訪れる異変

 クレーメンス伯シャルルー嬢の邸宅からの帰り道。


「……はぁ―――。出来た貴族って、いるものなのねぇ……。私、冒険者に頭を下げる貴族様って初めて見たかも」


 マリーシェが、どこか感じ入っている声音でそう独り言ちた。

 それには、他のメンバーもウンウンと頷いて同意している。そしてそれには俺も同感だった。

 もっとも、俺は別にシャルルー嬢の態度に感銘を受けていた訳じゃあ無い。

 それは、彼女の態度に感動していないと言う訳では無く、単に免疫があったと言うだけの事だった。

 以前の冒険で、俺は何度もその「お偉いさん」に会ってるんだ。

 今更爵位を持つ貴族に会った処で、それで何かを感じるなんて無いし、何人かのって奴に面会した事もある。


「アレクはあの様な場面を想定して、私たちをあの場に立ち合わせたのだろうか?」


 カミーラが、なんだか俺を持ち上げる様な事を言ってくれたんだが。


「いや、流石に『クレーメンス伯シャルルー様』が出て来るとまでは思っていなかったな。でも、あれは良い経験になったかもなぁ。貴族の中にも、あんな人もいるっていう稀有な例をその目で見れたんだからな」


 残念ながら、あんな“大物”が俺たちの眼の前に姿を現すなんて、俺だって想定の範囲外だったんだ。


「それにしても……クレーメンス伯の一人娘とはねぇ……。あのお嬢様は、本当にかなりの要人だぞ。みんな、気を引き締めないとな」


 俺は以前の記憶を手繰り寄せて、思わずそう口にしてしまったんだが。

 ……しまった、と思った時にはもう遅い。


「……アレクは、あの“お嬢様”について何か知ってるん?」


 耳ざとく俺の言葉を聞き付けたサリシュが、気になったんだろう部分の疑問をぶつけて来たんだ。

 ……あちゃ、流石に流してはくれなかったか。

 まぁでも、これを言った処でどうという事は無いな。


「ああ、ちょっと聞いた事があるんだけどな。クレーメンス伯シャルルー様は、実はって噂だ。公表されていないけど、実はって話だぜ?」


「お……王家の血筋かよ!? そりゃあ、すげぇ人物だったんだなぁ! ただの色っぽい姉ちゃんって訳じゃあ無かったんだ!?」


 俺の説明を聞いて、何よりも誰よりも喰い付いて来たのはセリルだった。

 ……でもまぁ、喰い付く処は他のみんなとは全然違うんだけどな。


「……それなら……なおの事……失敗出来ない」


 そんなセリルをみんなが受け流し、バーバラがいつになく気合の籠った声でそう呟いた。それに、マリーシェ達も頷いて応える。

 まぁ、過剰なほど警備が厳重って訳じゃあないが、専属の護衛部隊も付いてるんだ。

 武力の面では、余程の事でもない限り大丈夫だろう。

 それに王家の血筋である事は、まだ大っぴらに知らされている訳じゃあ無いからな。

 を襲おうなんて物好き、そういる訳がない。


 この時の俺は、どこかそんな楽観している部分もあったんだ。





 2日後の早朝。俺たちはアルサーニの街の出口に待機していた。

 話通りなら、今日の朝からシャルルー嬢を乗せた馬車が出発する筈だ。

 朝早くに街を発てば、翌日の夕刻にはジャスティアの街に到着する。

 ここには、俺たちの他には誰もいなかった。

 という事は、ギルドの公募に応じたのは俺たちだけだったって事だな。

 まぁ貴族の護衛なんて、高い金額ではあるがそれ以上に不平不満が溜まっちまう。

 それを考えれば、あんまり好んでやる奴も少ないんだよなぁ。

 豪華な馬車を筆頭に、多くの荷馬車を引き連れた目立つ行軍になるんだが、それでも警備は万全だからな。

 余程の事がない限りは、問題なく行程を消化出来る筈だ。

 そうこうしている内に、馬車の列と多くの徒歩の従者たちが目の前を通り過ぎて行く。

 そしてその中程で、一際煌びやかな馬車が進んで来て……俺たちの前で止まった。


「……今日と明日はぁ、宜しくお願いしますねぇ」


 それは案の定、「クレーメンス伯シャルルー嬢」の客室車付馬車キャビンだった。

 彼女はわざわざ馬車を止め顔を出してまで、俺たちにそう声を掛けてくれたんだ。


「はいっ! お任せくださいっ!」


「……頑張ります」


「……微力を尽くします」


「まっかせて下さい!」


「……畏まりました」


 みんな、それぞれの言葉でシャルルー嬢の激に応えている。そして俺も。


「鋭意、努力いたします」


 気合の籠った声を返したんだ。

 にこやかに微笑んだ彼女が頷いて引っ込むと、再び馬車が動き出す。


「……ふん。グズグズするな。遅れる様な事は許さんぞ」


 ほんわかとした余韻に浸っている処に、馬に跨ったイフテカールが偉そうにそう告げて来たんだ。

 ……ったく、良い気分が台無しだな。

