優勢の陰り

 同年代とは思えない程の気勢と強さを発揮しだしたグローイヤと、暗く静かにその様子を伺うシラヌス。

 ……まったく、これで同年代だってんだから嫌になるよなぁ。


「そらそらそらぁっ!」


「くぅっ!」


 身の丈ほどもある巨大な戦斧を、まるで片手剣の様に扱うグローイヤ。

 その戦技は、以前よりも更に上達していた!

 でも、カミーラだって負けてはいない! 

 上手く攻撃を往なして、力を上手に逸らしている!


「はっはぁ―――っ! やっぱり、あんた強いよっ!」


 これ以上の楽しみは無いと言った声で、グローイヤが喜びの声を上げた! 

 ったく、あの戦闘狂が!


「降り注ぐ炎雷の豪雨……」


 なにっ!? シラヌスッ! その魔法は、本気かっ!?

 聞こえて来た詠唱に、俺は一瞬耳を疑ったんだが。


「荒れ狂う猛雨の嵐……」


 反対方向からも、聞き知った声での詠唱が聞こえて来たんだ!

 これは……サリシュの詠唱かっ! 

 さすがサリシュだ。冷静だしちゃんと戦場を見ている。頼りになるな!


雷撃門ドンナー・トーア!」


水嵐門イムベル・トーア


 そして殆ど同時の、双方の魔法が放たれたんだ!

 シラヌスの発動した魔法により、斬り結ぶカミーラとグローイヤの頭上に出現した雷球が無数の雷撃を降らし!

 サリシュの使用した魔法で出現した水流が、渦巻き盾の様になって2人を降り注ぐ雷の矢から守った!


「……ぐぬぬ」


「……くっ」


 激しく動き戦っているカミーラとグローイヤを広範囲で取り込もうとする雷と、それを護ろうと大きく展開して防ごうとする水渦! 

 甲乙の付け難いこの攻防の結末は、2人の魔法力の優劣に掛かっている。

 しかし見る限りでは、両者の力は拮抗しているな。

 レベルの差はあるんだろうが、それでも装備している武器や防具の性能とサリシュの集中力がその差を埋めているんだ。やっぱり、サリシュは頼りになるなぁ。

 だが……シラヌスの奴。

 まさか仲間であるグローイヤも巻き込んで魔法を発動するなんて、なんて奴だ!

 でもよくよく思い出せば、こいつは最初からこうだったか。

 当時の俺が気付かなかっただけで、もしかすればこんな状況が何度かあったのかも知れないな。

 そしてシラヌスってやつは、平気でこういう事が出来る奴だ。


「なぁによぅ、シラヌスゥ。無差別攻撃を仕掛けてもその程度なのぉ?」


 そしてその事を、グローイヤも気付いているし気にした様子はなかった。

 ……まったく、こいつらの神経はこの時から捻じれてやがるのか!

 しかし、今はそれを気にしている場合じゃあ無かった。

 この状況を有利にする為にも、早く準備しなければ!

 俺は、少し離れた場所で放置されたままの馬車の下に潜り込んだ。

 その事自体には、余り意味はない。別に誰にも気付かれないのなら、木陰でも茂みでも良かった。

 ただ、大っぴらに見せる訳にはいかないからな。

 俺はそこで、女神フィーナに与えられたもう一つの転生特典である「魔法袋」を出現させたんだ。

 中空に人差し指でスッと線を切る。

 するとそこに、異次元へと繋がる切れ目が作り出されたんだ。

 そして俺は、その切れ目に手を入れて思いっきり左右に広げると、そこに腕を突っ込んだんだ! 

 頭の中で引き寄せたいアイテムを思い描けば、すぐに手元へやって来て取り出す事が出来る。

 俺はそこから、目的の物を数個取り出したんだ!

