神託っぽいもの?

 女神フィーナが何を言い掛けたのかは気になるけど、今はもっと気になる事がある。

 それは、彼女の口にした「魔神族」についてだ。


「あんた達が戦った『魔神族』なんだけど、実はまだ教えられる事は殆ど無いのよねぇ。実際、まだカミーラちゃんからは何も聞けてないんでしょ?」


 でもフィーナの口からは、目ぼしい情報は語られなかったんだ。もったいぶっといて、何なんだよ一体。

 そんな思いが、余程俺の顔に出ていたんだろう。彼女はヤレヤレと言った表情で嘆息した。


「前にも言ったけどねぇ、アレックス? 『語られない宿命』は、安易に知るべき事じゃあないのよ?」


 ぐぅ……。確かに、そんな事も言われました。

 でも、得体の知れない敵を相手にするってのは、必要以上の危険と労力を伴うからなぁ。

 出来れば、少しでも情報は欲しい処だ。


「……今言える事は、あんたが戦った『魔神族』はアレックス、あんたが前世でもよ。もっと言えば、あんたの想像通り『東国 倭の国』に深く関わりのある種族とも言えるわね。もしもあんたが積極的に『魔神族』と関わるって言うんなら、魔界の『魔王』と同等以上の厄介な相手になる。これだけは覚えておいてね」


 それでもフィーナは自分から言い出した手前なんだろう、ある程度の情報を提供してくれたんだ。

 ……まぁ、本当に触りだけだったんだけどな。


「……もしも、こっちからは関わり合いたくなくても?」


「あんたがカミーラちゃんと繋がりを持っている以上、今後も『魔神族』と関わる事になるでしょうね」


 やっぱり、カミーラと魔神族には少なからぬ関係……というか、因縁がある様だなぁ。

 出来れば必要以上の厄介事は御免なんだが、襲って来ると言うなら仕方がないのか?


「それで、『魔神族』の強さってのは……どれくらいなんだ?」


 以前に戦った魔神族は、ハッキリ言って今の俺たちでは全く太刀打ち出来ない強さを持っていた。

 そんなのがウジャウジャ押し寄せて来たら、到底敵う訳ないからな。


「言うまでも無いだろうけど、最下位に位置付けられた魔神でも、中級冒険者くらいの力があるわ。今は『結界』で力の強い魔神は表に出て来れない様だけど、もしも遭遇したらアレックス……今のあんた達じゃあ、間違いなく全滅ね」


 なるほど、やっぱり魔神族は厄介な存在という事か。

 出来るだけ、遭遇したり戦わない様に心掛けないとな。


「幸い、個体数は少ない様だから、余り出会う事は無いかも知れないわね。カミーラちゃんを狙ってるみたいだけど、その位置を正確に把握出来ている訳じゃあ無いみたいだから、もしも出会ったとしたらそれは余程運が悪かったって事になるでしょうねぇ」


 ……という事は、やっぱり前回のアレは完全に遭遇戦って事か。

 あんな低レベルの狩場に現れた魔神族に出会うなんて……。


「でも、早速出会っちゃうなんてアレックスゥ。あんた、よっぽど運が悪いのねぇ。今後も、気を付けた方が良いかもねぇ」


 クスクスと笑いながら、フィーナは俺の考えていた事をそのまま口にしていたんだ。

 自分で言うならまだしも、人から言われるとなんかムカつくな。


「ああ、それから。あんたに授けた『スキル ファタリテート』なんだけど」


 なんだ、今度はスキルについての話か。

 久しぶりに出て来たって言うのに、話題をポンポンと切り替えてなんだか忙しないな。

 早く話し終えなきゃならない理由でもあるのか?


「あんた……あれから『スキル ファタリテート』使った?」


 説明があると思いきや、いきなり質問を振られてしまった。

 普通なら、そんな話の持って行き方だと慌ててしまう処なんだろうが。


「いいや、使ってないな。そもそも、気軽に使うなって言ったのはフィーナじゃないか」


「スキル ファタリテート」を使用すると、対象の「運命」や「宿命」を見る事が出来ちまう。

 元来そう言ったものは、自身で切り開いた後に知る事であって、事前に見て良いもんじゃあないな。

 もしもその先に「死」が待っていたとしても、それはそこまでの行動の結果でもあるんだ。

 だからそんな「運命」に直面してしまっても、それはそいつの責任であって俺の責任じゃあない。

 でももし、その「運命」なり「宿命」なりを覗いてしまったら。


 ……少なからず、責任の一端を担ってしまう事になる。


 何よりも、見ちまった俺自身がそいつの「未来」が気になって仕方ないだろうな。

 なし崩し的に介入する事を考えれば、フィーナが行っていた通りホイホイと他人の「運命」を見るのは良くないと俺も思ったんだが。


「あ、そう。私の言った事をちゃんと守ってるなんて、意外に律義なのねぇ」


 彼女の返答を聞いて、俺は怪訝な表情になってしまったんだ。

 てっきり彼女は「そんな事は当然よ」くらい言うかと思ってたんだがなぁ。


「だけどこれからは、もう少し『ファタリテート』を使ってみる事をお勧めするわ」


 しかし彼女は、以前に言った事とは正反対の事を口にしたんだ。

 さすがにこれには、俺も驚きと共に憤りも感じてしまった。

 使うなって言ったり使って見ろなんて話してみたり、どっちなんだよ!


