現れた黒幕

 驚く事に、護衛隊長のイフテカールは思っていた以上に有能な様だった。

 ……もっとも、部下を死地に送り出す事にかけては……なんだけどな。


「行けっ! 倒せっ! 退くんじゃないっ! 賊の一団など蹴散らしてしまえっ!」


 最前線に立っての激ならば、後ろに続く兵の士気も上がるだろうが、後ろから囃し立てるだけの言葉には何の力も無い。

 それどころか、兵士のやる気を削ぐ効果もあるんだ。

 実力では上回っている護衛隊だが、盗賊団の数に圧倒されている。

 戦況は、拮抗していると言って良かった。

 そして、戦いはそう長い時間継続する様な事は無かったんだ。

 暫くして、敵の戦力は5分の4まで減少していた。もっとも護衛隊は3分の1にまで減っていたんだが。

 こうなっては、後ろで騒いでいただけのイフテカールも剣を振るうより他は無くなっている。

 ……そして。


「ぐわぁっ!」


 そのイフテカールが、敵の攻撃で倒れたんだ。

 ここからじゃあ、死んだかどうか分からないけどな。


「……あれはっ!? マリーシェ、カミーラッ!」


 そして護衛隊長を倒した“影”を見て、俺は2人に声を掛けたんだ!

 俺の声を聴いて、一早く動き出したカミーラがその“影”へと攻撃を仕掛けた!


