賊、襲来
部隊の先頭……長く伸びた隊列の先の方で、複数の馬が
明らかに、何か異変が起こっているみたいだった!
「何が起こってるんだ!?」
立派な馬車の近くには、これまた御大層なテーブルや椅子に場違いな日傘なんかが設置されている。
そしてそこには、周囲の景色に見合わない豪勢な食事が並べられていた。
言うまでも無く、そこにはクレーメンス伯シャルルー嬢と、その傍に付き従う護衛隊長イフテカールがいたんだ。
「ふん、貴様たちか。ここはシャルルー様の御前である。お前たちが気軽に来て良い……」
「いいから! 隊の前方で騒ぎが起こってるだろう! あれは、何なんだ!?」
またくだらない事を言おうとしたイフテカールの言葉を俺は遮った。
普段なら奴の言い回しを聞いてやっても良いんだが、今は一刻を争う事態なんだ。
「……ふん。大方、従者の一人が馬の扱いをしくじっただけであろう。今、確認の為に部下を向かわせておる」
「だめだ! お前は散っている部下を集めて、シャルルー様の周辺を固めておけ! 確認には俺たちが行く!」
「き……貴様っ! 冒険者の分際で、私をお前呼ばわりとは……!」
「黙って聞け! お前の職務は、シャルルー様の身の安全を守る事だろう! 最善を尽くせ!」
俺の強く失礼とも取れる物言いに、イフテカールは大層機嫌を損ねていた。
でも残念ながら、今はそんな些事に拘ってる場合じゃあないんだ!
杞憂だったらそれで良い。
叱責だったら後で幾らでも聞いてやる事が出来るが、後悔は取り返しがつかない。
殆ど命令口調な俺に、イフテカールは歯噛みして睨み付けている……が。
「行くぞ、みんな! 警戒を厳にして進むんだ!」
そんな事は完全に無視して、俺はみんなにそう命じて先頭を駆けだした!
俺の号令に、全員引き締まった表情で頷いて付いて来てくれている。
俺たちは集中を高めつつ、騒動の起こっている先頭の馬車の方へと向かったんだ。
長い行列とはいっても、先頭が遥か彼方なんて事は無い。
暫く駆けていると、すぐにその状況が目に飛び込んで来たんだ。
「……アレク。あれは戦いの喧騒と……血の匂いや」
それに真っ先に気付いたのは、俺の他ではサリシュが最初だった。
レベルの効果もあるだろうけど、何よりも潜り抜けてきた幾つかの修羅場が良い経験になっているんだろう。
サリシュの言葉に、マリーシェとカミーラも頷いて同意している。
「みんな……武器を構えろ。カミーラとマリーシェ、俺は前に出て対応する。サリシュは負傷者の救出を。セリルとバーバラはサリシュの護衛だ」
俺の指示を受けて、全員が頷いて応じてくれた。
さすがにセリルも、この状況では減らず口なんて利かないな。
更に近付いて行くと、そこには明らかに野党と思われる少数の集団が、残っている護衛部隊と切り結んでいたんだ!
その周辺には、野党に切り伏せられた護衛隊員や従者が横たわっている!
「……襲って来ていたのは、盗賊集団だったか。……って事は、やはり」
魔物の襲撃ではなく人の集団が襲って来た事で、俺は自身の懸念が当たっていた事に心の中で嘆息してしまっていたんだ。
殆ど知られていないんだが、この世界には通常のギルドとは異なるギルドが存在する。
つまり……「闇ギルド」という奴だ。
どんな社会にも、表と裏が存在してるって事だな。
闇ギルドは、その中でも非常に質の悪い組織だった。
非合法組織な訳だが、これを取り締まって完全に消し去る事なんて出来ない。
そして、そんな事をすれば表の社会にも悪影響が出るんだ。
残念ながら、表裏一体という言葉がある様に双方は持ちつ持たれつの間柄だ。
どちらかを一方的に否定する事なんて出来ない。
そんな闇ギルドが、実はアルサーニの街の北西にある事は殆どの人が知らない事実だ。
―――トゥリトスの町……。
地図にも載っていないこの町は、通称「闇の町」と言われている知る人ぞ知る暗黒街だ。
そこにある「闇ギルド」では、主にアルサーニの街へ休養に来ていた要人の誘拐や暗殺を請け負っている。
立地的にも、アルサーニの街を狙うには申し分ないしな。
そんなアルサーニの街で受けた依頼なんだ。シャルルー嬢を狙う可能性だって、低くなかったんだ。
当然俺も、一抹の不安は感じてはいた。
「お……おい! 襲ってるのは魔物じゃなくて人だぞ! ど……どうすんだよ!?」