「でもフィーナ、お前は以前俺に『使うな』って言ったんだぜ? そりゃあ、全く正反対の助言じゃないのか!?」


 俺が食って掛かっても、フィーナはどこ吹く風って顔で受け流している。


「一体この『ファタリテート』ってのは……」


「効果は、以前に話した通りよ。使用対象者の『運命』や『宿命』を垣間見る事が出来る。覗き見る事の『宿命』には強度があって、より深く詳しく知る為には条件がある」


 フィーナは矛先を躱す様に、俺の言葉を遮って話し出した。

 その淡々とした話しぶりは、以前のような「やかましいドジっ子女神」って感じじゃあなく、どこか風格を感じさせるものになっていた。

 ……まったく、この数か月にこいつに何があったんだ!?


「……『ファタリテート』の効能はこの通りよ。でも……」


「……でも?」


 言い淀んだフィーナに、俺は続きを促した。

 この「ファタリテート」に、他に隠された能力があるんなら是非とも聞いておきたいからな。


「……やっぱりやめた。後は


 だけどそんな俺の考えに反して、彼女は途中で話す気を失くしてしまったみたいだった。

 ……って、なんだよそりゃあっ!


「おい、そりゃあないだろう? ちゃんと話してくれないと……」


「自分で考えなさいって言ってるでしょ? あんたも実年齢30歳の元勇者だったんなら、経験を活かしてみなさいよ」


 ……う。なんだか、痛い処を突かれたぞ。

 確かに、精神的には大人だからなぁ……。何でも聞くってのは、ちょっと情けないところもある。


「……分ったよ」


 とにかく、この「スキル ファタリテート」を使って良いと公に認められたんだ。

 それなら彼女の言う通り、実際に使って見てそこから何かを掴むしかないよな。

 そう考えて、俺は渋々フィーナの言葉に了承した。


「さて、とりあえず私の話は終わったわ。まぁ、まだまだ話せない事の方が多いけど、あんたの、仕方ないって了承してくれるわよね?」


 なるほど、そういう事か。

 彼女の把握している「より重要な話」をするには、今の俺はまだまだ若造で弱っちいって事だな。

 確かに、今の俺が世界のどうこうやら魔神族のなんやかんやを知った処で、どうする事も出来ない。


「それじゃあ、私は一端戻るわね。話す事も話したし」


 いつもいつもこいつは、いきなり出て来て勝手に帰りやがるな。

 ……もうなんだか慣れたけど。


「あ、そうそう」


 そんな必要も無い癖にクルッと俺に背を向けた彼女だったが、何かを言い忘れた様にそのまま話し出したんだ。

 ……まだ何かあるのかよ。


「あんた、次も勇者を目指しなさい。良いわね?」


 そして、何とも嫌な事を言いやがったんだ。

 前回の冒険でも、勇者になるのには随分と苦労したんだ。

 それでいて、余り役に立たなかったんだよなぁ。

 あんな思いをするくらいなら、最上級職エクストラ・クラスを目指してそれを極める方がまだましじゃあないか?


「……い・い・わ・ね?」


「お……おう」


 それでもフィーナの今までにない迫力に、俺は思わずそう答えちまっていたんだ。

 勇者も決して悪い職業クラスではない。

 ……って言うか、目指しても問題は無いんだけどな。

 最後にそれだけを念押しして、フィーナはフッと消え去ったんだ。

 まぁ……先の事はまた後で考えれば良いか。

 それにしても……「未来担いし者ブレイバー」に「魔神族」、そして「ファタリテートか」……。


「……どうしたのだ、アレク?」


 明日から、色々と考えなければ……って、うん?


「気分が悪いのなら、早く上がった方が良いと思うが?」


 考えに耽っていた俺に、隣から聞きなれた声が耳に飛び込んで来たんだ。


「カ……カミーラッ!?」


「ど……どうしたのだ!? そんなに何度も驚くような事だろうか?」


 そうだったぁ! ここは宿の秘湯、混浴露天風呂で、今は隣にカミーラがいたんだったぁ! 

 フィーナが時間を止めてたもんだから、すっかり忘れてたぁ!


「もしも問題ない様なら、少し……話をしないか?」


 再び緊張感に苛まれた俺に、カミーラは静かに口を開きだしたんだ。

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