宴も闌
人が少なかった開場前と違い、パーティーが始まる直前にはかなりの人数がこの場に集っていた。
そしてその中には、煌びやかに着飾った多くの麗人たちが伺える。
そうなれば、一時は注目を集めていたマリーシェ達もそれほど浮いた存在ではなくなり、俺たちの周囲は随分と落ち着いていたんだ。
パーティーの開始時刻となり、会場内には楽師隊の音楽が流れだす。
しかしそれは華やかなものでは無く、どこか慎ましやかな……落ち着いた風情を醸し出しており、宴の始まりにしては随分と大人しい。
「なんだか、落ち着いた雰囲気よね? パーティーってこんなものなの?」
マリーシェもそれを感じていたのだろうか。
思っていたのとは違う宴の始まりに、どこか拍子抜けした感想を漏らしていた。
勿論、普通はこんなシッポリとした始まり方はしないだろう。
もう少し感情を昂らせる様な、テンポの早めな曲を選ぶ筈だ。
でも、それはこの宴の趣旨に沿ったものだろうな。
「……シャルルー様も言うてはったやん。……このパーティーには、追悼の意味も含まれてるぅって」
俺が説明するよりも早く、サリシュがマリーシェへ向けて話し。
「あ、そっかぁ。なる程ねぇ」
マリーシェも、その答えに納得していたんだ。勿論、他の3人も同様だ。
音楽に釣られる様に、喧騒もどこか静かなものだった。
俺が以前に参加したパーティーなんかは、それはもう
誰も音楽は勿論の事、主催者の話にさえ耳を傾ける様な者はいなかった程だ。
それでも、全く話をせずに喪に服すのかと言えば……そんな事は無く。
「宜しいかな?」
一人の正装した男性が、一塊で壁の花となっていた俺たちに声を掛けて来たんだ。……あれ? この人は……。
声を掛けられたのは、マリーシェだった。
彼女は振り向き、怪訝な顔で相手の顔を見つめて返事もしない。
おいおい……ここはパーティーの場で、声を掛けられる事があるのはお前も知ってるだろうに。そんな訝しんだ表情はしないの。
それにこの人は、全く初対面と言う訳でもないんだぞ?
「失礼ですが、あなたは伯爵と謁見していた時に居られた……」
どうやら、この場にいる誰からも解答は出なかったようだ。
仕方なく、俺が彼の声掛けに答えたんだ。
「よく覚えていたね。そう、俺は伯爵の親衛隊長を務めているシンケールス=オネットだ」
このまま誰からも反応が無かったら、きっと彼の立つ瀬は無かっただろう。
でも俺の助け舟に、オネットは破顔して話し出したんだ。
やっぱり、あの時伯爵に謝罪していたのはこの人だったか。
でも鎧姿が礼服に変わると、またガラと印象が変わるなぁ……。まぁ、それは俺たちも同じなんだが。
「た……隊長さんでしたか。それは御免なさい……覚えてなくて」
まぁ、正式に紹介された訳じゃあ無いからな。覚えていなくても不思議じゃあない。
「はっはっは。構いませんよ。それよりも、このパーティーの主役はあなた方でもあるんだ。こんな隅で固まっていないで、楽しんでくださいよ。あなた方の話を聞きたい者達は、他にも大勢いるんですから」
そう言って彼は、豪快に笑いながら去って行ったんだ。
伯爵が伯爵なら、親衛隊長も随分と親しみやすいな。あのイフテカールとは大違いだ。
……と思ったら。
「あら、シンケールス男爵。ご機嫌如何?」
なんて声を掛けられていた。
「……あの人。……男爵やったんやねぇ」
ああ、ビックリだ。
どうやらあの伯爵に関わる貴族連中は、身分の上下に拘りが稀薄らしい。それだけに、好感も持てる訳だが。
「貴族にも、色んな人がいるのねぇ……」
そんな彼の後姿を、マリーシェが可笑しそうに見つめていた。
そして男爵の言った通り、俺たちと話したい人たちは思ったよりも多かったみたいだ。
彼が去った後に、それが切っ掛けでもあるかの様に多くの人達が声を掛けて来たんだ。
まぁ、男性の殆どはマリーシェ、サリシュ、カミーラ、バーバラへと流れた。
中でも最も話しかけられていたのは、バーバラだったんだけどな。
そして女性の多くは、セリルを中心にして円を作り盛り上がっていた。
彼の風貌は、この場においてはかなり受けが良い様だな。
その見た目と、彼が冒険者だと言うギャップが、貴族令嬢たちに喜ばれているんだろう。
