5 メリーさんの電話
そうやって必死になって自分を抑え込み続けて、どれだけの時間が立ったのだろうか。
時計は見ていない。
時間を確認して何かを為す事なんて何もないから。
俺はただその時を待つだけなのだから。
何もせずに……余計な事など何もせずに。
ただ、待つだけ。
そして待ち焦がれた先で、ついに鳴った。
「……ッ」
古いスマホ。
メリーの電話帳に記された番号の端末。
元よりそのつもりなのだけれどその着信からは。
非通知で掛かってきた着信からは、持ち主を強制的に通話に出させようとするような、そんな強迫観念でも植え付けてくるような感覚が伝わってくる。
明人が感じていた感覚というのがコレなのだろう。
抗うつもりはないが、これは抗えない。
そう思いながら通話に出る。
「……」
向こうにこちらの正体を悟られないように無言で。
そして聞こえて来る。
『私メリーさん。今駅前に居るの』
聞き親しんだ、メリーの声。
今の俺の、幸せの象徴。
「……」
メリーからの通話はそれだけを告げて切れた。
ここからどんどん近づいて来るのだろう。
知ってる。
さて、駅前だったから……次はどこだろうか。
正直本当に何も無いから、何処を経由してくるのかが想像できない。
まずはバス停とかだろうか?
想像した所で何かが変わる訳ではないけれど、それでもメリーがあまり危ない所を通ってこなければ良いなとは思う訳で。
そんな風に次の経由地を予想しながらお面を付けた所で、再び非通知の着信。
『私メリーさん。今バス停の前に居るの』
……大体予想通りの回答。
それを残して再びメリーからの通話は切れる。
……確実に近づいてきている。
当然だけれど。
そんな彼女に今、普通に電話を掛けたら繋がるだろうか。
こんな時でも俺からの電話には出てくれるだろうか。
……そんな馬鹿みたいな考えは抑え込んだ。
それを抑え込んでしばらく待つと再び着信。
『私メリーさん。今山の中に居るの』
それだけ告げて通話は切れる。
……山のどこだよ雑だなオイ。
そんな事を苦笑しながら考えて、その辺りの足場が良い事を祈る。
舗装された道に立っていればいいけど、足でも踏み外して怪我でもしたら大変だ。
アイツ運動神経皆無だから現実的にあり得るし心配だ。
まあ怪我をしてもアイツならしばらくすれば治るんだろうけど。
それでも、そういう問題じゃないからさ。
やがて、再びの着信。
俺はそれを促されながらも自らの意思で応える。
『私メリーさん。自販機の前に居るの』
そして通話終了。
……そう言えば此処に来るまでにあったな。誰が使うんだって自販機。
確かに森の中にいるとか言い出す程に何もないんだ。十分場所を伝えられるポイントだ。
「……という事は、もうすぐじゃねえか」
メリーが言った自販機が、俺の知る場所のなのかは分からないけれど、もしそうなら目と鼻の先だ。
そうなれば。
明人の時のように家の前というようなウエイトを置くような場所がない以上、次かその次。その位にはメリーは此処へ到達する。
……それで終わり。
終わるんだ、全部。
辛かっただろ。
熱かっただろ。
苦しかっただろ。
そんな目に会わせた糞野郎への復讐はようやく終わるぞ。
思う存分俺を殺してくれ。
「……いつでも来いよ、メリー」
いよいよとなって激しくなりだした動悸を、軽く深呼吸して落ち着かせようとする。
これから死ぬんだ。
もう死ぬんだ。
それが怖くない訳が無い。
本当に、どうしようもない程に怖いんだ。
必死に落ち着こうと思っても、動悸が激しい収まらない。
だけど……これが俺の選んだ結果なのだから。
メリーの為に俺ができる、最大限の罪滅ぼしなのだから。
その位耐えろよ……メリーはもっと辛い思いをしたんだろう。
……頑張れ、最後位。
そうだ……頑張れ。
そう、自分に言い聞かせたから……着信音に応える事に、躊躇いは無かった。
そして聞こえる。
『「私メリーさん。今、あなたの後にいるの」』
スマートフォンから。
背後から。
メリーの声が聞こえるんだ。
きっと明人もそうだったのだろう。
体は金縛りにあったように一切動かなかった。
だけど声を聞けば……いや、聞かなくたって分かる。
そこに居るんだろ、メリー。
そう認識した瞬間だった。
「……ッ!?」
背中全体に激痛が走り、体が宙に投げ出される。
弾き飛ばされた。
激痛で意識が失いそうになる中で、勢いで空中で体勢が変わった俺は結果的にメリーと向き合う事になる。
故に表情を拝めた。
俺の前で今まで一度たりとも見せた事の無かった、酷く冷めた表情と視線。
きっと、心の底から怒りを覚えたら、メリーはこういう表情を浮かべるのだろう。
メリーの事は大体理解していたつもりでいたけれど、これは知らない。
……多分知らない事なんて一杯あるんだろうなと。
もっと知っていけたらと。
そんな願望が溢れ出る。
そして俺のそういう思考を掻き消すように、メリーはその場でこちらに掌を向けた。
そして次の瞬間、背中に感じたような衝撃を正面から全身に叩き付けられる。
「ガ……」
鈍い声が喉から搾り出た。
追撃された体はトラックに跳ねられるように低く勢いよく弾き飛ばされ、地面を軽くバウンドして、山の側面に固められたコンクリートに追突して止まる。
「……ぇ……ぁ……」
全身に激痛が纏わりついて、体のどこが無事でどこが壊れたのかすら判断が付かない。
掠れる視界には広がっていく血液が目に入って、緩やかに自分の体が死に向かっている事を認識できた。
そうやって認識できた視界の端。
そこに異物が見えた。
……俺が付けていた筈のお面が落ちていた。
そして視界の先、変わらず冷めた表情のメリーがこちらに向けて歩いて来る。
歩いてきて……やがて途中で立ち止まって。
……表情が変わった。
「……ぇ?」
困惑した表情から出てきたのは掻き消えそうな、か細く小さな声だった。
メリーは一体何が起きているのか分からないというような表情を浮かべていて。
俺の意識があったのは、そこまで。
あまりにも雑な作戦に対してやってしまったと思いながら。
自分でもよく分からなかったけど、何故か少しだけ安堵しながら。
俺の視界はブラックアウトしていった。
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