敗北の味

 迫って来た盗賊団残党は、それほど多くは無かった。

 今の俺達なら、それこそあっさりと片を付ける事が出来たんだ。

 勿論、誰一人殺しちゃあいないがな。

 でも、誰も心から喜んでいる者は……いない。

 あの騒がしいマリーシェさえ、どこか悔咎かいきゅうな面持ちを浮かべていた。


 賊の全てを倒し切った俺たちは、倒れていたまだ息のある護衛兵や従者に応急処置を施し、殺されてしまった人たちの遺体を残されていた馬車へと乗せた。

 そして比較的元気な者に、アルサーニの街へ盗賊団の処理をしてもらう依頼に向かわせたんだ。

 俺たちはと言えば準備を整え、ジャスティアの街へ向かってゆっくりと馬車を発進させたんだ。





 ジャスティアの街まで、襲撃を受けた場所からは凡そ1日の行程だ。

 それに、今こちらには多くの怪我人を乗せている。

 高速で先行しているシャルルー嬢に追いつくのは不可能だな。

 こちらはこちらで、出す事が可能な速度で進むより他はない。

 4台の馬車をそれぞれ俺、マリーシェ、サリシュ、カミーラが操り進む。

 他にそれが出来る者が健在ではないんだから仕方ないよな。

 そうして、数時間進んだ所で陽が落ち、野営する事になったんだ。

 幸い食料を積んだ馬車が残っていたので、食材を確保しに行かなくて良いのは有難い話だった。

 これまた偶々居残っていた料理人に食事の用意を任せて、俺たちは集まって休息していた。

 会話は無い。

 それは、昼間の疲れから来ていると言うのもあるけど……。

 その賊との…………という結果が、俺たちの口を重くさせていたんだ。


「私たち……負けたのかな?」


 そんな沈黙に耐え切れなくなったのか、それともそれを聞かずにはいられなかったのか。

 長い沈黙の後、マリーシェがゆっくりと口を開いた。


「勝ち負け……の問題じゃあないな。俺たちの目的はシャルルー様の護衛だし、そういう意味では依頼は成功したと思う。……まぁ、セリル達が無事にジャスティアの街へ辿り着けていれば……なんだがな」


 そんな彼女の疑問に、俺ははぐらかす様な返答をしたんだ。

 勿論、その答えに嘘偽りはない。

 実際、俺たちがグローイア達に勝ったかどうかというのは、今回の依頼には全く関係ない事だからだ。……それでも。


「……でも、勝てへんかったやんなぁ」


 マリーシェの抱える疑問はサリシュも同じな様で、俺の返答にはどうやら納得がいかなかったみたいだ。


「レベルも、個々の戦闘力も、明らかに後れを取っていた……」


 カミーラも、暗い表情と声音でそれに同調する。

 そして、その心情も分からない訳では無い。

 勝てなかった……という気持ちは、俺にも確かにあるんだ。


 依頼クエストはさっきも言った通り、勝ち負けじゃあない。成功させるかどうかが問題なんだ。

 グローイア達が参戦して来たと言って、個人的な戦いに没頭する様では話にならない。

 それで依頼者や護衛対象を危険に晒しては意味が無いんだ。

 でも、そんな事は分かっていても、負けたと言う気持ちは拭えるもんじゃあない。

 俺だって、少なからずそう言った敗北感は抱いているんだ。

 ……いや、虚無感だろうか?

