2.課せられる使命

休息の一コマ

 依頼でやって来た「アルサーニの街」だが、俺たちはここで数日の休息を取る事にした。

 このアルサーニの街は、実は温泉地として有名でもあるのだ。

 せっかくこんな街に来たんだから、少しのんびりしようと考えてもおかしくないよな?

 まぁこの街は「始まりの街 ジャスティア」の北に位置し、僅か2日で来れる距離ではあるんだが。

 それでも、やっぱり「せっかく」なんだろう。


「あっ! 名物の「オンセンマンジュウ」だって! あれ、食べようよ!」


「……ええなぁ。……美味しそう」


 マリーシェとサリシュのはしゃぎようを見れば、そう思わせるのに十分だ。

 今俺たちは、完全に観光客となってこの街を堪能していたのだった。


 アルサーニの街はいまでこそ温泉地として賑わってるが、古の戦乱の時代には療養所として機能していたらしい。いわゆる「病院」だな。

 温泉には傷や疲労を回復させる効力がある事を考えれば、それも当然だろうなぁ。

 それが今では、保養所として観光の名勝となっている。


「……ふむ。木刀とは懐かしいな。練習用に1本買っておくか」


 そして楽しんでいるのはマリーシェ達だけではないようで、カミーラも店を覗いて土産物を吟味していた。

 もっとも、楽しみ方は人それぞれの様で。


「……あれ? セリルはどこに行ったんだ?」


「……向こうで……女性に声を掛けていたな」


 俺の疑問に、バーバラが呆れた様に答えてくれた。

 なるほど、ここには保養として訪れる令嬢も少なくないからな。セリルが喜ぶ状況でもあるんだろう。

 俺たちは冒険者として、日々戦いや移動を繰り返している。

 それが生業だとしても、疲れが全く残らないと言う訳では無いんだ。

 ましてや、まだまだ駆け出しの冒険者だ。

 何かにつけて初めての事が多く、心身ともに疲れていて当然だろう。

 まぁ、俺は流石に“2回目”ともあってそれほど疲れてはいないし、ここもそれほど珍しくは無いんだが。


「アレク―――! この「オンセンタマゴ」って美味しそうよ? 1つ食べない?」


「……カミーラとバーバラも、1個食べへん?」


 あっちこっちの店を覗いてはキャッキャと楽しんでいるマリーシェとサリシュが、そう俺たちに問うて来た。

「オンセンタマゴ」ってのは、源泉でゆで上げた卵な訳だが、何故かこれが美味いんだよなぁ。


「ああ、いただこう」


「……『オンセンタマゴ』?」


 俺はオンセンタマゴの事を知っている。以前にこの街には随分とお世話になったからな。

 駆け出し冒険者が最初に目指す街が、ここアルサーニだと言って良いかもしれない。

 距離としてもクエストをとっても、ある程度経験を積んだ駆け出しが次に進むには最適だからな。

 カミーラがオンセンタマゴを知っているのも、まぁ頷ける話だ。

 彼女が来たっていう「東国 倭の国」では、温泉がそこかしこに沸いている。

 オンセンタマゴがあっても不思議じゃあないからな。

 一説ではこのオンセンタマゴも、東国から伝わったって話もあるぐらいだ。

 だから、バーバラの反応は至極当然だと言って良いだろう。


「あいっててて……」


 俺たちが仲良くオンセンタマゴを食べていると、赤くなった頬を押さえながらセリルが戻って来た。


「……どうしたんだ?」


 何となく事情は想像出来たんだが、無視すると言うのも可哀そうだ。

 俺は、彼にそう問い掛けたんだが。


「いやぁ……。向こうで知り合った女性と良い仲になりそうだったんだけどな……。突然彼女が俺の頬を叩いて『そんなつもりじゃなかった!』ってな。……なんだってんだ」


 頭の上に疑問符を浮かべたセリルが、そんな愚痴を零してきたんだ。

 それで俺は……いや、その場の全員が何となく背景を理解した。

 女性陣からは、目を半眼にした軽蔑の眼差しが注がれている。


