混戦模様
接触した護衛隊と盗賊団本隊は激しく鬩ぎ合い、すでに大混戦となっていた。
「ぐへっ!」
そんな中で俺は、出来るだけ乱戦に巻き込まれない様な位置取りに注意しながら盗賊の1人の腕を斬り落とした! それだけで、こいつの戦意は喪失した事だろう。
出来るだけ殺さない様には心掛けているが、俺のレベルでは手加減するだけでこっちが命取りになり兼ねない。
まぁ、腕の1本や足の1本が無くなった程度では死ぬ事は無いだろう。……多分な。
護衛隊の装備は、襲って来た盗賊団よりも遥かに上だ。
実際のレベルは同等かやや高い程度だろうが、武具の性能差でこちらが優位だと言えた。
ただしそれも、個々での戦力でと言う意味だ。
「ぐわぁっ!」
また一人、護衛隊の兵士が倒れた。
やはり、多勢に無勢と言う不利は免れないなぁ。
このままだと、こっちがやられるのも時間の問題なんだが。
「うおぉ……ぐか―――……」
押し寄せる賊の中衛で、数人が急に倒れ込んだ。
サリシュの「眠りの雲」の魔法が発揮されたんだ。
こういった集団戦では、一時的にでも敵を無力化する魔法が効果的だ。
敵を範囲攻撃する魔法も良いだろうが、これだけ密接してしまってはサリシュの攻撃でこちらにも被害が出兼ねない。
それに何よりも、魔力を大きく消耗する大きな魔法よりも、こういった初歩魔法の方が魔力を温存出来て継戦維持能力に長けているんだ。
それでも、奴らの多さが今回は最大の問題だな。
こちらは護衛隊が25名、向こうは50人をゆうに超えている。
こちらにもサリシュがいるが、向こうにも魔法使いがいるだろう。もっとも、まだその姿を見せてはいないんだが。
……つまり、向こうにはまだ隠している戦力があるって事だ。
ここで躍起になって盗賊団を倒していても意味はない。
無闇にこっちの手の内を晒すだけだからな。
そしてそう結論付けられれば、取るべき手段は少なくない……いや、1つだ。
「イフテカールッ! シャルルー様は無事だなっ!?」
最後方で指揮の様なものを取っている護衛隊長に俺は問い掛けた。
これで彼女に何かあった暁には、すぐにでもこの場から逃げ出してやる処だが。
「と……当然だっ! この私の名に懸けてシャルルー様には傷一つ……」
「そうかっ! なら、とっととシャルルー様だけでも連れて、最低限の護衛隊と一緒にここから逃げろっ!」
今は、奴の口上を聞いてやる余裕なんて無いからな!
俺は、今この場で取るべき最善手をこいつに告げてやったんだが。
「馬鹿か、貴様はっ! 盗賊風情が襲って来た程度で、何故我らが尻尾を巻いて逃げねばならんのだっ! そんな無様な姿を、シャルルー様にお見せする訳にもいかんっ! 逃げるなど論外だっ!」
まぁ、返って来たのは予想通りの反応だった訳だ。……ったく、バカはお前だよ。
こいつには、今の状況も敵の思惑なんかも見えていないんだろう。
「そ……それよりも、貴様たちはもっと前に出て矢面に立たんかっ! 何の為に、高い金で貴様らを雇っていると思っているんだっ!」
挙句の果てに、冒険者を用心棒か自分の部下と勘違いしてやがる。
いざとなれば俺たちは、全てを投げ捨ててこの場から逃走する事も、敵に寝返る事だって不可能じゃあないんだけどなぁ。
……まぁ、そんなみっともない事は絶対したくないんだけど。
「こっちだって、最善を尽くしているっ! しかし賊の圧力が予想以上で、こちらも手一杯なんだっ!」
なぁんて、嘘だ。実際は、マリーシェ達には力を温存する様な立ち回りを指示してるからな。
こいつらには、俺たちが
カミーラやマリーシェ、サリシュがレベル10を超えた冒険者だという事は知らないんだ。
だから俺の言っている事も、それが事実かどうなのかを判断しようがない訳だ。
それに、ここで全力を出して事態が収拾するなら疾うにやっている。
今は賊を押し返す事よりも、その後ろにいる奴らにこそ注意を払うべきなんだ。
そんな事なんて考えてもいないだろうイフテカールには、説明したって理解しやしない。
そして俺も、そんな無駄な時間を作るつもり何てないからな。
適当に話を合わせて、こちらのやりやすい様に持って行くだけだ。
「ふんっ! やはり役に立たんなっ! それならば、貴様らは邪魔にならない様にしておけっ! あんな賊の一団など、我らの隊だけで蹴散らしてくれるっ!」
まぁ、なんて誘導しやすいお方でしょう。
