カミーラの告白

 人のまったくいない秘湯……その混浴。

 周囲は暗く、明かりは月の光だけ。

 そして隣には、東方の美少女カミーラ=真宮寺。

 そんな少女と一緒に、俺は今2人して湯船に浸かっている。勿論、お互いに……裸だ。

 正直な話、これで緊張するなってのが無理な話だろう?


「は……話って……何だよ?」


 緊張しちまっている俺は、言葉を詰まらせながらカミーラに返答した。

 もしかしたら、声も裏返っていたかも知れない。

 普段なら、精神的にはまるで娘の様な歳の少女に対して欲情する事は無い。……まぁ、今は彼女達と同年代の肉体な訳だが。

 それでもこんな状況に晒されれば、流石にその限り……って訳にはいかないよなぁ。

 しかし、ここは我慢だ!

 カミーラは、俺を信頼してこの場で話をしようとしてくれているんだからな。

 そんな彼女の気持ちを、踏みにじる様な事は絶対に出来ない! したくない!


「……私の郷里、倭の国の……そこから出でし、『魔神族』についてなのだが……」


 彼女の口にした話題を聞いて、俺のそんな邪念は一瞬で消え失せたんだ。

 しかし今夜は、やけに「魔神族」の事が話に上がるなぁ。

 まさにさっきまで、女神フィーナと話していた内容そのままじゃあないか。


「……この間戦った、あの黒い魔神の事だな?」


 俺が確認の為にそう問い掛けると、カミーラは頷いて肯定した……様に感じた。

 いや、実際には隣の方に視線を向けるなんて無理だろう? だって今、彼女は裸なんだぜ?


「そうだ……。先日クエストで訪れた幽霊屋敷……。そこで戦った黒い異形の魔物……。その『魔神族』についてだ」


 カミーラの話ぶりを聞く限り、どうやら以前は聞けなかった事を話してくれそうだな。

 それはつまり、俺の事をこれまでより更に信用してくれているって事かな?


「……あの『魔神族』は、間違いなく私を追ってこの国まで来ている。しかも追手は、あの1体だけではないだろう」


 そこまでは以前に聞いた彼女の話や、魔神とカミーラとの会話からだいたい想像出来ていた。


「確かあの『魔神族』は、倭の国でカミーラの一族に封じられている……だったか?」


 その事も、あの魔神が話した事で理解している。


「そう……。その封印は強力なのだが、だからこそ下位の魔神までを抑え込む事は出来ないのだ。より強力な魔神を封じ込めるだけで精一杯と言った処だな」


 だから、あの魔神はカミーラを追ってここまで来る事が出来たんだな。

 今まで俺が見た事の無いってのはどうにも腑に落ちなかったんだけど、彼女のこの言葉でいくつかの予想は出来た。


「じゃあ、その抜け出た魔神は今まで……?」


 俺は確認の為に、カミーラにその問い掛けをしてみたんだ。

 封印をすり抜ける事の出来る下位の魔神の取る行動は……。


「下位の魔神は、いわば尖兵であり……雑兵だ。より上位の魔神を解き放つ為には、どうしても封印が邪魔であり、その封印を解く為には真宮寺一族を滅ぼす必要がある。だから封印より抜け出た下位の魔神は、これまで真っ先に倭の国にある真宮寺の元を襲っていたんだ。それを倭の国の『侍集団』が撃退していたのだ」