「良い仲ってお前……。それは、お前がそう考えていただけじゃあないのか?」


 実際の現場を見た訳じゃあ無いから断言も出来ないが、俺は想像した情景を思い描いてセリルにそう問い質した。


「う―――ん……。そんな事は無いと思うんだけどなぁ。確かに、お互い合意していたと思ったんだけど……。ったく、訳が分からねぇ」


 なまじ顔が良いだけに、これだけ欲望に忠実で空気の読めないのもまぁ残念だよなぁ。

 ……しかも。


「そんな事はともかく、サリシュちゃぁん。ちょっと2人で、あっちの方に散策行かない?」


「……遠慮しとくわ」


「んもぅ、照れちゃって。じゃあ、カミーラちゃんはどう?」


「……私も、遠慮しておく」


 全く懲りたところがなく、更には節操が無いんだからなぁ……。ほんと、残念な奴だ。





 昨晩は、この街に着いたのが夕刻だった事もあって、街の入り口にあった酒舗で宿を取った。まぁ、クエスト完了の打ち上げもあったしな。

 でもこの街には、一般的な宿とは違い観光客や上流階級の人間が止まる「温泉宿」なるものがあるんだ。

 昔は俺も止まった事があるけど、当然の事ながらマリーシェ達は未経験だ。

 クエスト報酬が上乗せされていた事もあって、俺たちは今回の宿を「温泉宿場 美景屋みかげや」にする事にしたんだ。

 わざわざ俺たちがこんな宿に泊まる事にしたのは。


「うわぁ―――! すっごい美味しい!」


「……うん、めっちゃ美味いな」


「ほぅ……。船盛とは久しぶりだな」


 珍しい珍味が味わえるのが最大の理由だな。

 宿の主が東国の魅力に取りつかれている様で、そこかしこに倭の国の文化が取り入れてある。

 この食事もそうだし、何よりもこの建物自体が異国情緒あふれているんだ。


「ほえ―――……。魚を生で食うとこんなに旨いのな。初めての食感だな」


 そしてこの「サシミ」ってやつには、みんな舌鼓を打っていた様だ。


「……美味しいわね。……アレクは……食べたことがあるようだけど」


「ま……まぁな」


 バーバラが、食事に感心しながらも俺にそんな話を持ち掛けてきた。

 ったく。家に引きこもってコミュニケーションが稀薄だった癖に、妙に観察眼が鋭いなぁ、バーバラは。


 実際、俺は前回の冒険でここに来てるし、何よりも倭の国にだって行った事があるんだ。

 今更建物や食事を見ても、驚くような事じゃないからな。


「……なぁなぁ、アレクゥ」


 次々に出される食事……「ナベ」やら「スシ」などを食べつつ、倭の国の地酒「ニホンシュ」なるものを堪能していると、ほろ酔いになったセリルがすり寄って来た。

 こいつが俺にこんな話の仕方をする時は、大抵碌な事じゃあないんだけどなぁ。


「ここには『露天』っていう浴場があるんだろ? じゃあ、後で行って見ようぜ?」


 ふむ。提案としては、至極普通のものなんだがなぁ。

 こいつの場合、これで終わらないから質が悪いんだ。


「……入るだけなら良いけどな。お前……他に何か考えてないか?」


 わざと疑うような眼差しを作って、俺はそれをセリルに向けた。

 本当だったら厭わしく思う様な俺の視線も、今のコイツには全く効いていない。


「んなの、分かってんだろぅ? わざわざ屋外に風呂があるんだろ? なら、やる事は一つだよなぁ? ……なぁ?」


 ニヤニヤしながらセリルは、俺に何やら同意を求めて来たんだ。

 そして、ここまで言われればこいつが何を計画しているのか、嫌でも分かるってもんだ。


「……お前、ほんっとうに懲りないなぁ。もしも見つかったら、逆さ吊りじゃあ済まないぞ?」


 セリルは俺に、女性用風呂場に覗きに行こうと持ち掛けてるんだ。

 まぁ、健全な若者ならばそんな下心も分からないでもない。……もっともこいつは、こんななんだがな。

 そしてだからこそこの計画は、んだがなぁ……。


「なぁに、コッソリ忍び寄ればバレやしないって! なっ? 行こうぜ、なっ?」


