夜会への誘い

 俺たちはどうやら、シャルルー嬢襲撃事件の全容を伯爵へ直々に説明する為にこの場へと案内されたらしい。

 まぁ、それもそうだろう。

 シャルルー嬢を護衛していた兵士たちは、かなりの数が死亡し多くが負傷している。

 正確に話が出来ると言えば、無事に帰って来た俺たちぐらいだからなぁ。


「それでは、僭越ながら私からご説明差し上げます」


 立ち上がった俺は、そう前置きして話をしようとしたんだが。


「お父さまぁ、わたくしもその話をぉ、聞きたいと存じますぅ」


 突然私室へと続く横の扉が開いたと思うと、そこからシャルルー嬢が現れたんだ。


「なんだ、シャルルー。休んでいなさいと言っただろう? もう平気なのか?」


 驚いた声音の伯爵がシャルルー嬢にそう問い掛けると、彼女は優雅に微笑んで僅かに膝を折った。


「はいぃ、すっかり平気ですぅ。と言いますかぁ、元々怪我もしておりませんしぃ、体調も崩しておりませぇん」


 そして伯爵に近付きながら、彼の質問に答えたのだった。

 それを聞いた伯爵も、もうそれ以上シャルルー嬢に問う様な事はせず頷き返していた。


「それよりもお父さまぁ? わたくしも、ここに同席させて頂いてぇ、宜しいでしょうかぁ?」


 どうやらお嬢様は、俺たちの話が……彼女が逃げ去った後の話を聞きたいらしい。

 いや、あの時の事件の全容を知りたいのだろうか?


「構わないが、お前にとっても思い出したくない事では無いのか?」


 伯爵の心配は、当然だろうな。

 自分が襲われ大規模戦闘となり、そこから命からがら逃げて来たんだ。多数の死者も出している。

 普通の令嬢なら恐怖に震えるならばともかく、それを思い出す様な話は聞きたくない筈なんだがなぁ。


「いいぇ、お父様ぁ。わたくしを狙って賊が現れぇ、多くの者が命を落とし怪我を負っておりますぅ。わたくしには、今回の件を知るぅ、責任がございますわぁ」


 でもこのお嬢様は、どうやら普通では無かった様だ。

 自分や近しい者以外の命なんて歯牙にも掛けない貴族が多い中で、この伯爵やシャルルー嬢の様な考え方は本当に稀有だな。


「ふむ、分かった。同席する事を許そう。ただし、気分が悪くなったらすぐに退席する事」


「ありがとうございますぅ」


 そしてどうやら、話は纏まった様だ。

 伯爵に目で促されて、俺は改めて話を始めたんだ。出来るだけ詳しく、分かり易く。

 ただし「闇の町 トゥリスト」の事や、賊を指揮していた……というよりもけしかけたのがグローイヤ達だった事は伏せて……だが。

 トゥリストの町については、話すだけのメリットがないから伏せたんだ。

 町自体はテルンシアの王軍が動き出せば、すぐに壊滅させられるだろう。

 でも、そこに住んでいる者達を根絶やしにする事は出来やしない。

 そしていずれは第二、第三の「闇の町」が出来るんだ。

 そしてその後は、俺たちが命を狙われ続けるだろう。……俺たちが死ぬまでな。

 そんなデメリットを被ってまで、この情報を伝える意味は無い。


 それにグローイヤ達の事も、今はややこしい事になっちまってる。

 彼女たちの狙いは、どうやら俺たちらしい。

 そしてその為に、わざわざ今回の襲撃事件を作り上げ、それを餌にして賊を操ったんだ。

 つまり、アルサーニの街に俺たちがいなければ……いや、グローイヤ達との因縁が無ければ、シャルルー嬢は襲われなかったかも知れないんだ。

 という事は、彼女が怖い目に遭い多くの兵を失った遠因は俺たち……って事になる。

 こんな事を馬鹿正直に答えて、今回の報酬に影響が出れば目も当てられない。

 それどころか下手をすれば、このまま投獄されちまうかも知れないからなぁ。


「……ふぅむ……なるほど。では、護衛隊長を任せていたイフテカールが戦死した事で娘を護り切る事が難しいと判断し、そなたは残りの護衛を娘に付けて殿しんがりを受け持ったと……そう申すのだな?」


