会談の場にて
依頼人は、アルサーニの街の中心街から少し外れた所にある豪華な建物の所有者だった。まぁ、所謂別荘って所だろうな。
そこへ全員で向かう際中、マリーシェが疑問を口にした。
「ねぇ、何で全員で依頼人の所に行くの? 内容の確認とか打ち合わせなら、アレクが行けば良いんじゃないの?」
うん、それはもっともな意見だ。
話を聞くだけだったら、これだけ大勢で行く必要なんてない。……聞くだけだったらな。
俺がみんなを連れて行くのは今後の事もあるけど、その話を聞くってのがどういう事か知って貰う為でもある。
「俺たちは仲間だろ? こういう苦労は、みんなで分かち合う必要があると思うんだ。それに、いつでも俺が出向けるとは限らないだろう? こういうやり取りも知っておいて損はない筈だ」
俺の返答を聞いて、マリーシェは腑に落ちないと言った表情ながらそれ以上の質問を投げ掛けてこなかった。
完全に納得出来ていない様だけど、まぁ実際に現場を目の当たりにすれば……分かるか。
「ちょっと、何よその言い方っ!?」
依頼人の屋敷に着いて俺たちに対応したのは、依頼人本人ではなくその警護の者だった。
そしてその話しぶりを聞いて、マリーシェがあっという間に沸騰したんだ。
「なんだ? 何か文句があるのか? 冒険者風情が」
如何にも見下す様な目つき、そして蔑んだ口調で、この家に代々仕えているとかいう護衛隊長イフテカールが俺たちに向けてそう吐き捨てたんだ。
……まぁ、これは予想の範囲内だな。
「だいたい、お前たちと行う打ち合わせや会議など無い。お前たちは、与えられた任務に黙って取り組んでいれば良い。いざとなったら、お嬢様の警護は我らが行う。お前らは、我らの盾になればそれで良いのだ」
取り付く島がないとはまさにこの事だな。
貴族や王族、そしてそれに仕える者の返答としては、正しく及第点と言った処か。
唾を吐きかけられないだけ、まだマシかもなぁ。
こういった富豪なり貴族に仕える者は、自尊心が異常に高いんだ。
それも主の階級が上がれば上がる程、何故かその部下の虚栄心も増大してゆく。
マリーシェの怒りももっともだが、ここで爆発したからって事態が解決する訳じゃあないんだ。
「連れが失礼な口を利いて申し訳ありません」
放って置いたら収拾のつかない事となりそうだ。
俺は、2人の間に割って入る位置取りをしてイフテカールに話し掛けた。
「ちょっと、アレク! まだ話が……ムグ」
まだ文句の言い足りないマリーシェだったが、両側からサリシュとカミーラに口を塞がれ、後ろからバーバラに羽交い絞めにされて動きを完全に制止させられていた。
「依頼を受けた以上、こちらも最善を尽くしますが……本当に大事なのは、俺たちが身体を張る事ではないのでは?」
勿論俺は、2人の諍いを仲裁に入っただけではない。
それに、謝る為だけに割って入った訳でもないんだ。
「お前ら程度の冒険者、身体を張る以外に何の役に立つと言うのだ?」
俺が下手に出た事で何を勘違いしたのか、イフテカールはニヤリと嫌らしい笑みを浮かべて口を開いた。
どうやら俺の言葉が、彼の自尊心を刺激した様なんだが。
「勿論、いざとなったら命を懸けるのが俺たち冒険者ですが……。俺たちが盾となって食い止めるよりも、もっと大事な事があるでしょう?」
俺は、俺たちの言うべき事をハッキリと口にしたんだ。
これによって仕事を明確にさせるのは勿論の事、有事に俺たちがとる行動にも了承を得る事になるんだが……果たして、こいつにそれが理解出来るかな?
