凶敵退散
一足飛びで斬り付ければ、間違いなくシラヌスを仕留める事が出来る! そんな距離に俺は到達していた。
完全に気配を消している俺を、シラヌスはまだ気付いていない。
奴は得意の魔法で圧倒出来ないサリシュが、えらく気に障っている様だ。
それにここまで気配を隠した事は、マリーシェ達の前でだって無いからな。
まさか俺がここに来るまで気付けないなんて、奴だって思いも依らないだろう。
……頃合いだ。
ここまで熱くなっているシラヌスも、そうはお目に掛れないだろう。
そしてそれはそのまま、奴の隙に繋がっている。
やたらと勘が良く回避能力に長けているシラヌスを、正面から戦いの場で倒すのは骨が折れる。
これは……またとない好機なんだ!
俺はゆっくりと立ち上がって、腰を落としグッと足に力を込めた。
ここから一気に飛び掛かって、一刀の元に命を奪う!
そして、その時が来た!
奴の意識が、完全に周囲から逸れている!
俺は、シラヌスに向けて飛び掛かろうとした!
……んだが!
「うっりゃあああぁぁっ!」
「な……なにっ!?」
突然俺の側面から、何者かの影が襲い掛かって来たんだ!
俺はその攻撃を咄嗟に盾で受け止めたんだが、シラヌスを襲う好機を逃してしまった!
「き……貴様っ!? アレックスッ!? 何故ここにっ!?」
驚きと疑問を口にして、シラヌスは一気に俺との間合いを開けてしまった。
……ちくしょう、これじゃあ奴を仕留めるなんて出来ない。……それよりも。
「……拳士か。どこに隠れていたんだ?」
俺を襲った奴の攻撃は、剣の類ではなく鈍器の様だった。
しかも、このいつまでも腕に残る鈍い重さ。
これは間違いなく、拳での攻撃に依るものだと確信していたんだ。
そして、その相手にも俺には心当たりがあった。
そいつはグローイア、シラヌスと行動を共にしていたメンバーで、己の肉体を武器に戦っていたんだ……。
「はっ! コソコソと移動している奴を見つけたからなぁ! 手出しすんなって言われてたけど、流石に黙って見ている訳にはいかなかったんだよっ!」
大きく力強い物言いは自信の現われか。
こいつはグローイア同様、自らの肉体と技に余程の自負があるんだろうなぁ。
「ヨ……ヨウ・ムージか。……助かったぞ」
冷や汗に塗れたシラヌスが、ヨウ・ムージに声を掛け。
「あんた、良い仕事したじゃんっ!」
2人を相手取りながらも、グローイアはヨウの行動を称賛していた。
……ったく、なんて奴だ。
そう……。この2人の仲間になる拳士と言えば、俺の知る限りでは「ヨウ・ムージ」しかいない。
「ははっ! いつまでも声掛かりが無いから、忘れられてんのかと思ったぜ!」
でも……これがあの「ヨウ・ムージ」かぁっ!?
俺の知る限り「ヨウ・ムージ」は、もっと引っ込み思案で気が弱く、自分の力に誰よりも自信が無い性格をしていたぞ。
もっとも、その性根には信じられないくらい陰湿で陰険なものを持っていたんだけどな。
それが、目の前の「ヨウ・ムージ」はどうだ。
何よりも、その見た目から大きく変わってるじゃあないか! しかもしれは、俺が一目見て気付かない程だ!
陰気で口数が少なく、いつも人を睨め上げていた顔付きじゃあ無くて、むしろ今は相手を真っ直ぐに睨みつける……ともすれば見下すくらいに堂々としている!
「ところでお前ぇっ! 中々腕が立つ様じゃねぇかっ! 俺と立ち合えよっ!」
なんて暑苦しくて、しかも自信に満ち溢れてるんだ!
