クエストの真意

 ワーウルフ盗賊団の襲撃を振り切り、俺たちは無事に行商隊キャラバンを目的の街「アルサーニ」へと送り届ける事に成功した。

 もっとも、行商隊が抱えていた護衛集団は全滅したんだ。まったくの無事に……って訳じゃあないんだけどな。

 それでも。


「ありがとうございました! 何とか積み荷に損害も無く、この街に着く事が出来ましたよ!」


 行商隊の隊長からは大喜びされたんだ。

 彼らにとっては、何よりも積荷が大事だからな。

 ……それこそ、護衛の兵の命なんかより……な。


「いえ、無事で何よりでした」


 そして俺も、素直な感想を口にしたんだ。

 実際人的被害は出た訳だけど、俺たちパーティの中に大怪我をした奴はいなかったんだからな。

 初めての金級ゴールドランク依頼クエストにしては、上々だろう。


「さあ、完了の印も貰った事だし、ここのギルドに報告に行こうぜ」


 隊長さんとの話に区切りをつけて、俺はそう提案したんだが。


「……逃げただけなのに、クエストが完了扱いになるの?」


 どうやら今回の結果に、マリーシェは不満……と言うか、完遂出来たのか半信半疑なようだ。

 それはマリーシェだけではなく、セリルとバーバラも同じ様だった。

 もっとも、サリシュとカミーラは俺の判断に異議は無い様なんだが。


「まぁまぁ。とにかく、ギルドに行って見れば分かるって」


 不満をブゥブゥ零すマリーシェに、俺は笑顔でそう答えたんだ。





 ギルドへの報告も終えて、俺たちは今日の宿に転がり込んでいた。勿論そこは、1階が酒場になっている。

 俺たちはそこで、クエストの正式な完遂を祝う事にしたんだ。

 ちょっとした慰労会ってやつだ。思った以上に、報酬にもしな。


「……でも、なぁんか納得出来ないのよねぇ。何で狼人間ワーウルフどもを全滅出来なかったのに、依頼クエスト成功クリアになるんだろ?」


 乾杯を終えて食事を勧め、程よく酔いが回ってきたところでマリーシェがまたまた食いついて来たんだ。

 勿論彼女が言っているのは、昼間の行商隊護衛クエストの事だ。


「だよなぁ……。護衛っていうんだから、群がって来る敵は皆殺しぃ! ってしないとダメなんじゃないの、普通?」


 マリーシェの意見にセリルも同意な様だった。

 顔を真っ赤にして、気分も高揚しているのかやや興奮気味だ。

 こいつ、意外に酒に弱いみたいだなぁ。


「……確かに。……迫りくる敵を殲滅させるのが……あの場合では……一般的な様にも思うんだけど」


 そして、全く酒に呑まれていないバーバラが意見を述べる。

 彼女はこの場の誰よりも酒を煽ってるってのに、どんだけ酒豪なんだよ。


「まぁ、初めの内はついつい勘違いしてしまうよな。このクエスト内容には」


「勘違い?」


 いずれはこの質問が来ると踏んでいた俺は、満を持して……じゃないけど、彼女達に説明してやる事にしたんだ。

 随分と酔っ払ってる面子が多いが、それでも俺の話を聞く気満々って所だな。


「良いか? あのクエストの内容は『』だ」


「そうよ。だから……」


「つまりこのクエスト最大の目的は、『』なんだ。迫りくる盗賊団を退


 俺の言葉を遮ろうとしたマリーシェを無視して、俺は最後まで言い切ってやった。

 話に割り込む事の出来なかったマリーシェは、唇を尖らせて俺の話を聞く姿勢になったようだ。


「……つまりウチたちはぁ。……『行商隊を無事に送り届ける』と言うクエストをぉ。……『行商隊に襲い来る盗賊団を撃退する』って勘違いしてるってぇ……事ぉ?」


 だいぶ酔って来たのかどうにもフワフワしてきだしたサリシュが、夢見心地って感じで確認してきたんだ。

 酔っててもちゃんと核心を付いて来るところは大したもんなんだけどな。


「そうだな。『護衛』と聞くとどうしても『退ける』って勘違いしがちなんだが、実際の目的は『無事に目的地へ送り届ける』なんだ。そこには、戦闘をせよとは一言も含まれていないんだよなぁ」


 俺の話を、サリシュはフンフンと頷きながら聞いているんだが……。こいつ、どこまで理解している事やら。


「なるほど。確かに、私たちは言葉の意味を履き違えていたやも知れぬな。実際私も、迫りくるワーウルフ達を全滅させる事しか考えていなかった」


 そう。その勘違いが曲者で、だからこそ護衛クエストは難易度が高いと思われている理由なんだ。

 護衛を行うに際しては、どうしても人数が必要になる。

 どんな大勢に襲われても、それを退けて依頼者を守り通さなきゃならないからな。

 その印象が、どうしても相手を全滅させるって観念にすり替わっちまったんだ。


「でも実際は、敵を全滅させる必要なんか無いんだから、いざとなったら逃げれば良いんだよ。今回みたいにな」


 そして俺は、そう口にして締めくくったんだ。

 これでマリーシェ達も、納得してくれたことだろう。

 ……って思ったんだけど。


「う―――ん……。なんか、釈然としないぃ……」


 マリーシェはまだ、腑に落ちないようだった。


「だよなぁ! 俺も俺もぉ! 俺も納得出来ないよぉ!」


 それに、セリルも便乗してきやがった。

 ……ったく、これだから酔っ払いは厄介だよなぁ。


「……黙れ。……弱い奴は……吠えるな」


 そんなセリルに、またもやバーバラの辛辣な台詞がぁ! 