「ちぃっ!」


 横合いからカミーラと斬り結んだフードを被った敵が、思わずそう吐き捨てる。

 盗賊団に紛れてこっちの戦力を一気に根絶させようとしたんだろうが、そうはいかない。


「ぐはっ!」


「ぎゃっ!」


 カミーラが紛れ込んでいた手練れを引き受けている間に、マリーシェが戦列に加わり一気に押し返したんだ。それに俺も加わる。

 相手のレベルは、全員俺よりも低いようだ。

 これなら、残りの賊を一掃させるのにそう労力は必要ないだろう。


「動きを奪う悪しき霧よ、沸き立ち縛れ……麻痺の霧アコニト・ネブラ


 そして後方からは、サリシュの魔法が発動する。

 使用した魔法はアコニト・ネブラ。その名の通り、対象を麻痺状態にする魔法だ。

 この魔法の優れている処は、眠りの雲の様に敵味方無差別に効果が発揮されるのではなく、範囲内の敵だけに効果を及ぼす事が出来るという点にある。

 サリシュの魔法で、更に残った賊の半数が行動不能に陥った。

 これで残りは、数えるほどになったんだ。……本命はまだ残ったままだがな。


「おいっ、ここは俺たちに任せろっ! お前たちは残った者達を引き連れて、シャルルー様と共にここより去れっ!」


「し……しかし」


「この事は、すでにシャルルー様の了解を得ているっ! 良いから早く、ここから逃げるんだっ!」


 俺の命じた指示にはすぐに動き出せなかった護衛兵だったが、シャルルー嬢の名を出せば一発だった。やっぱり先に了承を得ておいて正解だったな。

 残った盗賊団を、俺とマリーシェとサリシュで倒しに掛かる。

 それは、そう難しい事じゃあないだろう。……数だけはいるがな。


 ―――……それよりも。


「またお前たちだったか。これは偶然なのか? なぁ、グローイヤ?」


 カミーラと睨み合う女戦士に向けて、俺は質問を口にした。……いや、確認か。

 そんなグローイヤが、大きく後方へと飛び退く。

 いきなり名前を呼び当てられて警戒したんだろう。


「それに……。隠れてるんだろっ!? シラヌスッ! それとも、この周辺の草むらを全部焼き払うかっ!?」


 次いで俺は、目の前に広がる草むらへ向けて大きく声を掛けたんだ。

 俺の知るシラヌスだったら、間違いなくこの辺りで身を隠しているだろうからな。

 俺の台詞に併せて、サリシュが魔法の杖をそちらの方へと向ける。

 この行動だけで、決して脅しじゃあない事が「奴」にも分かる筈だ。


「……理解出来ないな。俺たちは、名乗り合った事など無い筈なのだが……」


 すると予想通り、茂みからやけに顔色が青白く目つきの悪い、ローブ姿の青年が立ち上がってグローイヤと合流したんだ。

 それと同時に、グローイヤも被っていたローブを脱いだ。

 そこからは、ぼさぼさで真っ赤な色をした短い髪の少女が顔を出したんだ。

 その精悍な顔つきは、少年と言っても通用するかもしれない。

 ……まぁ、本人にそれを言ったらメチャクチャ怒るんだけどなぁ。


「……、お前たちはあれだけ大声で呼び合ってたんだ。今更名乗るも何もないだろ?」


 本当は、俺は彼女たちの事を良く知っている。

 名前だけじゃあなく、その性格もそして……使用する技や魔法もな。

 でも今、その事を知られる訳にはいかない。

 俺は迫りくる賊の一人を斬り付けて無力化し、シラヌスの問いに答えてやった。

 話しながらだったから手加減が上手く行かなかったが、まぁ死んじゃあいないだろ。


「あっはっはっ! 確かに、あたい等も迂闊だったかもなぁ。なぁ、シラヌス?」


 俺の言った事をそのまま鵜呑みにしたグローイヤが、隣に立ち顔色の悪い青年に声を掛け、それを受けたシラヌスは非常に嫌そうな顔をする。


「やっぱりあんた、本当の面白いね。それにあんた……カミーラだっけか? 更に強くなってるじゃん」


 楽し気に笑っていたグローイヤだったが、突然真顔になりカミーラへと話しかけた。そして。


「……なぁ、あんた達。アレックスにマリーシェ、サリシュにカミーラ……だったよね? あんた達、あたい等の仲間にならない?」


 俺たちを勧誘して来たんだ。

 いやしかし、こんな敵味方として向かい合ってる時にこんな提案をしてくるなんて……。

 悪い意味で、相変わらずだなぁ……グローイヤは。


「なぁ。お前たちこそ、何で俺たちの名前を知ってるんだよ? たしかあの時は、俺たちは一言も名前を口にしていないんだけどな」


 そう……あの時。

 数か月前に俺たちは、攫われたカミーラの従者である「アヤメ」を助けに、人攫いのアジトへ乗り込んだんだ。

 その時俺たちは、敵対するグローイヤ達と対峙している。


「あっはは! あんた達の事は調べさせてもらったんだよ! アレックス=レンブランド。マリーシェ=オルトランゼ。サリシュ=ノスタルジア。そして……カミーラ=真宮寺……だったか?」


 なるほど。だから俺たちの名前を知ってるって事か。

 15年前に遡っても、彼女のは変わらないって事だな。


「はぁ……はぁ……。な……何であんたたちは、私たちの事をわざわざ調べてるのさ!」


 息を切らせて、残りの盗賊団の殆どを動けなくしたマリーシェが会話に加わって来た。

 見渡した処、誰も殺さずに戦闘力を無力化している。マリーシェも、随分と腕を上げたなぁ。

 その時、後方でいななきと共に馬車が動き出す音が聞こえて来た。

 ここが最善だと判断したサリシュがセリル達に指示を出し、それを受けた彼らはシャルルー嬢と残った護衛隊を伴ってここから逃走を開始したんだ。

 最善……じゃあないな。ここが、だったんだ。


「……追わなくて良いのか? お前らの目的は、シャルルー嬢の誘拐若しくは殺害だろう? 標的が逃げちまうぞ?」


 だから俺は、奴らの注意を一端逸らす方向に話を持って行ったんだ。

 もしも奴らが目的に執着すれば、そこに隙が生まれる筈だからな。……でも。


「ああ、良いの良いの。あたい等の目的は、あんな嬢ちゃんじゃないから。これを計画したのはこいつら盗賊団で、あたい等はからねぇ」


 残念ながら、こいつらの目的はシャルルー嬢じゃあ無かったようだ。

 まさか、ここまで粘着質だとは思わなかったぞ……グローイヤ。いや、シラヌスの考えか?


「それからあんた……マリーシェ。あんたの質問の答えだけどさぁ」


 そう口を開きだしたグローイヤから、何とも凶悪な気配が発せられたんだ!


「……くぅ」


「こ……これって!?」


「……強い」


 その気勢を受けて、俺たちは思わずそこから吹き飛ばされそうになる錯覚を受けたんだ! 

 ったく、まだ15歳そこそこだってぇのに、なんて気を放つんだよ!


「勿論、借りを返す為に決まってるだろぉっ!? あんた等に受けた屈辱は、晴らさないと夜もグッスリ眠れないんだよぉっ!」


 強力な気を纏って、残虐な笑みを浮かべたグローイヤが、愛用の得物を構えてカミーラへ襲い掛かったんだ! 

 それと同時に、シラヌスも杖を構えて戦闘態勢に入る!


「マリーシェッ、カミーラとサリシュの援護だっ! サリシュは、シラヌスを牽制しろっ!」


 すでに戦っているカミーラに指示は不要だ! 俺は残された2人に、そう指示を出した。


 そして俺は、準備の為に後方へと下がったんだ。

 俺の向かう先は、残されたままになっている……馬車の陰だった!

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