「……然様です、伯爵」


 俺の話は、途中で口を挟まれる事も無く最後まで静かに聞き届けられた。

 そして話し終えると、伯爵がシャルルー嬢をその場から逃がした理由を簡潔に口にしたんだ。

 それを皮切りにして、室内からは騒めきが起こる。

 控えていた兵士たちが、思い思いに論じ出したんだ。

 暫くは、その蛙鳴蝉噪あめいせんそうがこの部屋を満たしていたが、それも長くは続かなかった。なぜならば。


「いや、良く分かった! その若さで、そなたは状況の判断が非常に的確の様であるな! おかげで、我が娘はかすり傷一つ負う事が無かった! 改めて礼を言う!」


 伯爵が更に声量を上げて、俺たちにそう言葉を投げ掛けたからだった。

 そしてその直後には、俺たちを称賛する声が兵たちからも齎されたんだ。

 思いもかけない賛辞を受け、俺は……いや、俺たちは安堵と共に喜ばしい気持ちとなっていた。

 それまで緊張していた分、それはより一層大きなものとなっていたんだ。

 やっぱ、苦労した事が報われるのって気分良いよなぁ。


「……それにしても、イフテカールめ。死んでしまった者を鞭打つのは心苦しいが、しかし奴の虚栄心で娘を危険に晒すとは……」


 そして話は、戦死したイフテカールの事に移っていた。

 確かに、此処にはいない死者を冒涜するのは褒められた事ではないが、奴の失策は確かだからなぁ。


「恐れながら、彼奴きゃつは以前より選民意識が強い傾向にあり、本来の実力よりもその者の地位にて人を判断しておりました。お嬢様の療養先がアルサーニの街という事もあり今回の護衛指揮を任せましたが、これは我らの失策です。……お許しください」


 恐らくは、この人が本当の護衛隊長なんだろうな。随分と出来た人の様だ。

 彼が伯爵に深々と頭を下げると、それに続いて残りの兵士も全員こうべを垂れた。


「それを言うならば、奴を今回の護衛隊長にする事を認めた、私の責任でもあるではないか。今回の件では、そなたに非はない。謝罪は無用だ」


 鷹揚に頷いた伯爵がそう言うと、護衛隊長はもう一度深々と腰を折って列へと戻っていった。本当に出来た人物だな、伯爵。


「とにかく、今後は近場であっても娘の警護には注意を払わねばな」


 これは近従の者へと言うよりも、シャルルー嬢へ向けた言葉の様だ。

 それを受けてシャルルー嬢も、頷いて応じていた。


「さて、そなたらの此度の活躍を私は大いに評価している。ギルドへの報奨金とは別に、何か褒美を送らせて貰いたいのだが」


 本当にこの伯爵は、俺たちを見下さないんだなぁ。

「褒美を取らせる」ではなく「送らせて貰いたい」なんて、これは貴族としての立場というよりも父からの感謝の気持ちが良く表れている。……でも。


「いえ、それには及びません。報酬は十分ギルドから頂ける訳ですし何よりも……」


「……何よりも?」


「こういう前例は、あまり作らない方が後々の為かと」


 伯爵かシャルルー嬢付きの執事なのか、それとも護衛隊長だったイフテカールなのかは分からないけれど。

 アルサーニの街で受けた依頼クエストには、すでに報酬額が記されていた。

 そしてその報酬は、通常の倍近い金額が記載されていたんだ。

 確かに結果としては困難なクエストとなってしまったが、それでもそれも込みでの依頼であり、俺たちはそれを踏まえた上で受注したんだ。

 これ以上の報酬は、別に望みはしない。

 それに今回の事が他に漏れ様ものなら、今後は貴族の依頼においては追加報酬を期待する輩が現れないとも限らない。

 そうなったら、巡り巡って俺たちも仕事を請け負い難くなるからな。


「はっはははははっ!」


 俺の返答を聞いて、伯爵は大笑いをしだした。

 ……あれ? 俺って、なんか変な事言ったかな?


「……全く、そなたは欲が無いな。その年の割には如才ないと言う処だが……冒険者と言うのは、みんな精神的に年を取っているのか?」


 あう……そこを笑われていたか。

 俺としては、本当に遠慮しただけだったんだがなぁ……。

 でも、精神的に年寄りってのは見透かされてしまったなぁ。

 実際俺は、中身は30歳のおっさんだしな。


「だが、それでは私の気が済まん。それに……だ。貴族と言うのは、とにかく体裁と他人の耳目を気にするのだ。私が娘を助けられて何も褒美を与えないと囁かれるのは、どうにも我慢ならんしな」


 ああ、なるほど。そういう側面もあったか。

 これは、断った俺の方が申し訳なかったかな?


「それではお父さまぁ。彼らをぉ、パーティーに招待してはぁ、如何でしょうかぁ?」


 ウンウンと悩む伯爵に、シャルルー嬢が助け舟を出したんだ。


「……パーティーだと?」


「はいぃ。此度の一件ではぁ、亡くなった方もおりますのでぇ、あまり華美には出来ませんがぁ。それでも彼らの功績を称えてぇ、パーティーを開きぃ、それに招待するのですぅ」


 肝心の俺たちの事など置いておいて、2人の会話は進んでゆく。

 シャルルー嬢の提案に、伯爵の表情がパァッと明るいものへと変わった。


「なるほど、それは良い! 彼らの称賛は勿論、今回生き残った者達の慰労と言う意味合いも持たせれば問題も無いだろう! よし、早速手配しよう! そなた等も、出席してくれるよの?」


 もはや決定事項の勢いで、俺は伯爵に質問を受けたんだ。

 さっきの謝礼を断った手前、今回は固辞する事なんて出来ない……な。


「……はい。喜んで」


 もはや俺には、そう答えるより他に道は無かったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る