 ああ、見た目の女性らしさとその言葉遣いのギャップ、何とかならないのかよ!? 

 何よりも、俺たちは仲間なんだから……。


「ん―――もぅ―――。バーバラちゃんは、つれないんだからぁ」


 でも、当のセリルには全く通用していないようだ。

 ほんとこいつ、見た目は良いのに性格で損してるよなぁ。

 でもこのままじゃあ、収拾がつかないか……な? 

 決定的な事実を突きつけてやる必要がある……か。


「……言葉で言っても中々理解出来ないだろうけどな。まぁ、これを見て見ろよ」


 俺はそこで、テーブルの上に1枚の紙を広げてやった。


「……こぉえぇわぁこれは?」


 さっきからグイグイ飲んでいるマリーシェの呂律は、更に怪しくなってきている。


「……これはぁ……ギルドのぉ……クエストォ……完了明細ぃ……やねぇ……」


 そしてサリシュも、だいぶ酔っ払ってきたようだ。

 眼がトロンとしてきて、こりゃあ眠るのも時間の問題だな。


「ふむ……。敵を倒し切らずに逃走したと言うのに、完了判定はAか」


 未だ意識がはっきりしているカミーラが、明細を見てそう呟いた。

 この事からも分かる通り、目的をちゃんと達成しているんだからこの判定は妥当だという事だな。


「まぁ、護衛が全滅しちまったからな。全くの被害なしって訳じゃあないから、残念ながら判定Sとはいかなかったけどな」


「……でも……報酬額が……上乗せされている? ……これは」


 そして、まだまだ素面しらふなバーバラが更に疑問を口にした。

 意識が確りしてる彼女の指摘は、ほろ酔いなカミーラよりも更に鋭いな。


「ああ、それか。それは、俺たちは少なからずワーウルフを倒したろ? その分の追加報酬だよ」


 俺はそう説明しながら、明細のある部分を指さしてやった。

 そこには確かに、仕留めたワーウルフの数に応じた報酬が加算される旨が記されている。


「襲ってきたワーウルフは、この辺りに出没しては旅人を困らせているからな。少なからずそれらを退治したんだから、報酬に加算されてるんだよ」


 狼人間ワーウルフってのは、その名の通り狼頭人体の魔獣だ。

 狼の特性と、若干の人間の特徴を併せ持っている、意外に厄介な魔獣なんだ。

 大きさは、丁度成人男性ほど。それだけでも、その筋力が伺えようものだ。

 本来狼は徒党を組まないとされているが人の習性があるんだろう、集団で襲ってくる。

 だからこそ、今回の依頼は金級ゴールド・ランクだったんだけどな。


「……なるほど。……理解したわ」


 そういったバーバラは、ニッコリと微笑んだんだ。

 元々素材は良い彼女が優しく微笑むと、酒で上気した表情も相まって随分と艶めかしい。

 ……普段から、こんな顔が出来れば良いんだけどなぁ。


「……さて、そろそろお開きにするか」


 話が一段落したところで、俺はそう切り出した。

 最初に絡んできたマリーシェは勿論、サリシュとセリルももう寝入っちまってる。

 ……ったく、説明途中に寝るなんて、何考えてるんだよ。


「そうだな。それでは私は、マリーシェを寝所に運ぼう」


「……それじゃあ……私はサリシュを」


「ああ、頼む」


 人数が増えて、酔っ払いどもを運ぶ手間が随分と省けたな。

 そして必然的に、俺はセリルとなる訳だが。


「……おい、セリル。しっかり歩けよ」


 彼に肩を貸しながら、俺はそう声を掛けた。

 女性を運ぶのには力も出るんだが、野郎を部屋に連れて行くってのはどうにも億劫だな。


「う―――ん……。マリーシェちゃぁん」


 完全に酔っぱらってるセリルは、何を思ったのか俺の胸を揉みだしたんだ。

 ……ったく、なんて酒癖が悪いんだ。


 奴のこの行動は、何も酒が回っているからだけじゃあない。

 こいつがこの容姿でそれでもモテないその理由は。


 こいつが……部類の女好きだからに他ならなかったんだ。


「はいはい。俺ので良ければ、いくらでも揉んでくれい」


 俺はセリルの行動に呆れながら、そのまま寝床まで引き連れて行ったんだ。

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