6 復讐の終着点
目を覚ますと視界には白い天井が広がっていた。
「……どこだ」
此処はどこなのか。どうして自分は見覚えのない場所で眠りに付いているのか。
混濁する記憶の中で此処に至るまでの記憶を探り……やがて辿り着く。
「……生きてるのか、俺」
自分が本来殺されている筈で、此処に意識が戻ってきている筈が無い事を思い出して。
そうしてメリーの復讐が失敗に終わった事を理解した。
……あの状況から。
俺の顔を見られてから。
結局俺は殺される事無く、こうして病院に搬送された訳だ。
だとすればこれは最悪な結末な筈で。
メリーが俺を殺せないかもしれないという自惚れの様な感情により危惧していたことが、現実に起きてしまった事を意味していて。
だから改めて、やってしまったと。
何故もっとまともな作戦を立てられなかったのかと、あの時の自分を殴りたくなる。
「……」
だけどどこかで安堵している自分がいた。
……別に俺が死なずに生きている事に対してではない。
確かに俺はあの時あの場所に死ぬ為に。
殺される為に向かった。
怖くて手足は震えたけど。
あの時の意思も今抱いている後悔も、きっと本物の筈だ。
だから死ななかった事に対する安堵では絶対に無い。
では一体俺は何に安堵しているのか。
酷く矛盾したものではあるけれど、こうして生き残った今なら強く理解できる。
「……ほんと、碌でもねえ奴だな、俺は。どうしようもねえクズだ……」
あれだけメリーの為に死ぬ決意を固めていても。
自分の中の感情は最初から抑え込めていたつもりでいただけで。
きっと俺は無意識でまともな作戦を立てられなかったのではなく、立てなかったのだ。
メリーと別れてからも、いくらでも軌道修正できるタイミングがあった筈なのに。
早い話お面に瞬間接着剤でも付けて皮膚から外れないようにするだけで終わっていた話なのに、そんな事もやらなかった。
多分思い付かないフリをした。
そうやって自分自身を偽ってでも、ねじ曲がった行動に手を染めた。
罪滅ぼしの為に殺されようと思える程、俺にとって大きな存在の女の子に。
俺の存在を綺麗な認識のままで終わらせたいという願望を抱かせた女の子に。
俺の事を好きだと言ってくれた女の子に。
結局俺はそういう女の子に、自分という碌でもない人間の存在を肯定して貰いたかった。
俺という人間が碌でもない事をしたと知った上で、少しでも立ち止まってほしい。
困惑してほしい。
殺すのを止めてほしい。
許してほしい。
彼女の中でただの碌でなしで人でなしだった加害者の俺を、そうさせるだけの存在へと昇華させてほしい。
昇華していてほしい。
何度も何度も危惧していた、殺されないかもしれないという不安と焦り。
結局の所それは俺にとって願望でもあった訳だ。
……本当に。本当に。
どうしようもないクズだと我ながら思う。
そんなクズの自分勝手な願望を押し付けられる形で、彼女の復讐は失敗に終わった訳だ。
……ではその後、メリーはどうなった?
そもそもあの後、何がどうなってこの状況に至っている?
その答えを手繰り寄せるように、俺は周囲にスマホが置かれていないかを探る。
だけどそれを見付ける前に病室の扉が開き、意識をそっちに持っていかれる。
「……明人」
「……ッ!?」
明人は俺を見て驚いたような表情を浮かべるが、やがて普段の落ち着いた様子を取り戻して俺に言った。
「良かった。目を覚ましたか」
「ああ」
頷く俺を見ながら明人は、ベットの隣に置かれたパイプ椅子に陣取り、改めて言う。
「最悪目を覚まさない可能性も頭に入れていたんだが……まあ、無事目を覚ましてくれて良かったよ」
「悪いな、色々と心配かけて」
「謝るな。お前が悪かった事など何もないからな」
「……」
「何度でも言うし、意見を変えるつもりもない。お前は一から十まで。全てにおいて何も悪くは無かった」
「……ありがとう」
そう言ってくれる事に礼を言った。
当然そうだとは思っていない。
俺が悪かったのは間違いない。
あらゆる事で俺が悪かった。
だけど多分明人は考えを曲げないだろう。
曲げないでいてくれるだろう。
そんな親友とこんな事で口論をするなんて御免だ。
明人がそう思っているなら、明人の前ではそれでいい。
その辺はダブルスタンダードでも許されるだろう。
そして口論なんてしている暇があるなら、俺にはもっと話さなければならない事がある。
「なぁ、明人」
「どうした?」
「あの日俺は……まあ、メリーの奴に半殺しにされて此処にいる訳だけどさ……一体そこから何があって俺は此処に担ぎ込まれたんだ?」
あんな所に人が寄り付く可能性はゼロではないだろうが、限りなく低くて。
だとすればあの場に居たのは俺とメリー。
そしているかもしれないのは、メリーさんという都市伝説の存在を確認して、あの場に辿り着いていたかもしれない柿本さんの様な専門家。
誰がどう対処したのかは分からないが……とにかく。
とにかく、後者である可能性を掻き消したかった。
後者以外の何か……そもそもの結末が、俺がどこかで望んでいたような。
そういう結末であるという確信が欲しかった。
そして明人は答える。
「あの日、若い女が救急車を呼んだらしい。そして救急車が到着すると、下手で雑な応急処置が施されたお前がベンチに転がっていたそうだ。女はもう何処にもいなかった」
「……そうか」
俺は安堵してそう呟いた。
「それは何に対する安堵だ」
「もし柿本さんのような専門家があの場に現れていて救急車を呼んだんだとすれば、多分その場に俺を放置したりしないだろ。だからそれが違うって分かってさ」
「それがどうして安堵に……なんて事は今更追及しないさ」
明人は一拍空けてから言う。
「柿本さんの助けを断って、あの日あの場所に向かったのは確かにお前の意思だ。結果的に柿本さんの同業者に助けられるような状況にならなかったのは、それはお前にとっては安堵するに値するだろうさ。そういう状況を望むなら、とっくにこの問題は解決してる」
「……まあな」
「それで、話は戻るが俺や柿本さんは、それをしたのがメリーだと考えている」
「柿本さんって……あの人、まだこの件に首を突っ込んでくれてたのか?」
「相談に乗ってくれる程度ではあるがな。あの時返しに来た前金を付き返したんだ。何かあった時のアドバイザー位はしてくれないと困る」
「……それで」
明人も柿本さんも、そうだと考えてくれて。
ではその先は。
「それで俺を助けた後、メリーはどうなった?」
元々俺に復讐する為に現れたのがメリーという女の子だ。
その復讐に失敗した今。
自らの意思でその復讐を取りやめた今、一体今どうなっている?
その問いに対し、明人は言う。
「分からない、だそうだ」
「……分からない?」
「通常、メリーさんのような都市伝説は未練を残して現世に留まる幽霊に近い存在だと柿本さんは言っていた。だから復讐を果たせば満足して消滅する。復讐を自らの意思で取りやめたのであればそれもまた消滅に至っているのではないかという推測ができると」
「……消滅、か」
薄々理解はしていたつもりだけれど、零れ出た言葉にはあまり力が入らない。
……まあ、当然と言えば当然の話で。
納得のいく筋書きで。
だとすれば。
そうなるのであれば。
あの時最後の力を振り絞って謝っておけば良かったと。
そう考えたが、最後の言葉が引っ掛かった。
「ちょっと待て……推測?」
あくまで想像。仮定の域を出ない。
あえてそんな曖昧な言葉が使われている事に引っ掛かかる。
「……今の話、違ってる可能性もあるのか?」
「今回のお前のケースは非常に稀なパターンだそうだ」
「稀?」
「通常メリーさんの電話に限らずこの手の一件は、被害に会う人間は被害に会うその時まで深く関わる事が無い。殺される間際に対面するか。その前に何らかの要因で存在を認知した柿本さんのような専門家に処理されるか。大きく分けてその二択。お前のように自分を殺すために現れた都市伝説と同居して家族ごっこをしていたケースなんてそうあるものではない」
「ごっこじゃねえよ!」
思わずそう叫んでしまった。
だけどそんな俺に臆する事無く。怒る事も無く。
冷静に落ち着いて明人は言う。
「そうやって憤る程に情を向けるなんて事は、きっとそうあるものではない。故に足りない訳だ。推測以上の事ができるサンプルが」
「……」
「此処からは俺の推測だ。当てにはならないかもしれないが聞いてくれ」
「あ、ああ」
俺が頷くのを見て、明人は言う。
「本来メリーさんの電話という都市伝説の存在意義である復讐を自らの意思で取りやめた後、メリーはお前を助ける為の行動をしている。復讐の先の行動をだ。その時点でもう最初から引かれていたレールの先を歩んでいる」
「……」
「例えば人間は気力を失っても生きていける。極端な話、脳死となった人間でも植物状態ではあるが確かに生きている訳だ。そこに肉体はあるからな。だけど恨みを存在理由としているメリーさんがその感情を剥ぎ取られれば。きっとその感情を糧に生まれてきた言わば悪霊や地縛霊に近いような存在からその感情が消失すれば、きっとその時点で全部終わる」
「……それでも俺に応急処置を施して救急車を呼んだ」
「つまりその時点でメリーさんに、そこに存在するだけの強い理由が。新しい何かがあった筈だ。まあ……あまりお前を殺すために生まれてきた存在を肯定したくはないが、お前の命を救う事が復讐と同じ位の大きな存在理由になっていたのではないかと思う。それが……その意思が。あの時点で助かるかどうかも分からない。そして集中治療室を経緯して一か月以上意識が戻らない程の重傷を負った奴を前にしたまま消えると思うか?」
「……いや」
きっと彼女なら。
メリーという女の子なら、それを消さないでくれるのでは無いかと思う。
「だから俺はメリーの存在は消えていないかもしれないと思っている」
明人の推測にどれだけの信頼度があるのかは分からない。
だけど俺はそれを信じたいと思った。
そうであってほしいと思った。
そうであって……叶うならば。
メリーに面と向かって謝りたい。
……叶うのならば。
「……なあ、明人」
「なんだ」
「お前の推測が正しかったのだとすれば、今メリーはどこにいると思う?」
「……」
「家に帰っていれば。普通にこの町で生活を続けていれば、多分推測なんて言葉が飛び交うような状況になってねえだろ。つまりメリーは今この辺りにはいないんだ」
そして今この辺りに居ないのだとすれば。
半分以上柿本さんの推測が当たっていて。
「……やっぱりアイツ、もういないんじゃねえかな……?」
もうこの世界にメリーなんて存在がいないという可能性が高くなるように思える。
そう考えて気持ちが重くなる俺に明人は言う。
「その辺りは分からんさ」
考えを纏めるように少しだけ間を空けてから、明人は言う。
「そもそもメリーさんという存在。この世界での在り方は、自身を焼き殺した相手への復讐の為に設定されたものだ。もしも俺の推測が正しければ今のメリーが元と同じような存在であるかどうかすら分からない……もう、なるようにしかならないんだ」
そして明人は一拍空けてから言う。
「まあ……そうだな。何も分かりはしないが……せめてお前の望むような形で決着が付けばいいなとは思うよ」
「……ああ」
明人の言葉にそう返す。
俺の望む形での決着……か。
もし、明人の推測が当たっていて。
メリーが何処かにいるとして。
果たしてメリーの望む形の決着とは一体どういうものになるのか。
そんな事を、明人が帰ってからもしばらくの間考えていた。
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