この様子だと、後ろ暗い様な事なんて何も持っていない性格だとも考えられるな。
これじゃあ、俺の知ってる「ヨウ・ムージ」とは正反対の人物と言っても差し支えない。
「……くそ」
そんな俺の知らないヨウ・ムージにも驚いたけど、何よりも俺はシラヌスを仕留めそこなった事に歯噛みしていたんだ。
ヨウ・ムージまで加わっちまったら、今後ますますこいつらの攻撃は苛烈になって来るだろう。
そうなったら、いずれはこちらにも被害が出るかも知れない。
「そっちから来ねぇなら、こっちから……行っくぞぉっ!」
俺が思案に駆られていると、痺れを切らせたのかヨウ・ムージの方から襲い掛かって来たんだ!
……しかし、イチイチ攻撃する時に大声を出してたら奇襲なんて無理だろうに。
「……ぐぅっ!」
でも、その力は……実力は本物だ!
再び盾で受け止めた奴の拳撃は、速さこそそれ程でもないがそこに込められた“力”はズッシリと芯に残る威力がある!
これはレベルから来るもんじゃあなく、恐らく幼少の頃から培って来た結果だろうな。
……そういえば、前世のヨウ・ムージもそんな事言ってたっけなぁ。
……まぁ、目の前のヨウは全然人間が違うんだけどな。
「ふんっ!」
「むっ!」
だが、受けに回ってばかりじゃあ勝ちは拾えない!
俺も奴に向けて攻撃を繰り出したんだが、その一撃はヨウの防御に防がれちまったんだ!
「ちっ……手甲か!」
「はっははっ! 正解だっ!」
やっぱり、こいつの手に巻かれた包帯の下には、恐らく鋼鉄製の手甲が巻かれてるんだろうな。
でも、俺の一撃を防いだのは手甲の硬度じゃあない。
薄い手甲でも剣の強撃を防ぐ事の出来る、奴の“技術”の成せる業だ。
「おおおっ!」
「うっおおおっ!」
俺たちはその場で足を止めて、互いの剣と拳を繰り出したんだ!
俺の攻撃を受け流し、奴の攻撃を受け止める!
手を合わせている感じから言えば、俺たちのレベルはだいたい同じくらいだ。
「くっそぅ!」
「なんだなんだぁっ!? まさか、簡単に勝てるとか思ってたんじゃないだろうなぁっ!」
でも俺は、思わずそう毒づいていたんだ。
悔しいが、ヨウの言う通り俺はすぐにこいつを片付ける気でいた。
何せ今の俺には、アイテムの効力が発揮されている訳だからな。
アイテムのお陰で、俺の力はレベルよりも2つばかり高い力を引き出せているはずだ。
それなのにこいつは、そんな俺に食らいついて来る。
これが誤算じゃあ無くてなんだって言うんだ!?
それに、これ以上時間を掛けると……。
3つの戦場で、3つの戦いが繰り広げられる。
カミーラとマリーシェがグローイアと戦い。
サリシュがシラヌスと相対し。
俺とヨウ・ムージが戦闘を繰り広げていた。
まさかこんな総力戦になるなんて、思ってもいなかったんだ。
3つの戦いは、それぞれに拮抗したものを見せてすぐにケリが付きそうになかった。
そしてそんな攻防に、大きな転換期が訪れる!
「ア……アレクッ! あれを見てっ!」
カミーラとグローイヤの戦闘に参加していたマリーシェが、アルサーニの街の方を剣で指してそう叫んだ。
でも俺には、見なくても何が起こったのか理解出来ていたんだ。
もっとも……今は目が離せないんだけどな!
多分、アルサーニの街の方に伏せておいた盗賊団の残りが、痺れを切らせてこっちに押し寄せて来たんだろう。
「……くそ」
ここに至っては、俺にもう策なんて残っていない。……いや、1つしかない訳だが。
その1つってのは……逃げる事だ。
折を見て、俺は逃走を選択しようと決めていたんだ。
ここでグローイヤ達を倒し切るのは難しいと思っていた。
だからせめて、シラヌスだけでも仕留めようと思っていた訳だ。
そうすれば、グローイヤも退くだろうと考えていたんだが。
ヨウ・ムージの参戦で、俺の考えは完全にご破算となっちまった。
それどころか、押すのも退くにも儘ならない。
そこへ、敵の増援だ! これはハッキリ言って……分が悪い!