 でも、ちょっとはやる気が出たってもんだ。


「さて、俺たちも行くか」


 俺はマリーシェ達に声を掛けて、出発の合図をしたんだ。





 世の中、最初から最後まで問題なく進むと言う方が珍しい……ってのが、俺の経験から来る持論だ。

 特に、今回の依頼は初めに悶着が有ったり、驚嘆したりと色々あったからな。

 このまま何事も無く平穏に……ってのは、行かないとは思ってたんだ。


 俺たちは、シャルルー嬢の乗る馬車の近くを歩いていた。

 馬車での移動と言っても、多くの徒歩で追従する使用人たちも一緒だ。

 その速さは、やっぱり歩く速度と大差なかった。

 それでも、この進行は順調だったんだが。


 異変が起こったのは、丁度昼時を迎える時間帯だった。


「俺たちも、ここで食事にするか」


 全体に休憩の合図が出て全車が停止し、そこで昼休みを取る事になった。

 貴族の食事の用意、そしてそれらを食する時間は結構長い。

 俺たちも、割と長めの休憩にホッと気を緩めていた。

 本隊よりも少しだけ離れた場所に茣蓙ござを引いて、そこに腰かけて食事を広げる。


「ここまでは順調よね」


 街で買っておいた昼食を取りつつ、マリーシェがそんな感想を零した。


「…‥まだ、半日しか進んでへんけどなぁ」


 そんなツッコミを入れるサリシュだが、彼女もどこか安心している様だった。


「これだけの人員だからなぁ。野盗だって、そう簡単には手出し出来ないだろ」


 そして、セリルもその話に同調する。

 もっとも彼の場合は、完全に油断と言って良いんだろうが。

 それでも、今回は彼の言っている事にも一理あった。

 思っていたよりも厳重な護衛部隊の配置を考えれば、そう考えたって不思議じゃあないな。

 ここまでは、セリルの話も場にそぐわないと言うものじゃあ無かったんだが。


「それよりさぁ、アレク。お前、あのお嬢様の事どう思うよ?」


 それからがいけない。

 まったくこの男は、その手の話題が頭から抜けるって事が無いのかねぇ。

 これが真剣な話なら聞く価値もあるってもんなんだが、こいつの顔を見る限りではそんな深刻な話題じゃあ無さそうだしなぁ。


「どう思うって、どういう事だ?」


 俺は無駄だと知りつつも、その話題をはぐらかす方向に持って行こうとしたんだ。

 ああ、努力はしたんだよ? でも、実らない努力って世の中にはあるんだよねぇ……。


「またまたぁ。どうって話は無いだろう? あの色っぽいお嬢様は好みかって聞いてるんだよ」


 やっぱりそういう話だったかぁ。……まぁ、分かっちゃいたんだけどな。

 ピクリ……と、女性陣の動きが止まる。

 なんだか不穏? な雰囲気が流れて出しているんだけど、その事をセリルが気にした……と言うか気付いた様子はないな。


「好みも何も、彼女をそんな目で見たりはしないよ。そもそも、依頼人をイチイチそんな風に見ていたら、これから先のクエストを熟していくのは困難だぞ?」


 俺はセリルの質問に対して、本心且つ無難な回答をしたんだ。

 今後受ける依頼クエストによっては、依頼人が美人であったり護衛対象や救出対象が美少女ではないと言う保証なんてない。

 その度に発情していては、それこそキリがないんだ。


「なんだよぉ、つまらない奴だなぁ。あんなに綺麗で魅力的な女性、その辺でお目に掛る事なんてそうそう無いってのに」


 こいつは何で、こうも無神経な事を口に出来るんだ?

 曲がりなりにも俺たちの眼の前には、年頃の女性が4人もいるんだ。

 そんな女性陣達の前で、良くもまぁこんな発言を出来るもんだと感心する。

 でもまぁ確かに、今回のような案件は殆ど無いだろうけどなぁ。

 しかし、そこまで興奮するような事なのか?


「……アレクは、あんたみたいに年がら年中女性を追い掛ける様な人や無い」


「そうそう! アレクはあんたみたいに女ったらしじゃあないからね!」


 セリルの発言を聞いて、サリシュとマリーシェが軽蔑した声と眼差しを彼に向けている。

 もっともそれは彼女達だけでなく、カミーラとバーバラも同様なのだが。

 ……うん、セリルの奴は今日も安定して自分の評価を下げてるな。


「その通りです。アレクは……」


 2人に続いて、カミーラも何か言おうとしたその時!


「な……何っ!?」


「……これは……戦闘音?」


 突然、隊の前方で馬のいななきと剣撃音が聞こえて来たんだ。

 これにマリーシェが驚きの声を上げ、バーバラが静かに自身の考えを口にする。


「とにかく、一端シャルルー様の所まで行くぞ!」


 俺は即座に立ち上がって、みんなにそう指示を出したんだ!

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