護衛隊と戦っている相手を見て、セリルが焦った声を上げた。
俺たちはこれまで、もっぱら魔物を相手にして来たんだ。
セリルとバーバラも、魔物相手なら問題なく戦えただろうな。
「さっきも言った通り、ここは俺とマリーシェ、カミーラで対応する! サリシュとセリル、バーバラは負傷者の救出だ!」
でも、これが対人戦闘となると勝手が違ってしまう。
何よりも、自分が人を傷付けると言う行為に慣れていないと、血を見ただけで怯んでしまう事も少なくないんだ。
しかも、これは戦闘だ。
腕や足を斬り落とす事だってあるだろうし、命を奪い奪われたっておかしい話じゃあない。
すでに何度か人と斬り結んでいるマリーシェやカミーラなら、そんな事にも怯まないだろう。そして当然、俺もな。
俺が依頼を受ける際に抱いていた不安。でもそんな心配を払拭する要素もあった。
何せ、シャルルー嬢は伯爵令嬢だ。
その警護も、ただの富豪のそれとは質も規模も全然違うだろう。
そして、そんな事は賊も分かっている筈なんだ。
誘拐や暗殺が目当てなら、そんな難易度の高い相手は避けて然りだろうな。
普通に考えれば、それが順当な答えだった。
だから実のところ俺も、今回は襲撃なんて無いって思っていたんだが。
……どうやら、その考えは甘かった様だった。
1人の護衛隊員に対して複数人で襲い掛かっていた賊に対して、俺たちは側面から襲い掛かった!
無法者に対して、律義に正面から戦ってやる必要なんて無いからな!
「グハッ!」
俺たちの奇襲を受けて、3人の賊が斬り付けられて怯んだ!
その内の1人……俺が斬り付けた相手には、十分な深手を負わせてやったんだ。
同時に斬り掛かった筈のカミーラとマリーシェは、未だに賊相手にも攻めあぐねている。
レベルを考えれば、カミーラやマリーシェの方が俺よりも上だ。
賊のレベルは、見たところ俺よりも下……Lv7かLv8って処か。
それを考えれば、彼女達の方がより安全に敵を無力化出来ていただろう。
それが証拠に、彼女達は即座に賊の武器を叩き落し、あるいは気絶させて無力化に成功していた。
マリーシェの方は武器を奪っただけなので、素早く相手を後ろ手に縛りあげている。
でも、人を傷付けると言う行為にまだまだ慣れていないのは彼女達もセリル達と変わらない。僅かに経験があると言うだけだ。
斬り掛かってくる相手に躊躇いが無いと言うだけでもここでは十分に戦力となるが、そこに手心を加えてしまうのは仕方ない。
「マリーシェ、カミーラ! 無理はしなくて良いからな! 武器を叩き落すか、気絶させるだけでも上出来だ!」
そんな彼女たちに、俺はそう指示を与えた。
「う……うん!」
「心得た」
2人とも、その声に確りと応じてくれていたんだ。
残った賊は、全部で4人。
だが、そのうちの1人は護衛隊員が2人掛かりで対応している。いずれはケリがつくだろう。
俺たちは、残る敵の掃討に取り掛かったんだ!
「せいっ!」
賊の振り下ろされた剣を受け止め、それを摺り上げる!
大きく態勢を崩した相手の無防備な胴へ……ではなくその太腿に向けて、俺は剣を振るってやった!
「ガアッ!」
両太ももを深く斬り付けられ、賊がその場に転がった。
足を斬り付けられているんだ。もうこれ以上の戦闘は不可能だろう。
まぁ、本当は胴を薙いでやった方が早かったんだがな。恐らくは、即死を狙えたかもな。
でも、出来ればそんな光景をマリーシェ達には見せたくはない。
彼女たちに、殺人を容認する様な理由を与えたくなかったんだ。
「ウッ!」
俺の隣では、カミーラが刀の背で攻撃し敵を気絶させていた。いわゆる「峰打ち」ってやつだな。
さすがに圧倒的なレベル差があるんだろう、鮮やかなもんだ。
「ま……参ったっ! 許してくれっ!」
そしてその向こうでは、武器を斬り飛ばしたマリーシェが相手を追い詰めていたんだ。
さすがに彼女の持つ両刃の片手剣では賊を気絶させる事は無理だったろうが、その代わり武器を奪って相手を降参させ拘束している。
2人とも、鮮やかな手並みだった。……しかし。
「……これは、陽動だな」
襲ってきた盗賊団の少なさに、俺は一つの懸念を抱いていたんだ。
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