少しこちらが弱気な面を見せれば、案の定話に乗って来て下さいました。
こいつがシャルルー嬢を連れて帰ってくれないなら、全力攻撃で賊を押し返して貰う以外に使い道は無いからな。
俺たちは、まだ出て来ていない奴らの隠し玉に備えないといけない。
「それじゃあ、お手並みを拝見させて貰おうっ!」
「言うに及ばずっ! 全隊、押し返せ―――っ!」
気合だけは一級品のイフテカールが、自分の前に陣取る兵たちの背中を押す。
こういう時に前に立たない指揮官の命令を、誰が聞くっていうんだ。
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる後方の上官と、前からは数で圧してくる賊の一団。
護衛隊は、まさに板挟み状態で本当の実力を出せないでいた。……こりゃあ、全滅も有り得るなぁ。
「……セリル、バーバラ」
頭に血の上ったイフテカールが前線に行ったのを見計らって、俺は2人にすり寄り声を掛けた。
「……お前たちはサリシュの指示があり次第、ジャスティアの街方面に逃走してくれ。シャルルー様の馬車でな」
「……ジャスティアの町へ?」
俺の新たな指示に、バーバラが疑問の声を上げた。
ここからなら、ジャスティアの街よりもアルサーニの街の方が近いからな。
「ああ。そちらには、伏兵がいる可能性がある。対して、陽動で襲い掛かって来た先頭方向には、そんな伏兵の影は無かった。あいつらも、距離を考えてアルサーニの街に逃げるって考えるだろうし、ジャスティアの街方面の方が逃げ切れる確率は高いと思う。何よりも、本来の目的地だしな」
そんな疑問に、俺はそう答えたんだ。
さっき前方の敵を倒した後、割と広範囲に気配を探ってみたが、何かが潜んでいる様な雰囲気は無かったんだ。
まぁ、もっと距離を置かれていたら分からない訳だが。
あまり離れては戦況も把握出来ないだろうし、俺の予測は間違っていないとは思う。
前世では最上級冒険者で勇者だった俺は、レベルやスキル以外にも様々な「技能」を身に付けていた。
その中には盗賊の様な技能もあり、この気配を探る技もその時身に付けたもんだ。
当時は人手不足で、何でもやらされたからなぁ。
まさか、その時の経験がここまで役立つなんて思いも依らなかったな。
「分かった、任せてくれよ!」
この乱戦を目の当たりにして、セリルは軽口を叩く事なく応じてくれた。
今はそんな時ではないと理解してくれているんだ。
「サリシュの合図があれば、迷わず行動に移してくれ。頼んだぞ」
そして俺は、そのまま豪華な馬車の方へと歩み寄った。
勿論それは、中にいるシャルルー嬢に了承を得る為だ。
「シャルルー様、宜しいでしょうか」
馬車の扉の外からそう声を掛けると、中からお付きの従者が顔を出した。
俺はそれに構わずに、中にいるだろうシャルルー嬢に声を掛けた。
「護衛隊長のイフテカール殿は、賊を打つ為に前線で戦っております。私も、そちらへと加わろうと思いますが、もしもの時はこの場よりの逃走を選択いたします。その際は、こちらの2名が身命に変えてシャルルー様をお守りいたします」
俺の後ろに控えていたセリルとバーバラが、紹介に併せて頭を下げる。
すると従者を押し退けて、シャルルー嬢が顔を出したんだ。
「……まぁ。負けているのでしょうかぁ?」
まぁ勝ち負けだけの問題じゃあ無いんだけど、貴族令嬢に戦況の詳細なんて分からないだろうからなぁ。
「いえ、押し返して見せます、ただ、シャルルー様の御身に何事かがあってはなりません。それ故に、ご了承ください」
だから俺は、その場での勝ち負けには明言しなかったんだ。
勝つなんて言ってしまっては、それならば逃げる必要が無いなんて言われれば目も当てられないからな。
「良しなにぃ。現場の判断に委ねますのでぇ、宜しくお願いいたしますぅ」
それだけ言うと、彼女は再び引っ込んでしまった。
俺としても、了解さえいただければもうシャルルー嬢に用は無いから問題ない。
「……という事だ。セリル、バーバラ。安全とは言い難い道中となるけど、気を引き締めて頼む」
振り返って念を押す俺に、2人は力強く頷いて応えてくれたんだ。
そして再び俺は、混戦を極める前線方向へと駆け出したんだ。
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