4.同様ならざる世界
イレギュラーな現実
普段よりもずっとゆっくり進んだ結果、俺たちはその日の夕刻にジャスティアの街へと辿り着いた。
到着した俺たちの惨状を見た街の人たちは色めき立っていた。
「お互い、無事に戻って来れて良かったよな」
とは、先に到着していたセリルの言葉だ。
彼らはあれから強行軍でこの街を目指し、何とか夜中に着いたらしい。
「……何度か……シャルルー様の体調を考慮して……野営の申し出があったが。……無視した」
これは、バーバラの言だ。
「ああ、それで良かったよ。……お疲れ様。セリル、バーバラ」
彼らの報告を聞いて俺は2人に労いの言葉を掛け、それを聞いたセリルはニッと笑顔を見せ、バーバラは僅かに頬を赤くしていた。
襲撃があったその夜に、のんびり野営するなんて愚の骨頂だ。
それも、確りとした護衛体制が整っているならまだしも、戦力はズタズタに引き裂かれていたんだからな。必死で逃げるのは当然だろう。
そして俺は、セリル達がその場を去った後の事を二人に話して聞かせたんだ。
情報の共有は、共に旅をする者にとっては重要だからな。
グローイヤ達との戦闘を話している最中に、傷病者たちの引き渡し作業を手伝っていたマリーシェ、サリシュ、カミーラが戻って来た。
彼女たちの話を交えて、より詳しい内容を伝えたんだ。
「ほえ―――……。でもそれじゃあ、俺たちがいた方が良かったんじゃないのか?」
全ての話を聞き終えて、セリルが口にした感想はこれだった。
確かに、彼らがいたらもう少しは戦況も変わっていたかも知れない。
でもその場合は……。
「……馬鹿か。私たちが残ったって……足手まといにしかならない。……マリーシェとカミーラが2人掛かりで仕留めきれず……サリシュの魔法でも防ぐだけでやっとだったのだから」
その通り。この2人が加勢してくれても、恐らく大勢に変化は無かっただろう。
そして……。
「ば……馬鹿ってなんだよ! お……俺だってなぁ……」
「それにその場合、この中の誰かが命を落としていたかも知れないからな」
「なっ……」
バーバラに反論しようとしたセリルの台詞を遮って、俺が最も重要な事を口にしたんだ。
その深刻な内容に、流石のセリルも閉口するしかなかった様だ。
そしてこの事は、決して彼を脅す為に言った訳じゃあ無い。
「お前たちが参戦していたら、もしかしたらグローイヤやヨウ・ムージに殺されていたかも知れない。そうでなくとも、お前たちを庇って誰かが傷を負ったかも知れないだろう」
静まり返る一同。
でもそれは、単に怖いと言う想いからじゃあない。
その光景が容易に想像出来るからこそ、恐怖で声を発せられないんだ。
「戦闘には、レベル以外にも技術や気勢が大切だ。でもそれ以上にレベルの差は絶対なんだ。1つくらいなら技や戦法で埋められても、それ以上となるとそうはいかない。……分かるだろう?」
俺の話した事は、絶対的な真理だ。
こればっかりは、どれだけセリルが気合を入れた処で覆せないんだ。
「だから今回は、セリル達がその場を逃れてくれた事も、強行軍でこの街まで到達してくれた事も最善だったんだ。……助かったよ、ありがとう」
でもこの言葉で、全員の雰囲気が和らいだものになったんだ。
勿論、この台詞にはなんら嘘は無い。
本当に、セリル達には感謝しているんだ。
「それで、肝心のシャルルー様はどうしてるんだ? どこか怪我とか、体調を崩してるなんて事はないよな?」
そして話を、護衛対象の状態確認に移したんだ。
肝心のシャルルー嬢をこの街まで連れて来る事は出来ても、彼女が負傷していたりすればどんな難癖をつけられるか分かったもんじゃあない。
……なんたって相手は、王位継承権保有者だからな。
「ああ、問題ない。怪我なんか全くしていないし、体調も申し分ないみたいだったぜ? 戻ってからすぐに主治医の診察を受けてたから間違いない筈だ」
セリルの説明を聞いて、俺は少し安堵していた。
これで依頼側から文句を言われる筋合いは無いってハッキリとしたからな。
……まぁ、この戦闘で護衛隊長のイフテカールが戦死したんだ。嫌味の一つは言われるかも知れないけどな。
