3.猛襲のグローイヤ

要人護衛依頼

 俺たちは、温泉街であるアルサーニの街で2、3日の休息を取った。

 この数か月、ずっとクエストやレベル上げに精進してきたんだ。少しは体を休める事も重要だからな。

 でもさすがに1か所に留まり続けるには、俺たちはまだまだ若かったんだ。

 ……つまり、落ち着きがないとでも言おうか。


「なぁなぁ、山の中に露天風呂が作られてるんだってさ。後で行って見ないか?」


 セリルのこの発言も、滞在3日目ともなると興味を惹くものじゃあない。

 女性陣の誰も、何の反応も示さなかった。

 いや……奴の下心が見え見え過ぎて、みんなもう呆れてるんだろうな。


「ちぇ―――……。しょうがねぇなぁ。……なぁ、アレク。そろそろ、ジャスティアの街に戻らねぇ?」


 マリーシェ達が応じないと見るや、セリルの方も諦めたのか俺にそう問い掛けて来たんだ。

 その余りな節操のなさはいっそ清々しいとも思えるんだが、彼のいう事にも一理あった。

 居心地の悪くない街ではあるが、みんなの興味は更に次の街、次の冒険に向いているみたいだな。


「……そういえば、こんな依頼クエストが張り出されとったでぇ。……帰るついでに、受けていかへん?」


 ここを出発するっていう雰囲気を感じ取ってか、サリシュがギルドに掲示されていたクエストを持ってきた。


「ええ? クエスト? どんなのどんなの?」


 いつも一緒に行動しているマリーシェも知らなかったのだろう、興味深げにサリシュの持つ用紙を覗き込んでいる。

 そしてそれは、他のメンバーも同様だ。

 まぁ、セリルが覗き込もうとすると若干身を捩って避けられているのだが。

 ……なんだか可哀そうになって来たな。


「……護衛依頼。……報酬も……破格ね」


 バーバラが、内容を見た率直な感想を漏らした。俺も、その内容を確認する。


 ―――護衛エスコート依頼クエスト「要人を無事、ジャスティアの街まで送り届けろ」。


 これは、この街まで来た時の依頼と同じものか。

 まぁ帰るついでに受けるクエストなんだから、似た様なものになるのも当然だよな。

 でも俺は、このんだが。


 街から街へと移動するクエストなら、護衛や同行、配達ってのが基本だな。

 勿論その内容は、依頼によって大きく変わるんだが。

 同行だったら、出かける依頼人に付いていけば良いだけとなる。

 この場合は、主に魔物や物取りからの襲撃に備えれば良いし、小集団で歩いていると野党やら魔物が襲って来る事は殆ど無い。

 安い依頼だけど、こっちも安全に熟す事が出来るだろうな。

 またこの同行ってやつは、依頼者自身が武術の心得があったりレベル所有者の場合が多いからな。

 俺たちに掛かる負担も少ないし、何よりもヤバくなったら逃げるって選択肢も取りやすいんだ。

 配達も、こちらのペースで旅路を進める事が出来るので随分と楽だと言える。

 自分たちの身と配達物を護れば良いだけで、ともすれば足を引っ張り兼ねない同行人がいない分更に楽だな。……勿論、届け物の内容にもよるんだが。

 その中でも一番厄介なのが、やはり護衛任務だろう。

 なんせ、戦闘能力がない依頼人や要人を護り切らないといけないからな。

 時には自分の身を盾にする必要があるし、下手をすれば命に関わるんだ。

 でも、それに伴って報酬は高額な場合が多いけどな。


「いいじゃん、いいじゃぁん。俺たち一回経験済みだし、行き掛けの駄賃として稼がせて貰おうぜ! 丁度、ここの滞在費もこれで浮くんじゃね?」


 特に何の考えも無いセリルが、特に思案した様子もなく、特に危機感のない声を上げる。

 万事に考え過ぎってのも動けなくなるだけなんだけど、こうも考え無しだとこっちが慎重になっちまうな。


「……はしゃぐな……セリル。……決めるのは……私たちじゃあない」


 そんなセリルに、バーバラが普段よりも更に冷めた目を向けてボソリと呟いた。

 普通の男性なら、彼女にこんな目を向けられた時点で声を失くしてしまいそうなんだが。


「えぇ―――。別に良いじゃん。俺たち、仲間なんだからさぁ」


 セリルには、一切通用していないみたいだった。

 しかし、セリルが「仲間」なんて言葉を口にしても、悪いが何かシラケるだけだなぁ。

 だいたい、このパーティに同行を申し出て来た時の理由が「女の子で一杯だった」だからなぁ。

 下心丸出しな台詞を思い出すと、どうして「仲間」なんて言葉が出てくるのか疑問で仕方がない。


「……仲間かどうかは……関係ない。……私たちは……一番弱い。……足手まといだ」


 そこに、更に底冷えする様なバーバラの台詞が告げられる。

 彼女の言っている事はもっともなんだが、こっちはこっちで仲間意識が希薄に感じるんだよなぁ。

 もう少し、打ち解ける様な態度でも良いんだよ、バーバラ?