「……もっと大事な事……だとぅ?」
やっぱり気付いていなかったんだろう、俺の話に思い当たる事が無いと言った表情を浮かべて、イフテカールが話を促す視線を向けて来た。
おやおや、こんな基本的な事も分からないなんて、退く事を知らない猪武者はこれだから……。
「ええ。俺たちが護衛任務をするに際して最も大事な事は、何よりも“お嬢様”を無事に送り届ける事。それが叶わない時は、この街まで連れ帰る事です。……違いますか?」
武術一辺倒のおバカさんは、自分の勇を誇る事に頭が一杯だ。
主人の為、お嬢様の為だと言っても、その実自分の活躍する姿に酔ってるだけなんだ。
「それは確かに……。そ……そんな事は、言われるまでもない」
うん、体裁を取り繕ってはいるが、殆ど念頭には無かったな……こりゃ。
「ですよね? 一番は“お嬢様”の身の安全。その為には、例えその場からの逃走を選択しても止む無しだとは思いませんか?」
俺が話した内容を、イフテカールは神妙な表情で考え込んでいる。
普段だったら「逃げる」なんて言葉には忌避感を示すだろうイフテカールも、流石に“お嬢様”を引き合いに出されては考えざるを得ないだろうな。
……まぁもっとも、こいつの場合は自分の地位に対する損得勘定なんだろうけど。
「……ふむ、その通りだ。守るべき主の為に、時には屈辱に堪える事も必要だろう」
そして、こいつの中では“お嬢様”を護る事が最も利益になると結論付けられたみたいだ。……よしよし。
「そして、その為の時間稼ぎをするのが貴様たちの仕事と言う訳だ。命を懸けて、我々の捨て石となれ」
そして、先ほどよりも更に嫌ぁな顔付きでそう言って来たんだ。
きっとこいつは、俺たちのマウントを取りたいんだろうな。
でもまぁ、今回はこんな処だろう。
ひとまずは、「お嬢様」が逃げきる為なら俺たちも逃げて問題ないとの言質を取ったんだ。
大体、もしも依頼を失敗しても、俺たちには大した罰則なんてない。
せいぜいが違約金の支払いとか、もしくはランク降格とかそのくらいだ。
最悪依頼者や護衛対象が死んでしまっても、俺たちには関係ないって事だな。
でもそれじゃあ、俺たちとしても一銭の得にもならない。正しく骨折り損ってやつになってしまう。
それに、貴族からの依頼だと難癖をつけられて処断されてしまうかも知れない。
だから失敗したとしても「完全失敗」ではなく「一部失敗」として、少なからず報酬を得る為にもこの交渉と言うのは必要なんだ。
「あらぁ? その方たちはぁ……?」
殆ど話も終わりという雰囲気の中に、どうにものんびりした声が聞こえて来た。
俺たちがそちらの方に目を向けると。
「お……お嬢様っ! 何故、この様な場所にっ!?」
どうやら、真の依頼主がお目見えしたようだった。
応接室に現れた“本物の貴族”然としたその少女の姿に、流石のマリーシェ達も声を失くしていた。
あのセリルさえ、口を開けて呆けちまってる。
桃色の美しく長い髪は緩く波打っている。
穏やかさを感じさせる柔らかな表情は、令嬢と呼ぶに相応しい美貌だ。
自宅だと言うのに随分と煌びやかなドレスを着ているが、そんな衣装に全然負けていないな。
スリムとまではいかないんだが、それを感じさせない……膨よかな胸。
胸繰りが大きく開いている服装のせいでその部分が随分と強調されていて、表に出ればきっと男性陣の視線を釘付けだろうなぁ。……今のセリルみたいにな。
「お話声が聞こえて来ましたのでぇ。それにぃ、わたくしの護衛をする話し合いなのでしょぉ? 興味がありますわぁ」
優しく微笑むその姿は、本当に慈愛溢れる女性の様だ。
もっとも、貴族ってやつは見た目では判断出来ない存在ではあるんだけどな。
「お……お前たち! クレーメンス伯シャルルー様の御前だぞ! 跪いて頭を下げんか!」
呆然とする俺たちに、イフテカールは慌ててそう指示をするんだが。
「良いのですよぅ、イフテカールゥ。わたくしを護る為とはいえぇ、この方たちにも危険な役目を負って頂くのですぅ。こちらからお願いするのが本当ですものぉ」
そんなイフテカールを、シャルルー嬢は優しく諫めたんだ。
へぇ、こんな貴族は稀中の稀だけど……本当にいるもんだなぁ。
「護衛を請け負って下さるみなさぁん。当日は宜しくお願い致しますねぇ」
そして彼女は、俺たちの方へと向き直って小さく頭を下げたんだ。
「……シャルルー様」
そんな主の姿に、イフテカールは感無量と言った処だ。
確かに、尊敬出来る上司として彼女は申し分ない。
「……はい。全力を尽くします」
それを受けて、俺はそう答えると深々と頭を下げたんだ。
敬意をもって接してくれる相手には、こちらも同じくらいの敬意を払わないとな。
俺の行動を見て、マリーシェ達も慌てて頭を下げる。
彼女たちが微動だに出来ない程、この一連の出来事は衝撃的だったと言えた。
そんな俺たちに小さく頷いて、シャルルー嬢は再び部屋を出て行った。
そして、ここでの俺たちの話し合いは全て終わったんだ。
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