四章 自らが出した答えについて

1 変わらない日常

 メリーとの邂逅を果たしてから早三か月が経過した。

 ……ああそうだ。もうそれだけの時間が経過した。

 幸せな時間程、光の様な速さで過ぎていってしまう。

 朝。寝起きの体をベットから起こして、壁に掛けられたカレンダーに視線を向ける。


 七月二十一日。


 これまでメリーの犯人捜しは当初俺が想定したペースと大体同じように進んでおり、このペースで進めば俺の番まであと丸一か月と少し。

 やはり八月末。夏の終わりに俺の人生も終わる事となる。

 つまり余命は約一か月だ。

 そうであってほしいと思う。

 間違ってもその先を生きるような事があってはならない。

 ……俺はメリーさんという都市伝説に殺されなければならない。


     ◇


「「いただきます」」


 朝、メリーと二人で朝食を前に手を合わせた。

 こんな光景も実に慣れたもので、俺にとってはずっと過ごしてきた日常の一部に思えてくる。

 俺の前に彼女が座っている事に一切の違和感が無いのだ。


 ……いない生活なんて考えられない。


 メリーという女の子と過ごせる日常は、幸せ以外の何者でもない。

 彼女もそう思ってくれているのだろうか?

 そう思ってくれていればいいなと思う。

 そうであれば、もう最後に終わらせられれば完璧だ。

 綺麗に復讐を完遂させて、終わってくれれば完璧だ。

 そういう風に終わってくれなければならない。


 ……元々の恨みを晴らせないままで終わるなんてのは、いくらなんでもあんまりだ。


 幸せな数か月を送り、最後は当初の目的を達成して報われる。

 それがベストなのだ。

 最近此処に来て、無事それが完遂されるのかが不安になってきた。

 そこで死ななければならない人間に、その先の可能性が見えてきてしまっている。


「ん? どうしたの? 何か考え事?」


「あ、いや……別にそんなのじゃねえんだ」


「そっか。でも何かあったら話してよ。私なんかでよかったら相談に乗るからさ」


 そう言って彼女は笑う。

 笑ってくれるんだ。

 最初の頃からずっと。

 最初の頃よりずっと。

 そんな彼女と接していると自惚れてしまうんだ。

 もしかすると、自分の復讐の相手が俺だと彼女が知ったら、殺すことを躊躇ってくれるのではないかと。

 殺すことを躊躇ってしまうのではないかという、醜い自惚れ。

 碌でもない承認欲求の現れだ。


 当初、俺は媚を売る事により許してもらって命を繋ぐという酷い打算を考えていた。

 今ではもうそんな事は考えていない。考えている訳が無い。

 そんな事をしてはいけないと、過去の自分を否定する。

 こんな命を繋いでいい理由なんてのは何処にもないのだ。

 今やっている事は全て彼女の幸せの為で、それをこなして死ぬ為に俺は生きている。


 だけどそれが結果的に媚を売るような。

 自身の身を保身するような行為に繋がっているのではないかと。

 今となっては嫌悪するかつての自分が描いた打算通りに事が進んでしまっているのではないかと。

 ……だとしたらそれは駄目だと。

 そんな終わり方をしてはいけないと。

 最近ずっと考えている。


 だけど今更彼女に冷たく当たる事なんてできなくて。

 彼女を不幸にするような、本末転倒な事はできる訳がなくて。

 だからその不安要素に対する打開策を見付けられる事もなく、今日も普段と変わらない時間が流れていく。

 それでも明日から、少しだけ普段と変わる事があるとすれば。


「そういえば学校今日最後だっけ?」


「おう、明日から夏休みだしな」


 そう、夏休みである。

 夏休みに入れば生活リズムも変わる。

 俺にもバイトがあって、メリーにも自分のプライベートやバイトがある訳だけれど、それでも此処から先、これまで以上に一緒にいる時間が増えるだろう。

 だったらこれまでよりも二人でやれる事が増える筈だ。


「なあ、メリーは夏にやりたい事とかある?」


「夏にかぁ……あ、花火見たい。打ち上げのおっきい奴」


「よし。じゃあどっかで一回見に行こう。この辺りさ結構大きい花火大会毎年やってんだよ」


「あ、そうなんだ。楽しみだなー」


 そう言って彼女は笑う。

 そんな彼女を見ていると、色々と考えた不安が一時的に消え失せて。

 ただその日が晴れますようにと。

 此処から先も最後までメリーが笑えていますようにと。

 そんな事で頭が一杯になった。

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