 賊の襲撃やその作戦は、完全にこちらの読み通りだった。

 そして、本隊の裏に隠し玉がいるであろう事も読み切っていた。

 ……もっとも、まさかグローイア達だとは思わなかったんだが。

 それでも、そういった想定外の事にも対処出来ていた。

 俺が悔やんでいるのはやはり……あそこで、シラヌスを仕留めきれなかった事だろう。

 まさかあの場面で、ヨウ・ムージが現れるなんて全くの予想外だ。

 本当なら、ヨウはもっと後に仲間になっていた筈だからなぁ。完全に警戒していなかったんだ。

 それにしても……。

 この時俺は、を考えずにはいられなかったんだが……。

 ただ今は、俺が黙り込んでみんなを必要以上に不安とさせる様な真似は出来ない。


「そうだな……。グローイヤ達との戦いでは、俺たちはアイテムを駆使して漸く互角だった。そうでなければ、恐らくは負けていただろう」


 だから俺は考える事を後にして、みんなに語り出したんだ。

 まぁそんなのは、ほんとはガラじゃあないんだけどなぁ。


 依頼は、恐らく成功だろう。少なくとも、失敗じゃあない。

 でも彼女たちは、そんな事を言っているんじゃあないんだから、ここは真摯に答えてやるのが大切だろう。

 俺の言葉に、マリーシェとカミーラからはグッと歯噛みする雰囲気が伝わって来た。

 サリシュも、何か考え込む姿勢になっていた。

 だからなぁ。何度も敗北するという事が我慢ならないんだろう。


「でも、アイテムを使用して戦うのだって、決して卑怯じゃあないんだ。結果としては互角以上に渡り合って見せたんだから、悔しがっているのは向こうも同じだろうな」


 話し続ける俺に、3人は元気のない目を向ける。

 マリーシェまでそんなんじゃあ、パーティの士気に関わるからなぁ。


「俺たちは、まだ生きている。生きていれば、奴らに勝つ事も出来るだろう。勿論その為には、もっともっと強くならないといけない訳だけど……」


「わ……私、もっと強くなるっ!」


 俺の話を遮って、マリーシェが強い意思を示した。

 それは決してこの場限りのものでは無い事を、その強い瞳が物語っている。


「……そうだな。まだまだ私たちは……弱い。更なる精進が必要だ」


 そしてそれはカミーラも、サリシュも同様だった。

 双方ともに強い意思を感じる瞳を湛えて、力強く頷いていた。

 そしてその気持ちは、俺もみんなと同じだ。


「じゃあ、その為にはしっかり食って明日は無事にジャスティアの街へ着かないとな。そろそろ、晩飯の用意が出来た様だ」


 気付けば、良い匂いが周囲に立ち込めている。

 それに釣られてか、俺の腹の虫がグゥと言う鳴き声を上げた。

 ……いや、それは俺だけじゃあないな。


「い……今のは、私じゃあないからね!」


「……ゴメン。今のはウチや」


「ふふふ。それじゃあ、晩御飯にするとしようか」


 さっきまでの雰囲気が随分と軽くなって、俺たちの間に笑いが戻って来た。

 そして俺たちはカミーラの提案通り、その日の晩御飯を摂りに向かったんだ。





 翌日早朝。

 残念ながら看護の甲斐も無く、新たに1人の護衛兵が死亡した。


「……ねぇ、助けられなかったのかな?」


 マリーシェの言葉は、俺を批難しているものじゃあない。

 恐らくは、本当に助けたかったんだろう。

 そして俺には、その力がある。

 俺の持つ「魔法袋」の中には未だ多くのアイテムがあり、その中には薬草や回復薬ポーションだけじゃあなく、高級薬草や最上級回復薬マキシ・ポーションなんかもあった。

 もっとも、そんな高級アイテムはんだが。

 少なくともポーションを使えば、もしかしたら助けられたかもしれないだろう。


「……あれは、ウチの回復魔法でもどうしょうも無かった。……無茶言うたらあかんでぇ」


 サリシュも、どこか意気消沈した様にマリーシェへ答えていた。

 最後まで回復魔法を使い続けていた彼女にしてみれば、どうにも居た堪れない気持ちなんだろう。


 確かに、俺の持つアイテムを使えば何とかなったかも知れない。

 でも、俺はそうしなかった。

 それは単純に、それが俺たちの仕事ではないという事もあった。

 俺たちの受けた依頼はシャルルー嬢の警護であり、その他の者達を護る事も、そして助けてやる事も含まれてはいない。

 慈善活動じゃあないんだ。

 何の見返りも無く命を懸けて警護したり救ってやるなんて、簡単に出来る訳じゃあないからな。


「これが、この者の寿命なのであろう。今は……この者の冥福を祈ろう」


 沈痛な面持ちのカミーラが、マリーシェを宥める様にそう口にした。

 そして俺たちは、暫しの間黙祷を捧げたんだ。


 考えも無しに、アイテムをホイホイと分け与えるのも愚策だ。

 それでいざ自分やその知己が危機に陥った時、回復手段が無ければ目も当てられない。

 そして何よりも、彼女達が安易に俺のアイテムを当てにする事への警告でもある。

 俺のアイテムは俺の物であり、どこで誰に使うかは俺の判断に依る。

 残念ながら、これは変え様のない事実だった。

 事あるごとに今の彼女達では使う事も憚られる高価なアイテムを取り出し、それを惜しげもなく使う俺をマリーシェ達は何度も見ている。

 だから、それを頼りにする気持ちも分からないではない。

 だけどそれは俺の仲間たちに向けられた、そして俺の為に用いられる物であって、決して赤の他人に無条件で与えられるもんじゃあないんだ。


「じゃあ、出発するか」


 俺はそんな彼女たちに、馬車を出発させる旨を伝えたんだ。


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