までやって来て、俺の手を取り踊ろうとしていたんだ。

 そこまでされれば、俺だって彼女の手を振りほどく事なんて出来ない。

 俺は2番手であるサリシュと、ダンスを開始したんだ。





 サリシュとのダンスも、とても楽しく気の合うものとなった。

 長く……と言っても数か月なんだが、それでもこのパーティ結成当初から行動を共にしていると、呼吸が合うと言うのだろうか。

 彼女とのダンスは、とてもスムーズで踊り易かったんだ。

 それに彼女は、何かと要領が良く理解が早い。

 多分サリシュは、さっきのダンスでもうコツを覚えたんだろうなぁ。

 そんな彼女に感心して、俺はサリシュとのダンスを続けた。

 会話は少ないんだが、それでも彼女からは楽しいと言う雰囲気が伝わって来る。

 そしてそれは、俺も同様だった。


「……なぁ、アレク」


 不意に、サリシュが俺をマジマジと見つめて声を掛けて来た。

 その頬はほんのりと色付いている。

 なまじ色白なだけに、余計に紅潮した彼女の表情が印象的となったんだ。

 そして潤んだ黒い瞳が、真摯に俺と向き合って何かを訴えている。

 って、あれ……? これって……デジャブか?


「……ウチな。……アレクの事が……好きやで」


 少し考えを巡らせていると、サリシュが俺に何かを告げて来たんだが。

 ……え? 今……何て言ったんだ?


「ゴ……ゴメン、サリシュ。今……なんて……」


「……だから……ウチはアレクの事が好きやぁ言うたんや」


 改めてサリシュから告白を受けて、俺は思わず吹き出しそうになったんだ!

 いやいやいやいや! まさかサリシュからこんな話をされるなんて!

 しかも、ど直球じゃねぇか! まさか……揶揄からかってるんじゃあないだろうな!?

 って考えて、ジッと彼女の方を見てみたんだが。

 彼女の白い肌が、見える範囲で全部赤くなってる! 

 しかも彼女の表情も真面目そのもので、俺を見る目もどこか必死ささえ感じられる!

 ……これは……マジだ!


「え……あ……その……」


 正直に言って、女性から……しかもこんな可愛い子からこれほどストレートに告白された事は、これまでの人生で……無い!

 経験が無いんだから、対処のしようも分からない!

 分からないから……どうして良いか、分からない! 結局分からないんだ!

 それに……サリシュのこの「好き」ってのも、実は随分と幅広い。

 サリシュの出身地は独特の方言があって、独自の言い回しも多数ある。

 彼女の言う「好き」ってのにも、「愛している」から「気に入っている」まであるんだ。

「好感が持てる」って言う程度ならそれは俺も同じ気持ちだが、恋愛感情となるとすぐには答えが出せない!