「それじゃあ、明日にでも報告に伺うとするかぁ。シャルルー様の様子も見ておきたいし、報告する事も多い。何よりも“完了印”を貰わない事には、報酬も貰えないしな」
そして俺は、全員に明日の予定を告げたんだ。
スッキリとした終幕ではないけど、俺たちの冒険はここで終わりじゃあないしな。
「それじゃあ、飯にするかぁ」
そして俺たちは、遅めの食事を摂る事にした。
俺の提案に、みんな笑顔で同意してくれたんだ。
翌日。俺たちは貴族街区へと向かっていた。
このジャスティアの街は、言うまでも無く王城テルンシアの城下町だ。
だからこそ此処には、多くの貴族が住んでいる。
貴族街区は、そんな貴族たちの屋敷がひしめき合っている場所だ。
「ほえぇ―――……」
そんな豪邸の立ち並ぶ貴族街区に於いて、一際豪奢な建物……そこがクレーメンス伯の屋敷だった。
「なぁ? すっげぇ屋敷だろ?」
その屋敷を前にして、何故だかセリルが興奮気味に自慢していた。
いや、別にお前の屋敷でもないだろうが。
「……昨日は……シャルルー様が急いで運び込まれたから。……中に入れてもらえなかった」
確かに、伯爵家の一人娘が襲われたとあっては、家人も大慌てだろうなぁ。
一介の冒険者が、そんな中で屋内に案内される訳も無い。
「……それにしても、クレーメンス伯って爵位は伯爵やんなぁ? 侯爵家より立派なんはやっぱり……」
そこまで口にしたけど、サリシュは全てを言い切らなかった。
それは、軽々しく他言して良い内容じゃあ無かったからだ。
……例え“噂話”だったとしてもな。
「まぁ、真偽のほどは定かじゃあ無いからな。ここでそれを話してもしょうがないだろ? それよりもとっとと中に入って、済ませる事を済ませちまおうぜ」
俺はこれ以上邸宅の前で立ち話をする事を避けてそう提案した。
それにみんなも、頷いて応えてくれたんだ。
実際の処は、この話は噂でもなんでもなく……事実だ。しかも、極秘中の極秘でもある。
この事が公表されるのは、これから5年の後になる……筈だ。
勿論、今いるこの世界が俺の知っている歴史を刻んでくれたら……なんだけどな。
一昨日、考えた事がある。
……いや、数か月前にも、その事に付いて考えていた筈なんだが。
それは、この世界がもう俺の知っている世界ではない……という事実だった。
いや……それは正確では無いかも知れない。
言うなればこの世界は、前世に旅した世界とは別の世界ではないか……と考えていた事だった。
例えば今、命を落としたとする。
女神フィーナの話では、俺の「
俺自身は、今から数か月前のレベルに戻るだけだ。
年齢的にも肉体的にも、今と大きく大差ないだろうな。
……まぁ、またレベルは5にまで戻っちまうんだが。
でもそうして行動を再開して、果たして今と同じ状況に戻って来れるのか……と言えば、そんな事は無いだろう。
きっと、所々で齟齬が出る。
出会うべき者に出会わない、逆に出会わなかった者と出会うなど……。
最初は小さな違いからだろうが、そこから俺に訪れる出来事は大きく変わって行くに違いないんだ。
―――では果たして、それは今ここにいる世界と同じと言えるだろうか?
答えは……否だろう。
きっと俺は人生をやり直しているつもりで、別の世界へ辿り着いている……んだと思う。
だいたい前世には、グローイア達と戦うなんてものは含まれていなかったからな。
それならもう、違う世界だと結論付けられるだろう?
当然ながら、このまま15年の年月が過ぎたとしても、俺が勇者となって魔界の魔王城に、しかもグローイヤ達と立っているなんて事は考え難い。
そしてその場合、俺はマリーシェ達とその場に立っているかも知れないんだ。
……そう。違うんだ……。何もかも……。
だとすれば、ヨウ・ムージの参戦も、そして彼の変容も理解出来る。
いや、変わった訳じゃあないか。
あれがこの世界でのヨウ・ムージなんだ。
だから俺の知らない事実が進行していても、それは何らおかしな事じゃあないんだ。
もしかすれば、シャルルー嬢は王族の血を引いているなんて事は無いかも知れないな。
そしてそれを考えた時、俺は改めて気を引き締め直さざるを得なかったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます