3 願望

「ねえ、将吾」


「なんだよ」


「お祭りってすぐにお金が消し飛ぶね」


「それお前がクジ引きまくるからだろ。止めたぞ俺」


 一通り出店を回りながら、メリーが一番金を費やしていたのは、恐らくとんでもない粗利を取っているであろうくじ引きだ。

 止めはした。

 止めはしたのだが、余程偶々目に入ったゲーム機が気になったらしい。

 少し前にCMを見て気になっていたらしいのだが、結局自分が後どれだけの間此処に留まるのかが分からない以上、買うのを躊躇っていたらしい。

 だけど正直お祭り特有の財布の紐の緩み方や、気分の高揚に背を押されている状態のメリーは、此処で取るとばかりに引いた。

 引きまくった。

 結果大散財である。


「いやーうん。中古販売価格超えちゃったなー」


「その程度の金額で引けたのって大成功じゃね? しかも新品だぞ新品」


 とはいえ結果的にはお目当ての品を引けたわけで。

 メリー本人は若干疲弊している気がしなくもないが、普通に大金星である。

 というか当たり入ってるんだな、ああいうの。

 ……本当に最初から入っていたのかは怪しいけれど。


「まあ折角だし……というかその為に取ったんだし。帰ったらやろうよ」


「そうだな。ソフトも付いてきたし……っと、とりあえずこの辺で良いか」


 お目当ての品に辿り着くまでに入手した、正直あまり要らない景品が一杯入った袋と、ゲーム機が入った袋を芝生の上に置き、その場に座る。

 会場から少し離れた所にあるこの場所は、花火が良く見えるスポットとして地元民には有名な場所だ。

 故に地元民がそれなりに溢れているが、それでも結構余裕を持って座る事ができる。


「ごめんね、荷物持ちしてもらって」


「左手にジュース。右手にりんご飴の奴に持たせられないだろ。荷物半分高級精密機械だぞ」


「帰りは私が持つよ」


「じゃあこっちの良く分からん奴一杯入った袋頼む」


「……これどうしようか」


「まあ持って帰って何とかしよう」


 少なくとも彼女の前で捨てるなんて選択肢を提示する訳にはいかなかった。

 捨てられて焼き殺された奴の前でそんな事を言えるようなら、多分俺は今頃柿本さんに縋りついている。

 きっとこんなに楽しい時間は訪れていないだろう。


「しかしまあ……色々取っちゃったね。あ、これどうかな? このお面とか将吾に似合うんじゃない?」


「顔隠れるのに似合うも何もなくない?」


 そう考えながら、促されるままに版権物なのかオリジナルなのかよく分からない狐のお面を付けてみる。


「どう?」


「いや、顔隠れるのに似合うも何もないって感じだね」


「だろぉ?」


 言いながら外して袋に戻して、それからスマホを取り出し視線を落とす。


「花火まで後もうちょっとだな」


「そうだね」


「……なあ、メリー。一応さ、聞こうかどうか迷ってたんだけど、一ついいか?」


「ん? どうしたの?」


 メリーが花火大会を楽しみにしていたから聞くに聞けなかったのだけれど、それでも事が始まる前に聞いておかなければならない事の気がしたから。

 俺は意を決して彼女に問いかける。


「その……なんて言えばいいかな。花火……見ても大丈夫なのか?」


 メリーに花火大会の事を話した時には考えもしなかったのだけれど、それでもふとしたタイミングで浮かんできた疑問。不安。


「花火って結局火薬綺麗に爆発させてるような物だろ? それを……まあ、火とかが無茶苦茶苦手なお前が見ても大丈夫なのかなって思ってさ」


「うん、大丈夫だよ……綺麗だなって思うし」


 当然の答えを返すようにメリーは即答してくる。


「あ、そ、そうか……そういう事なら良かった」


 アウトセーフの基準はよく分からねえけど……とにかく、大丈夫なら良かったよ。

 そう安堵する俺にメリーは言う。


「……心配してくれたんだ」


「そりゃするだろ」


 俺が二つ返事でそう答えると、彼女は少しだけ視線を反らして。

 少しだけ間を開けて。

 そして小さな声で呟く。


「……私の持ち主が、将吾だったら良かったのに」


「……」


 ……違う。

 ……違うんだよメリー。

 俺みたいなどうしようもない奴が持ち主だったから……お前は辛い思いをしたんだろ。

 そう考えると。

 メリーの気持ちを考えると。

 軽々しい言葉なんて返せる筈がなくて。

 俺には聞かなかった振りをする事位しかできなかった。

 そして、黙って聞き流す中で、湧き上がってくるんだ。

 嫌われたくない。

 失望されたくない。

 彼女にとっての理想に名前を挙げて貰えるような人間で居続けたい。

 そんな、これから彼女に殺される為に必要な条件と、真逆の願望。

 抱いてはいけない俺の自己中心的な碌でもない我儘。


 ……だから、その感情は押し殺す。

 この感情は、叶わないその先の墓場まで持っていく。

 残念だけれど。

 名残惜しいけれど。

 持っていかなければならない。

 だから……もしも、なんて気持ちは考えるな。


「そうだ。将吾はさ、私の持ち主……じゃないや。私と一緒にいてさ、楽しかった?」


「楽しかった……って言ったらもう終わりみてえだな。楽しいよ。これからも……最後まで。楽しいだろ。絶対に」


「ははは、良かった」


「……」


「……良かった、本当に」


 ……考えるな。

 そしてそんな抱いた雑念を掻き消すように。

 もしくは、増長させるように。


「あ、始まった!」


 心地の良い爆音とともに、夜空に大きく綺麗な花が咲いた。

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