 そんな事が、グルグルと頭の中で回り続け大混乱を起こしていると。


「……あ、でも……いきなりこんなん言われたかて、アレクは困るよなぁ」


 頭から湯気でも出そうなほど赤面しているサリシュが、慌てて言葉を繋げる。

 まぁ……いきなりじゃあなくても困る……と言うか、慌てるんだが。


「……だから、返事は今せぇへんでもえぇで」


 そういうサリシュの表情は、どこか……幸せそうでありスッキリしている。


「……まだまだウチ等は子供やし、これからどんな出会いがあってどんな心変わりが起こるか分からへん。……ウチ等がどうなるかも、まだまだ分からへんからなぁ」


 うん、それは同感だ。実にサリシュらしい、現実的な考え方だな。

 今、ここで抱いている感情だって、こういう気分の高まるシチュエーションだからこそ盛り上がっているだけかも知れないんだ。


「……でもウチな。……負けへんでぇ」


 それでも、俺を見つめるその瞳に宿る強い力は、決して衰える事は無く。


「……ウチは負けへん。……マリーシェにも、カミーラにも、バーバラにも。……誰にも負ける気も譲る気だってあれへんから。それだけは覚えといてなぁ」


 そう宣言したサリシュは、ニコッと笑い掛けて来たんだ。

 多分その笑顔は、俺が今まで見た事の無い、サリシュの最高の笑顔だったろう。


「……あ、曲も終わったなぁ。……じゃあ、交代やね」


 少し名残惜しそうに俺から離れたサリシュは、やや早足でその場を去っていたんだ。

 呆然と彼女を見送る俺の前に。


「……次は、私の番だな」


 次の相手であるカミーラが立っていたんだ。





 さっきよりもややテンポの早い曲に合わせて、俺とカミーラは軽快に踊る。

 心なしか、マリーシェやサリシュよりも、息が合っている様に感じる。

 言うなれば、キビキビとした動きに互いのミスも許さない。

 ……それを意識しているのか、だからこそ集中力が高まって行く。……そんな感じだ。

 でもだからと言って、楽しくないと言う訳では無い。

 2人してこの曲を攻略しようと言う感覚は、いっそ共同作業……いや共闘といった感じで、これはこれで心が躍るんだ。


「……そなたには、感謝している」


 そんな最中に、カミーラが静かに話し出した。

 割と早めに動いている筈なのに、彼女の話ぶりは驚くほど緩やかだ。

 まるで、周囲の流れとは別にしてカミーラとの間の空間だけ時を止めたようだった。


「そうか? 俺は何もしていないと思うんだが……」


 そう。感謝される様な事は何もしていない。

 俺が……俺たちが彼女にして来た事は、パーティメンバーとして当然なんだ。

 そしてそれは、カミーラの方も同じだろう。


「いや、そんな事は無い。アヤメの件もそうだった。そして、魔神族との戦いでも」


 僅かに微笑んで上目遣いにこちらをみるカミーラは、いっそゾッとする程妖艶だ。

 こんな笑顔を向けられたら、普通の男ならイチコロだろうなぁ。


「あれは何も、俺だけの力じゃあないぜ? マリーシェやサリシュの協力の賜物だし、何よりもお前の力による処が大きいだろ?」


 これは謙遜ではなく、俺の忌憚ない意見だ。

 俺たちのパーティで、彼女が最もレベルが高く戦闘力があるってだけじゃあない。

 ともすれば気の緩みがちになるこのパーティに於いて、常に緊張感を抱く様に振舞って来たのは……カミーラだ。


「……いや、そういう事だけではない。何と言うのかな……そう、精神的支柱とでも言うのかな」


 俺の返答に微笑みながら、カミーラが更に続ける。

 そこまで高評価を面と向かって告げられると、俺としても返す言葉が見つからないんだが……。


「殆ど同じ歳だと言うのに、そなたには頼れる何かがある……。未熟な私たちがそなたを頼っても、そなたはそれに冷静に応えてくれる。本当に……感謝に堪えない」


 そりゃあまぁ……中身は30歳のおっさんだし?

 元は経験豊富なレベル85の上級冒険者だし? しかも、勇者だったし?

 頼れるかどうかはともかくとして、余程の事が無い限り冷静に対処出来るのも当たり前だよなぁ。

 ……まぁ、その選択が常に間違いないかと言えばそんな事は無いんだが。


「そしてそなたは、私の為に魔神族と戦ってくれると言う。……それがもしも戯言ぎげんだったとしても……そなたがそう言ってくれた事が私には何よりも嬉しかったのだ。……本当にありがとう」


 流れる景色。しかし、止まっているカミーラとの時間。

 そして、頬を赤らめて微笑む妖艶な東方の美少女。

 なんとも不思議な空間に、俺はどこか夢心地となっていたのかも知れない。


「そんなそなたを私は……私は……」


 どこかボゥッとしちまっている俺の耳に、甘やかなカミーラの言葉が流れ込んで来るんだが……意味を理解出来ない。


「……私は……お慕いしています」


 そこまで言い切って、カミーラは凄い勢いで下を向いてしまったんだ。

 そんな仕草も、普段のカミーラからは想像出来なくて、まるで夢幻の如くなり……って感じだった。

 絶句を余儀なくされる俺から、カミーラはスッと離れた。


「でも今は、私の気持ちに応えて貰おうとは考えていない。何よりも私には、成さねばならない事がある。……それまでは」


 そう話す彼女の表情は、どこか悲し気でもあった。


「……それでは……また」


 そう言ってカミーラは、俺の前から去っていったんだ。

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