「レベルに差はあれど、私たちは歳も近い。余り過度な気遣いは不要だぞ、バーバラ」


 そんなバーバラに、カミーラが優しく助言を与えた。

 確かに、命を預け合い背中を護り合う俺たちは、レベル差に関係なく信頼関係を築かないといけないからな。


「……はい」


 そんなカミーラに、バーバラはやや頬を赤らめてそう返答した。

 ……んん? もしかしてバーバラは、そっちの気があったりするのか?


「そうそう! それに、私たちの意見や発言を参考にして、アレクが決めてくれるんだから! 色んな考えを聞けた方が、アレクだって良いよね?」


 そしてマリーシェが、カミーラに同調してそう声を上げた。

 いやいやいや、マリーシェ? いつから俺は、このパーティのリーダーになったのかなぁ? 

 正直言って、俺にはリーダーなんてのは荷が重いんだが……。


「……そやな。……ウチたちの考えは、たぶんアレクの役に立つと思うでぇ」


 そんなマリーシェの言葉にサリシュも賛同し。


「そうだ。忌憚の無い意見こそ、アレクの望む処だろう。いいな……バーバラ、セリル」


 カミーラもそんな2人に同意した発言をしたんだ。いや、高評価ありがとうございます。

 でも、正直そういう立場はガラじゃあ無いんだよ。

 それを考えれば、前世では賢者のシラヌスが良く仕切ってくれたなぁ……。あれだけ灰汁の強いメンバーだったのにな。


「それで、アレク? このクエスト、どうすんだよ?」


 女性陣が強く俺を持ち上げるもんだから、セリルは若干へそを曲げちまったのかな? その言い様は、どこかぶっきら棒だ。

 いやいや、セリル? 問題なのはそこじゃあなくて、お前の性格の方だからな?


「……受けても良いと思う」


 俺は暫し熟考して、みんなに俺の意見を述べたんだ。

 勿論、安易に決めた訳じゃあ無い。


 内容を鑑みれば、ハッキリ言って面倒臭いし避けた方が良いクエストだな。

 特に「要人警護」ってのは厄介だ。

 難しいじゃあ無くて、手間が掛かるんだ。

 他にも理由があって、そもそも護衛クエストは可能性も高いんだが。

 それでもセリルの言った通り、報酬は悪くない。ぶっちゃけ、ここに来た時の2倍はある。

 彼の言った通り、ここで散財した分の補填にはなるだろうなぁ。

 それに、向かう方向も申し分ない。

 勿論サリシュはそれを見越して持って来てくれたんだが、丁度帰る方向への護衛なら同行と大差ないからな。

 これが反対方向である「保養地 テルセロの町」だったら断っていたな。反対方向だし。

 更に要人警護の場合、人数合わせという事も考えられる。

 基本的な護衛団はすでに組織されていて、俺たちは数合わせか捨て石か……。

 戦闘ともなれば扱いも酷く命の危機に晒される訳だが、大した敵でもなければ俺たちの負担も随分と軽減される。

 それはそのまま、俺たちの身の安全にも直結するんだ。

 俺の発言を聞いて、全員が頷いて応じている。


「……でも、まずは依頼者と話した方が良いだろうな。対象の重要度、警備の厳重度、そしてその人員と内容。場合によっては、違約金を払ってもこの依頼は辞める事も視野に入れておこう」


 次いで俺の出した意見を聞いて、全員の表情に疑問が浮かび上がっていたんだ。

 その理由は。


「なんで一回受けておいて、違約金を払ってまで依頼を辞めるの? 受けたんなら、最後までやればいいじゃない?」


 そんな俺に、マリーシェが素直な感想を口にしたんだ。

 こういう率直さは、俺としては有難いし好感の持てる処だな。

 ……まぁ、考えるよりも口が先に動いてるとも言えるんだが。


「先に受けるのは、他に横取りされない為ってのは分かるよな? もう一つの理由はまぁ……行けば分るよ」


 そんなマリーシェに俺は、意地の悪い顔をして口角を吊り上げ答えたんだ。

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