彼女の事情
パーティーは盛り上がりを見せ、みんな中央でダンスを楽しんでいる……筈だ。
「……あら? 意外とお上手なのね」
俺を誘ってくれた令嬢が、如何にも意外といった顔と声で驚いていた。
まぁ、以前に経験があるからな。
戦闘じゃあないんだ。覚えてさえいれば、踊る事ぐらいは簡単なもんだ。
「はい。少し以前に経験があるので」
俺はその辺りをはぐらかしながら、笑顔で彼女に応えたんだ。
「お伺いしても宜しいかしら? 冒険者の生活と言うのは、楽しいのですか?」
なるほど、俺を……俺たちを誘ったのは、どうやら興味本位の様だな。
「ええ、楽しいです。勿論、そんな事ばかりじゃあなく、辛い事や怖い事、痛い事も多いですけどね」
「まぁ、そうなのですね」
俺たちは踊りながら、特に俺の冒険話をした。そこには、艶っぽい話なんか微塵も無かった。
……もっとも、そんな事はこっちも期待していた訳じゃあ無いけどな。
「ありがとうございました」
ダンスが終わり、俺は一礼して彼女と別れたんだ。
これはあれだな。彼女も俺に興味があったんだろうが、何よりも伯爵の差し金って事だろうな。
直接指示した訳じゃあ無いんだろうが、俺たちをエスコートしてくれとか何とかの話があったんだろう。
彼女達もそれぞれの家の事を考えれば、俺たちの関心はともかくとして、伯爵の心象は良くしておきたい処だろう。
再び壁の元へと戻って来た俺の元には、示し合わせた様にマリーシェ、サリシュ、カミーラ、バーバラ、セリルが戻って来たんだ。
「よう。どうだった? 初めてのダンスは?」
俺が可笑しそうに話し掛けると、意外に彼女たちは複雑な表情を浮かべていた。
「う―――ん……。なんて言うか、気を使われているって感じかなぁ……」
「……うん、そやなぁ。……会話も、私たちの冒険の事ばっかりやしなぁ」
「そうだな。まるで、接待を受けている感じとでも言おうか」
どうやら俺以外も、大体同じ様な状況だったみたいだな。
まぁ、こんな貴族の社交界に関係のない者達ばかりなんだ。今夜だけは楽しませてやろうっていう心遣い……ってとこか?
……と思ったら。
「……求婚……された」
「「「ええぇぇ―――っ!?」」」
いたよ、ガチなのが。
マリーシェ達の驚きに反して、何故だかバーバラは沈んだ顔に怒気まで混ぜて雰囲気を悪くして行く。……なんでだよ。
「……妾として……屋敷に籠れと。……冒険者も……当然辞めろと。……話にならないわ」
あぁ、なるほどね。
相手は、バーバラの身体が目当てであったと。まぁ、中にはそんな直情的な奴もいるか。
でもだからこそ、バーバラは機嫌がすこぶる最悪なんだなぁ。
「ふっふっふ。俺は、なんだか良い感じだったぜ!」
そして、誰も聞いていないのにセリルが話し出したんだ。
まぁ、この容姿だからな。女性が瞬間的に夢中となる事も不思議じゃあない。
「へぇ―――。良かったんじゃない?」
そんなセリルに、マリーシェは冷めた声と態度で返答していた。
残念ながら、この場の誰もセリルの恋の行方に興味は無いようだ。
「この後、ちょっと約束しててさぁ。もしかしたら、今夜は帰らないかも……。いや、このパーティから離脱するかもしれないが、その時は……」
「……その時は、心配せんでもこっちはこっちで次の街に向かうから。……気にせんでえぇよぉ」
セリルの話に、サリシュが感情の籠らない声で返していた。
「ゴメンなぁ、アレク、マリーシェちゃん、サリシュちゃん、カミーラちゃん、バーバラちゃん! 寂しいかも知れないけれど、ここは俺の幸せの為に……」
その後もツラツラと口上を宣わっているセリルだが、残念ながら誰も聞いていなかったんだ。
「ねぇ、アレク。私とその……踊らない?」
宴も中盤って処か。
今は中央で、大道芸人が催し物を披露している。
さすがは伯爵が手配した芸人だけあって、その技は面白可笑しく見事なものだった。
でもこれが終われば、またダンスタイムに入るだろう。
「うん? 別に良いけど。俺、踊りは得意じゃあないぜ?」
「うん、構わないわよ! どうせ私も、余り上手くないからね!」
オズオズと俺にダンスの申し込みをして来たマリーシェにOKの返事をすると、彼女は嬉しそうにそう返して来た。
まぁ、折角こんな機会なんだ。色々と楽しんでみるってのも、面白いかもな。
「……ズルいわぁ、マリーシェ。……アレク、ウチとも踊ってぇやぁ」
「そ……それではアレク、私ともお願いする」
マリーシェの抜け駆け……って程じゃあないんだろうけど、サリシュとカミーラが競って名乗りを上げてきた。