 それは以前にも使った、能力を一時的に底上げする各種の“実”だ。

 これなら、カミーラやサリシュはグローイヤ達と互角以上の戦いが出来るだろう。

 それに今のマリーシェなら、カミーラの援護だって不可能じゃあない。


「サリシュ」


 シラヌスの魔法を防ぎきったサリシュは、引き続きそのまま奴の動きを警戒している。

 それはそのまま、シラヌスへの牽制にもなるんだ。


「サリシュ、これを」


 そして俺は、手にした“実”を彼女へと差し出した。

 それは「マジアの実」。一時的に魔法攻撃力を向上させる事が出来る。

 サリシュはそれを、微笑んで受け取ったんだが。


「……よぉこんなんよくこんなの持ってたなぁ」


 手にしたマジアの実をまじまじと見て、サリシュは俺にそう言った。

 まぁ確かに、都合良くこんな物を差し出したらそう考えても仕方がないよなぁ。


「まぁ……な。こんな事もあるかと思って……」


「……腰袋に用意していたんだぁ……やね?」


 俺の準備していた理由を、途中からサリシュに言われてしまった。

 この言い訳も、よく考えれば何度も使ってたっけか。


「ふふふ……ありがとうな。使わせてもらうわ」


 でも彼女は、それ以上追及して来なかった。

 こういう所も、俺としては信用に足る処だよなぁ。

 俺はサリシュの元を離れて、マリーシェの元へと向かった。

 彼女は今、激しく斬り結んでいるカミーラとグローイヤを遠巻きに見つつ、シラヌスの方へも注意を向けていた。

 カミーラに加勢する事も出来ず、かといって迂闊にシラヌスへ攻撃を仕掛ける事も出来ないのだ。


「マリーシェ!」


 そんな彼女の元に俺は駆け寄り。


「マリーシェ、これを使え」


 俺はマリーシェに、手にした“実”を数個差し出したんだ。

 それは「ボデルの実」と「ベロシダの実」だった。これは一時的に攻撃力、そして素早さを底上げしてくれるアイテムだ。

 これで、彼女も2人の戦いに加わる事が出来るだろう。

 単騎でグローイアの相手は厳しいだろうが、数撃ならば斬り結ぶ事も不可能じゃあない。


「ありがと! 助かるわ!」


 そしてマリーシェは、何の疑いも無くそれを口に運んで呑み込んだ。

 直後、彼女の身体から薄っすらと光が生じる! これは、効果が発動した合図だ!


「じゃあ、行くわよぉっ!」


 そう言ってマリーシェは、カミーラたちが戦っている方へと駆けて行く。

 サリシュとは正反対に、何も考えず完全に俺を信頼しているマリーシェの行動は、それはそれで気持ちの良いものだ。

 ここまで信じれらていたら、逆に裏切る事の方が難しいよな。

 そして俺もまた、手にした“実”を口にした。

 これで少なくとも俺たちは、攻撃力や素早さに関してはレベルが2つは向上した事になる。

 そして、これなら俺も奴を……シラヌスをんだ。


 そう……俺はここで、シラヌスだけは

 牽制でも食い止めるのでもなく、息の根を止めるんだ。

 グローイヤ達が、俺たちを標的と定めた事はさっきの問答で理解した。

 わざわざ金を払って調べさせるほど、俺たちの事を気にしている……というか、厄介だと認識したんだ。

 こうなったらもう、彼女達の追撃を振り払う事なんて難しいだろうな。

 そしてこの2人の内、特に面倒なのは言うまでも無くシラヌスだった。

 奴は異常に頭が切れる。言わば、参謀的な役割を果たしちまうんだ。

 筋肉バカのグローイヤだけなら往なすのもそれほど苦じゃあないけど、これに知恵を加えると厄介この上ないからな。

 前世では共に旅をした仲間……いや同行人だったが、ここでは早々にご退場願おう。

 俺はそう考えて、少し戦場から離れると茂みに身を寄せ、気配を消したんだ。

 今度は全力で、完全に……な。


 殆ど互角の戦いを見せていたカミーラとグローイヤだが、マリーシェの参戦で状況に変化が訪れていた。


「ちぃっ! この嬢ちゃん、鬱陶しいねっ! 邪魔すんじゃあないよっ!」


「嬢ちゃんじゃなくて、マリーシェよっ! 忘れられない様にしてあげるわっ!」


 カミーラとの攻防に一段落が付いた直後、マリーシェが横合いから攻撃を繰り出す……という図式が成り立っていた。

 これにより、カミーラには一息つく瞬間が作られ、大してグローイヤには息つく暇も与えられない。形勢は完全にこちらへと傾いている。


「マリーシェと話す余裕が?」


 マリーシェの一撃を躱したグローイヤだが、即座に繰り出されるカミーラの斬撃に晒される。そして。


「こんのぅっ! カミーラァッ!」


 グローイヤの頭には血が上り、更に動きを悪くしていたんだ。

 よし、これは予想通りの展開だな。


「くっ! 飛来する稲妻、雷光ラドィ・レイッ!」


「炎の飛礫、火球フェフ・ホール


 グローイアの劣勢に、焦ったシラヌスが低位の魔法を放つ! 

 もっとも、レベルの低い魔法なだけに出が早いのが利点でもあるんだがな。

 そして放たれたその魔法に対して、サリシュもまた同位の魔法で対抗した! 

 双方の魔法はぶつかり合い、相克を起こして霧散する! そして、それが何度も行われた!

 こっちはこっちで、拮抗した魔法戦を展開している。

 もう少しそのまま、シラヌスの気を引いておいてくれよ。


 そして俺は、シラヌスを間合いに捉えたんだ。

 ここからなら、奴に躱されずに一足で仕留める事が出来る。

 俺はゆっくりと立ち上がって、グッと低く身構えて飛び掛かろうとした! ……んだが!


「うっりゃあああぁぁっ!」


 突然飛び出してきた影の攻撃を受けて、俺は咄嗟に盾でその攻撃を受け止めざるを得なかったんだ!

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