 ……そういう事だな。

 倭の国には、独自の軍事力である「侍」の集団が存在すると聞いた事がある。

 全員が生まれながらに上級職ハイ・クラスである「侍」であり、しかもその特性はこちらで転職クラス・チェンジ出来る「侍」とは大分違うらしい。

 それほどの集団がいれば、下位の魔神程度なら討ち取れる道理だろう。


「……しかし、永続的に効果を及ぼす封印などありはしない。一定期間が過ぎれば、その封印も張り直さなければならないのだ」


 確かに、この世で永遠に効果のある魔法や呪術なんてのは無いな。

 札や巻物にその効力を与えて利用する事も出来るけど、それも永続する訳じゃあないんだ。


「そして、その封印を執り行っていたのが我が『真宮寺一族』。そして私は、次期『封印の巫女』であったのだ」


「……封印の……巫女……だって!?」


 この事実は、俺も初めて知った事だ。

 だが思い起こせば、あの幽霊屋敷でカミーラと魔神がそんな会話をしていた様な気もする。

 もっともあの時は、冷静に物事を判断出来る状況じゃあ無かったからな。

 会話の内容を事細かく覚えておける訳なんか無い。


「うむ……。真宮寺の一族は、封印に秀でた適性がある様なのだ。だから私は、のだが……」


 なるほど、カミーラの一族にはその様な秘密があったんだなぁ。

 それなら魔神族がカミーラを追ってこの大陸までやって来る事も、俺が魔神族の存在を知らなかった事にも合点がいくってもんだ。

 ……ん? ……でも待てよ?


「ちょっとまて、カミーラ。今お前、……って言わなかったか?」


 そこで俺は、彼女の言葉の中に違和感を覚えたんだが。


「……そう。真宮寺一族の者に、魔法や呪術に秀でた者はいない。全く適性が無い訳では無いだろうが、それでも驚嘆する程のものでも無い。真宮寺一族が封印に適していたのは……この身体そのものなのだ」


 キュッと胸の前で拳を作り、彼女は歯噛みしながらその事実を話してくれたんだ。……いや、そんな感じがしただけなんだが。


「もしかして……身体を媒介にして封印を発動させるってのか……?」


 以前の人生でも、そんな封印方法なんて聞いた事が無い。

 しかもそれには、魔力の類は関係ないってんだからさらに驚きだ。

 でも身体を封印材料に使うって、どんな呪法なんだよ?


「ああ……。倭の国では『人身御供』と呼ばれている、こちらでの生け贄に意味が近いのだろうか」


 生け贄か……。神にその身を捧げる行為として古代信仰では意外に多く行われていたって話だけど……。

 それが東国では、未だに行われてたとはなぁ。


「……それが嫌で、倭の国から逃れて来たのか?」


 そこまで聞いて俺は、少し意地の悪い言い方を彼女にしたんだ。

 カミーラがそんな性格でない事を、俺は十分に知っているんだけどな。


「……私には、3つ離れた妹がいるのだが」


 俺の問い掛けに対して、カミーラは突然話を変えてきた。

 ……いや、実際はさっきの話の続きなんだろうが。

 そして、この切り出しを聞いて俺には大体の内容が把握出来たんだ。


「その妹が、私が留守の間に代わって……封印を引き受けてくれている」


 ギリッと歯軋りする様な雰囲気が伝わって来た。

 きっとここから先の話は、彼女にとって話すのも苦しい事なんだろう。


「彼女は、私の理想……希望に賛同してくれたのだ。だからこそ私に代わり、封印の巫女と言う責務を負ってくれている」


 なるほど。だからカミーラは、且つレベルを上げる事の出来るこの大陸へと渡って来たのか。

 倭の国にいたままじゃあ、いつ魔神族に襲われるか分かったもんじゃあないからなぁ。


「……その……お前の希望ってのはつまり……『封印の巫女』という役目を失くすって事か?」


 この話の流れと彼女の希望ってやつを考えれば、おのずと真意が見えるってもんだ。

 俺の口にした内容に、隣から静かに小さく頷く気配を感じた。


「って事はつまり……」


「……そうだ。私の望みとは、魔神族を打ち倒す事。その為には、最上級冒険者並みの実力を身に付けなければならない。そしてその暁には……」


 その暁には、倭の国へ戻って魔神族と雌雄を決する……って事か。

 魔神族がどの程度の力を持っているのかは分からないが、魔王よりも強いって事は無いだろう。……多分。

 魔王の元まで辿り着き互角の戦いが出来た以前の俺と同程度まで鍛える事が出来れば、恐らくはその魔神族とだって互角以上の戦いが出来るかもな。


「でも、カミーラならいずれはその強さを身に付ける事が出来るんじゃあないか?」


 これは、気休めでもなんでもない俺の忌憚ない意見だ。

 カミーラの戦闘能力、そしてその才能は、全盛期の俺を超えるだけの潜在能力を秘めている。

 勿論、ちゃんと精進していけば……ってなるんだけどな。


「いずれ……では駄目なのだ! 私は一日でも早く、強くならなければならない!」


 それまで穏やかに話を続けていたカミーラだったが、俺の言葉に強い力を込めて返答してきたんだ。


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