6 芽生えていた感情
家に着く頃にはかなり雨が強くなっていて、俺達はずぶ濡れになって帰ってきた。
雨だけでなく互いに血塗れで。
早急に洗い流したい気分だ。
「……シャワー浴びても大丈夫そうならだけどさ、とりあえず血を流しとけよ」
家に着いた頃には傷は殆ど治り、普通に歩けるようにもなっていて。だとすれば……まあ、少し残った傷口に滲みたりはするかもしれないけれど、血を洗い流させた方がいいだろう。
「……先に将吾が入りなよ。風邪引いちゃうよ。巻き込まれただけなんだからさ」
「巻き込まれただけって話なら、お前だって不慮の事故みたいなもんだろ今日のは」
「……違うよ」
メリーは静かに断言する。
「私は私がやろうとしている事を止めるつもりなんてない。だけどさ、復讐で誰かの命を奪う事が正しいのかって言われると、間違っているのは分かってるから……正しいのはあの人だよ。だから将吾と私は違う。これに関しては、私の自業自得」
「メリー……」
「だからさ、将吾が優先」
言われながら思う。
少なくとも今回の一件が自業自得なんて形で終わらせていい物じゃないって。
メリーにとってはただの理不尽なんだって。
お前は何も悪くないんだって。
「いいからお前先入ってこい」
「でも……」
「いいから。着替えは用意しとく」
そう言って無理矢理彼女を送り出す。
送り出して、それから考える。
今回の件は間違いなくメリーにとって理不尽な事だと思う。
では、そもそもの元凶については?
今、もう彼女が無意識に使っている、感情に干渉するような力は俺に通用しなくなった。
その上でもう一度、メリーという女の子の事について考えてみよう。
そして考えればすぐに答えは出て来るんだ。
俺の頭がおかしくなっていた時と、同じような方向性の答え。
……少なくとも、彼女は悪くない。
そんな答えに辿り着く。
それはもう、間違いがないんだ。間違えようがないんだ。
焼き殺された。
恨みを持つ。
それは当然の事で。
メリーの境遇が理不尽では無いのだとすれば。
今俺が命を狙われている事なんて、理不尽の欠片もなくなってしまう。
……つまりはメリーの境遇の方が酷いんだ。
そして彼女に降りかかる理不尽は、本当に過失も何もない目も当てられない様な事で。
俺の場合は曲がりなりにも。
些細な事でも引き金は引いた。
それが理不尽に思うような些細な事でも、確かにやったんだ。
だから誰が悪いのかと言われれば、誰も悪くない。
俺以外、誰も悪くない。
……では、どうするのか。
どうするべきなのか。
俺は改めて柿本さんの名刺を手にする。
此処に連絡して助けを求めれば、きっとこの人は俺の命を救ってくれるだろう。
逆に掛けなければ……どうなる。
俺はメリーに殺されるのか。
それとも当初から企んでいた。
先程までの俺が危惧していた。
メリーが俺を許して諦めるような事になるのか。
一体どうするのが。どうなるのが理想なのだろう。
助けを求めるのは間違いだ。
彼女にこれ以上の理不尽を強いる事はできない。
だとすれば……殺されるか許されるか。
そのどちらか。
「……結局、あの刀で斬られる前と何も変わってねえな」
自分でも少し驚くが、後者一択と思われた自問自答に前者の選択肢が残っていたんだ。
……つまりだ。そう思う位には。
そう思う位には、この三か月間で俺の中に芽生えた罪悪感は本物だったのだろう。
名刺をしまいながら、一人静かにそう考えた。
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