03 over extended.

 人を殺した、帰り道だった。


 なんとなく夜空を見ながら、歩く。それで、気配に気づかなかった。


 急に、右隣が暖かくなる。


 彼女。


「仕事終わりですよね。今日はわたしがごはんを作ります」


「勘弁してくれ」


 彼女。カクテルを作るのはうまいが、料理は普通の上に普通を塗り固めたぐらいに普通だった。バーで出てくる柿の種とかサラダとか、それぐらいのレベル。


 彼女の買い物袋を、持ってあげる。


 身軽になった彼女。やっぱり、右側にくっついてきた。暖かい。


「上。見てましたよね」


「見てたな」


 流れ星を、なんとなく探していた。


「なぜ、流れ星を?」


 彼女。想いを読み取って分かっていても、あえていてくる。


「なんとなくだよ」


「嘘」


 嘘だった。


 ひとつだけ、願いがある。


「あ。ほらそこ」


 彼女が指差した方向。夜空。


「何もないが」


「流れ星だったのに」


 願いは、ひとつだけ。


「あなたの心。ぐちゃぐちゃしてますよ」


「まあ、そうだな」


「願いはふたつあるのに。ふたつとも真逆の願いだから、つらくて、はちきれそう」


 彼女。さらに深く、くっついてくる。歩きにくい。


 願い。


「俺は。まだ、死にたいと思ってるのか?」


「自分のことなのに、分からないの、ですか?」


「わからないな。まるでわからん」


 願いはひとつだと思っているのに。ふたつある。


「あなたは。死にたいと、思っています。今もまだ、死に場所を探している」


「そうか」


 彼女が言うのだから。そうなのだろう。


「でも」


 彼女が、指差した方向。


 流れ星。


「いま、お願いしたのは」


「なるべくあなたと、一緒にいられるように。二人で生きていけるように」


 死にたい気持ちは、たぶん、消えない。自分も分からない心奥底で、永遠にくすぶり続ける。


 でも。


 それと同じぐらい。


 右側の暖かさを、感じていたかった。


「ありがとう」


 そう言って、彼女は離れた。笑顔。


「じゃあ、今日のごはん。よろしくおねがいします」


「何が食べたい?」


「かつ丼」


 そう言って、またくっついてきた。暖かい。


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右側の想い、流れ星と心 春嵐 @aiot3110

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