そして比較的話し掛けられなかった俺は、静かに壁の花となってその様子を伺っていたんだ。
初対面ではぎこちない態度も、時間が経てば随分と打ち解けて来るもんだ。
この場の雰囲気、そして見知らぬ上流貴族たちに呑まれていたマリーシェ達も、今はそんな事も無く楽し気に話していた。
そんな会場に、喧騒ではなく騒めきが沸き起こった。
この夜会の本当の主役である伯爵、そしてその令嬢の登場だ。
「皆さん! 今宵は我が屋敷へと、本当に良くお越し下さいました!」
2階から1階へと続く階段。その左右から降りて来ている階段が交わる踊り場に、この館の主であるクレーメンス伯爵とその娘であるシャルルー嬢が立っていた。
会場の面々は、全員そちらの方へと釘付けになっている。
「今夜のパーティーは、いつもとはやや趣が異なります。一つは、昨日私の娘シャルルーの為に賊と戦い、命を落とした者達を悼む為のもの……」
そう言って壇上の2人は、目を瞑り哀悼の意を示していた。
それに釣られて招待客たちも、同じ様に黙祷を捧げている。
その気持ちは本当かも知れないが、伯爵……中々に役者だよなぁ。
「そしてもう一つは、我が娘を護り、此処まで無事に送り届けてくれた勇者たちを湛える為でもあります!」
伯爵の台詞に、それまで神妙だった貴族たちがワッと盛り上がる。
それと同時に会場中に散っていたマリーシェ達の周囲から人が退き、僅かに距離を置いてそれぞれに視線が注がれていた。勿論、俺も周囲の人たちから見つめられている。
「この者達の勇武に、私は最大の賛辞を贈りたい!」
そう言って伯爵が、激しく拍手を鳴らしだす。それに釣られてか周囲の者達も拍手を始め、最後には歓声となって俺たちに降り注いだんだ。
さすがに俺も、こんな歓待は経験なかったなぁ……。
だから、こんなに恥ずかしいものだとは想像も出来なかったんだ。
「今宵は亡くなったもの達を想い、前途ある勇者たちを労い、その活躍を称えようではありませんか!」
それまでよりも更に大きな歓声が沸き起こり、パーティーは最高潮に達していた。
う―――ん……。伯爵はこれで中々、人心掌握に優れているのかもなぁ。
狙ってやったのなら大したもんだし、無意識にだったとしたらこれほど空恐ろしい事は無い。
まぁ、俺には関係ないんだけどな。
伯爵の音頭を皮切りに、楽隊がそれまでよりも楽し気な曲の演奏を開始する。
それに合わせて、中央で踊り出す男女が現れたんだ。
この2人は招待客ではなく、周囲で見ている貴族たちにダンスを促す役目の人たちだな。
誰だって、いきなり衆目の前で踊るのには抵抗があるもんだ。
2人のダンサーが楽し気に踊る様を見て、周囲の貴族たちもその気になったんだろう。
思い思いにパートナーを誘い、中央で踊り出したんだ。
「マリーシェさん、踊っていただけますか?」
そんな光景を遠巻きに見ていると、先ほどのオネット男爵がマリーシェを誘いに来た。
優雅に右手を差し出している男爵に対して、マリーシェはオロオロとするばかりだ。
まぁ、ダンスに誘われるという事も初めてだろうからなぁ。
「マリーシェ」
慌てふためくマリーシェに対して、周囲の女性陣もどうアドバイスして良いのか分からないと言った状況だ。
ここは、唯一経験のある俺が教えてやるのが最適だろう。
俺がマリーシェに、優しく頷いてやる。
それで彼女も、どうすれば良いのか理解した様だった。
「お……お願いします」
差し出された手を取って、彼女は中央の踊りの輪へと加わって行った。
……って言うかあいつ、ダンスが踊れるのか?
そんな事を考えていたら、サリシュ、カミーラ、バーバラも他の貴族に誘われて踊りの輪へと加わって行く。
そしてなんと、セリスにも踊りの誘いが来たのだ。しかも、女性の方からだ。
取り残された様な感じの俺だが、やはりいずこかの貴族令嬢が俺に話し掛けて来た。
「あの……。もし宜しければ……」
「はい。よろしくお願いいたします」
みんなが楽しんでいるんだ。俺も、今日ぐらいは楽しむとするか。
女性の手を取り、俺も踊りの輪へと加わりに向かったんだ。
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