良く見れば、バーバラも手を上げている。
まぁ、見ず知らずの男性よりも俺の方が気が楽ってもんか。……ちなみに、セリルは論外なんだろうなぁ。
「分かったよ。順番な、順番」
そして暫くすると、催しも終わり再び音楽が流れ出したんだ。
「それじゃあ、マリーシェ。俺と踊ってくれますか?」
さっきの男爵の様に、俺は右手を差し出してマリーシェを誘い。
「……喜んで!」
頬を染めたマリーシェが、強く俺の手を取ってそう答えた。
そして俺たちは中央へと行き、互いに向かい合いダンスを始めたんだ。
マリーシェとのダンスは、互いに気心が知れているからなのか殊の外楽しかった。
そして踊りながら彼女は、先ほどの相手との愚痴をツラツラと並べて行く。
やはり彼女も、オネット男爵から色々と聞かれていたらしい。
それだけなら良かったんだろうが、その言葉の端々には冒険者業を下に見る気持ちが見え隠れしていたという事だった。
まぁ、根無し草の冒険者なんて、貴族付きの兵士から見ればそりゃあ格下に見られても仕方ないよなぁ。
「……でね? 男爵が言うには『それは無駄』だって言うのよ? もう、どう答えて良いやら……」
憤慨って訳じゃあないんだけど、やはり
一気に捲し立てる彼女の話を、俺は黙って聞いていたんだが。
「……ねぇ。アレクッて、いつも私たちの話をちゃんと聞いてくれるよね」
突然口を噤んだかと思えば、彼女はやや俯き加減に声量を落としてそう呟いたんだ。
そこにはどこか、照れを含んでいる風情がある。
「まぁ、作戦立案を任されている立場でもあるからなぁ。ちゃんとみんなの考えも聞いておかないと、後々問題になるしなぁ」
「そ……そういう事じゃ無くて……ね」
俺がもっとも無難な返答をすると、顔を上げたマリーシェがどこか必死で訂正を加えて来たんだ。
俺を見つめる瞳はどこか潤んでいて、その顔は上気して真っ赤になっている。
今のマリーシェにそんな顔をされると、流石の俺もドキッとしちまう。
「そうじゃなくて……ね? なんて言うのかなぁ……。頼れるって言うか、安心出来るって言うか……」
これ以上なく顔を真っ赤っかにしてしまったマリーシェが口籠る。
「え……と……」
なんとも歯痒い時間が流れる。
いつも元気なマリーシェのこんなしおらしい姿を見るのも、新鮮と言えば新鮮なんだが。
「あ……あのね? あの……アレクはその……私の事……どう思ってる?」
俺が話題に窮していると、彼女の方から話をして来た。
これはなんとも、返答に困る質問だなぁ。
「俺は……俺はその……お前の事を……」
正直に言おう。俺は前世でも、彼女はいなかったんだ。
パーティメンバーも、女性はあのグローイヤだけ。
つまり、色恋沙汰には非常に不慣れだと言っても過言ではない。
なんなら、こういう状況には免疫が無いとまで言ってしまっても良いだろう。
でも、ここは何かしらの返事をしなければならない!
しかも、いい加減ではなく誠実に……な! それくらいは、俺でも分かっているんだ。
でもこれまた素直な感情として、今までに俺は彼女の事を“異性”と言う眼で見ては来なかったんだ。
いや……見ない様に心掛けていたとでも言おうか。
パーティ内でそんな感情を持ち込めば、関係がギクシャクする事はこんな俺でも十分に理解出来る。
だからこそ俺は、そんな感情を持ち込まない様にしていたんだけどな。
さて、どう答えるのが最適なのか? 俺の脳は今、これ以上ないほどフル稼働していた……そんな矢先だった。
「……良い! 良いの! 答えなくて!」
マリーシェの方から、俺の答えを拒否する旨が伝えられたんだ。
いや、それはそれで俺の方がモヤモヤとするんだが。
「今は……まだ良いの。いきなりこんな事を聞かれても、アレクだって困るしね。その答えは、また今度で良いわ!」
見ようによっては泣いている様にも見えるほど照れた笑顔を浮かべて、マリーシェは俺にそう告げたんだ。
彼女にそう言い切られてしまっては、俺もそれ以上言葉を紡ぐ事なんて出来ない。
「それじゃあ、ありがと! じゃあ……交代だね」
まだ曲の途中なんだが、マリーシェは俺から離れるとそそくさとその場から立ち去ってしまったんだ。
一人踊りの輪の中で取り残された俺が呆然としていると。
「……次はウチとお願いするわなぁ」
次の相手、サリシュが俺の手を取りながらそう言って来たんだ。
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