「あぁあ……時間切れかぁ」
焦る俺の耳に、信じられない言葉が飛び込んできたんだ。
「な……何言ってるのよっ!?」
突然大きく距離を取り武器を下げ戦意を霧散させたグローイヤの言葉に、マリーシェが驚き問い質す。
「何って、戦いはここまでだって言ってんのよ。あたい等は退くよ」
あれだけ好戦的な姿勢を見せていたグローイアのそのセリフは、すぐには受け入れ難いものだったんだが。
「……ヨウ、いつまで戦っているんだ。……この場より退散するぞ」
そしてそれを肯定する様に、シラヌスがヨウ・ムージへ声を掛け。
「ちぇえ。こっからが良い処だったんだけどなぁ」
残念がりながらも、ヨウはそう呟きながら俺との距離を大きく取ったんだ。
それは、こいつも戦う意思が無いって事を明示するものだった。
「……それじゃあな。次は、決着を付けたいもんだよ。……カミーラ=真宮寺」
巨大な戦斧を肩に担いで、グローイアはカミーラにそう告げ。
「……御免被る」
それに対して、カミーラはキッパリと断りを入れたんだ。
この辺の冷静さは、流石にカミーラだなぁ。
「ちょっとっ! 待ちなさいよっ! 決着なら、今ここで私が着けてあげるわっ!」
でも、撤収するグローイア達にどうにも納得のいかないマリーシェが、啖呵を切って食い下がった。……んだけど。
「はっは! マリーシェちゃんは、もうちょっとレベルと腕を上げてから挑んで来な」
あっさりと一蹴されていた。
そしてそれが事実である様に、マリーシェはそのばで「ぐぬぬ」と歯噛みして動けずにいたんだ。
「……おい、あの残党を指揮しなくて良いのかよ?」
俺は完全に戦意を失くしているグローイアにそう問い掛けた。
まぁ、答えは聞くまでも無いんだがな。
「はぁ? なんであたい等が、あんな奴らに手を貸してやんなきゃならないのさ?」
「……俺たちは、あいつらの依頼を受けただけだ。目標を喪失した今となっては、これ以上奴らに肩入れする理由がない」
「……まぁ、そう言うこったな」
俺の質問に、彼女達はそれぞれの言葉で答えを告げて来た。
それは、俺の想像通りの台詞だった訳だが。
「……嘘つけ。お前たちの方から、計画を持ち掛けたんだろが」
俺は、悔し紛れにそう言ってやったんだ。
答えは聞くまでも無く、今回の襲撃の黒幕は間違いなくこいつ等だろう。
踊らされ全滅までさせられる、盗賊団は良い面の皮だな。
しかし、事実が彼女達から語られる事は無かった。
「…‥それじゃあ、またねぇ」
「……ふん」
「おい、アレックスっつったか? 今度は完璧に伸してやっからなぁ! 覚悟しとけ!」
グローイヤ達はそれぞれに捨て台詞を吐いて、俺たちに背を向けて悠然と去って行った。
「あぁ―――っ! やっぱあいつら良いわぁっ!」と叫ぶグローイアの声だけが、俺たちの耳に残ったんだ。
「……アレク。あれに対応しなあかんのんちゃう?」
呆然としていた俺に、スッと身を寄せて来たサリシュが小声で指示を仰いで来た。
気付けば、盗賊団はもうそこまで迫って来ている。
戦闘の後を確認した奴らは、武器を抜いて怒声を上げて駆け出していた。
「……マリーシェ、サリシュ、カミーラ。もう一仕事だ。あいつらを倒すぞ」
俺は重くなった心に活を入れて、3人にそう指示を出したんだ。
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