4 転
学校終わりにメリーの働く喫茶店に寄ったのはバイトまでの時間潰しの為で、暫くしてからバイト先へと向かった俺はそつなく業務を熟し、夜十時頃職場を出た。
流石に今から買い物をして晩御飯を作るにはあまりにも遅い時間で、メリーには今日は予め適当に何か買って食べておいてほしいと告げてある。
そう伝えると彼女は頑張ってと言ってくれた。
だから頑張った。
頑張れた。
新しいことを覚えてもすぐに無駄になるけれど、それでも頑張ってきた。
メリーのおかげで頑張れる。
全部全部全部そうだ。
メリーに殺されるまでの間、メリーのおかげで生きていられる。
「……さて、どうしようか」
今日は家で晩御飯を作らない訳だし、家に帰っても米も炊いていないから総菜を買って帰るのも違う気がするわけで、何か適当に安めの外食で済ませるのがベストな気がする。
「昨日の晩飯焼き魚だったからな……食うなら肉か。肉……そうだ、牛丼だ。牛丼にしよう」
そう意思決定し、牛丼屋へと足を向ける。
都市部とは違い、比較的田舎と言ってもいい上に繁華街などでもないこの辺り一帯は、この時間帯になると既に人通りが殆どなくなる。
だから表通りだろうが裏通りだろうが、それこそ裏路地だろうが。
どこを歩こうと誰もいない夜道である事に変わりはなくて、治安の優劣は然程ない。
だから俺が選択したのは裏路地だ。
近道なのだ、目的地への。
正直に言うとあまり夜に歩いていて気分のいい道ではない。
表通りも人が少ないとはいえ、路地裏は明かりも薄暗い。
正直好んで通る道ではないだろう。
だけどもすぐ近くに来ている自分のリミットを知っている今、日常生活でもあまり何かに対して恐怖を覚える事も少なくなっていて。
正直余程の事では取り乱さないような、そんな気の持ちようだった。
だから大した不快感も感じる事無く、普通に路地裏を進んでいく。
そして路地内のT字道に差し掛かった時だった。
「……ッ」
思わずそんな、声にならない声が口から溢れ出したのは。
何かが。
人体程の大きな何かが曲がり角から飛んできて、壁に叩きつけられたのは。
ぐしゃりと地面に転がったのは。
「……え?」
それが人体程の何かなんて曖昧な認識だったのは、本当に目視した直後だけだった。
視界に映っているのが何なのかを、脳が徐々に理解し始める。
そして……頭の中が真っ白になって。
視界が真っ赤に染まった。
「……メ……リー……?」
目の前で転がっているのは。
血塗れで。薄暗い地面を赤く染めているのは。
……紛れもなく俺が良く知る女の子だった。
それは、理解できた。
だけど理解できたのはそこまで。
「メリー! おい、どうしたんだよ! 何があった! おい!」
駆け寄ってメリーに声を掛けるが、何も言葉が返ってこない。
意識を失っている。
何が起きた?
手にはコンビニの買い物袋。
その帰りに襲われた?
深い切り傷。
刃物で切られたのか?
誰に?
なんの為に?
視界に映る情報が断続的に脳に伝わってくるが、何も分からない。
何があったのか。
これからどうするべきなのか。
情報も余裕も何もかも。今の俺には不足していた。
そんな中で……声が聞こえた。
「すまない。少し道に迷ってね。到着が少し遅れそうだ」
メリーが飛ばされてきた方から、男の声が。
そして現れる。
「後、キミにするのは打ち合わせではなく事後報告になるかもしれない。多分僕が今相対しているのが、キミの依頼したメリーさんという都市伝説だ」
ジャージにTシャツというラフな格好をした、誰かと通話をする二十代後半程の男が。
……明らかに銃刀法違反な日本刀を手にした、どう考えても加害者の男が。
「すまない、一旦切らせてもらうよ。ではまた後で」
そう言って通話を切った男は、不思議そうに言う。
「どいた方が良いよ少年。今の叫び声を聞くにキミが彼女の知り合いなのは分かるけど、あまり関わらない方がいい相手だ。信じてもらえないかもしれないが、その子は人間じゃない」
「メリーさんの電話っていう都市伝説だろ! 知ってんぞその位!」
思った以上にスムーズに、状況を理解した。
メリーという非日常的存在を日常として受け入れられるようになった今、かつてでは考えられないほどに、非日常的な状況に順応できるようになってきた。
向こうがメリーを人間じゃないと認識している。
認識していて迎撃している。
つまりはきっと、そういう類いの専門家だ。
いるだろ……いてもおかしくないだろ。
実際にメリーさんなんてのが存在しているのだから、そういう連中の一人や二人位。
そして……だとすれば。
「し、知ってて今、アンタの前に立ってんだ! とにかく、そ、その刀下ろせぇッ!」
だとすれば目の前の男は俺の敵だ。
俺は立ちふさがるように、メリーと男の間に立つ。
彼女を守らなければならない。
この命に代えても。
「……なるほど。そこまでは今も理解している。だけどそれでも、予想通り色濃く影響を受けているみたいだ」
どこか納得するようにそう言った男は、一拍空けてから鋭い視線を向けて言う。
「一つ聞かせて欲しい。彼女の前に立っているのは、果たして本当にキミの意思なのかい?」
「当たり前だろ……そうじゃなきゃ、刃物持った奴前にして立ってられるか!」
間髪空けずに即答した俺に対し、男は言う。
「メリーさんという都市伝説はね、人の好意を自分に向ける事ができる力があるんだ。人形というのは多くの場合人に愛される為に生まれてくるからね」
「……だからどうした」
「職業柄だ。見れば分かる。今のキミはその子の傀儡だよ……吉崎将吾君」
「なんで俺の名前……」
「分かるよ。聞いたからね」
そう言って男は刀を構えた。
「僕はね、そんなキミを助けるように、キミのお友達に頼まれてこの町にやってきたんだ」
次の瞬間には、男はこちらに対して踏み込んでいた。
「……ッ」
本当に一瞬の所業。
その一瞬で……男は持っていた刀で、俺を輪切りにしたかのように振り抜いていた。
……したかのように。
「……は?」
振り抜かれたと正確に、冷静に認識できているように、俺の意識はまだ此処にあって。
気圧されるように尻餅を付いただけで五体満足で胴体も繋がっている。
そして尻餅を付いたままの俺の前にしゃがみ込んで視線を合わせてきた男は、その刀身に指を当てながら……透明人間にでもなったように貫通させる。
「この刀はね、人ならざる者だけを切る事ができる優れ物なんだ。それで今、キミを切った。つまりそれがどういう事か、理解は及ぶかな? 後ろを見てみるといい」
「……?」
促されて背後のメリーに視線を向ける。
分かっている。
そこに居るのが誰かなんて。
理不尽な理由で俺を殺そうとしている都市伝説だ。
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