 でもこいつは、そんなこと気にしちゃいないしめげてもいない。

 ある意味で、かなりの心臓の持ち主と精神的にタフな奴だ。


 そして俺は結局、こいつの計画に同行させられる羽目になったんだ。





 食事を終えた俺たちは、早速この宿の名物でもある「露天風呂」に向かったんだ。

 女性陣も勿論、俺たちに同行している。


「……はぁ。綺麗な景色を眺めながら屋外でお風呂に浸かるなんて、東方の人は本当に風情があるわねぇ……」


 マリーシェが景色に目をやりながら、ご満悦な表情で感想を述べている姿が想像出来る。


「……ほんま、めっちゃ開放感あるなぁ。……空気も美味しいし」


 サリシュも、この露天風呂は気に入ったようだ。


「ああ……。本当に今日は、良い気分転換になったよ」


 故郷を思い出しているのか、カミーラの言葉はどこか感慨深く。


「……すごく……気持ちいいわね」


 バーバラも、その声音はどこか上ずっている。

 まぁ、表情自体は普段と大差ない事は簡単に想像出来るんだが。


「おいおい、アレクゥ! 隣はきっと、天国だぜぇ!」


 薄い壁を隔てて、男湯と女湯は分けられている。

 だから、隣の会話もこちらには筒抜けな訳で。

 だからこそ、セリルの欲情は留まる所を知らないんだがなぁ。……浴場だけに。


「……作戦決行だ!」


 我慢ならないって感じで、セリルが動き出した。

 正面の石垣を乗り越えて一端外に出て、回り込んだ女湯に臨む。

 石垣の向こうは崖になっているんだが、急ではあるが斜面なので上手く行けば落ちる事は無いだろう。


「……なぁ、止めとかないか? 多分、失敗するぞ?」


 俺は警告……と言うよりも、預言めいた口調でそう彼に告げたんだが。


「なんだよアレク、まだそんな事言ってるのか? ……ほら、女湯はもう目の前だぜ」


 声を潜めて、セリルが前方を注視する。

 確かに、目の前の石垣から顔を出せば女湯はすぐそこだ。

 血気に逸るセリルを横目に、俺はため息をついて

 ……まぁ、死ぬ事は無いだろう。


「……よし。……行くぞ」


 だらしない顔を浮かべて、セリルがゆっくりと顔を出した……んだが。


「……あんたの考えてる事なんか、お見通しなのよ」


 セリルにとっては予想に反して、俺にとっては予想通りなんだが、彼が顔を出したその先には、バスタオルを体に巻いた女性陣が陣取っていた。

 その手には、全員桶を持っている。


「な……なんだよぉ! 前を隠しているなんて、そんなの詐欺……あぢゃぁっ!」


 驚くよりも不平を口にしたセリルは、全てを言い切る前に悲鳴を上げて崖を転がり落ちていった。

 どうやらマリーシェ達は、セリルに源泉から汲んだ熱湯を浴びせかけた様だ。

 ……いや、やり過ぎだろう、これ。


「アァ―――レェ―――クゥ―――?」


 そして彼女たちは、姿を現さなかった俺の存在もしっかりと把握している様だった。

 ……怖ぇ! 女性陣、怖ぇ!


「は……はい!」


 返事をする俺の声は、どこか裏返っていた。……無論、恐怖でだ。


「セリルの事、宜しく頼むわね。まぁ……死んでたらそれでも良いけど」


「アレク。そなたは覗かなかったという事で、今回は不問とします」


「ん―――……。でもウチは、アレクやったらまぁ……」


「ちょっと、サリシュ。あんた、何言って……」


「……天国の後に……地獄」


 俺の視界に入らないところで、女性陣がそんな会話を交わしていた。

 いや、マジで怖ぇって! 天国は兎も角、地獄ってなんだよ。

 そんな事を言い合いながら、マリーシェ達の声が遠ざかって行く。

 それを確認して、俺はゆっくりと崖下へ下っていったんだ。


 しかし……こんなことで回復薬ポーションを使う羽目になるとは……なぁ。……はぁ。


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