5 初任給の使い道
この日の犯人捜しは取り止めにした。
別に体調も悪くなく、それどころかコンディションは抜群の筈だけれど、今日はそれよりも……復讐よりも優先したい事があったから。
「あ、これとこれと……あ、これもください」
「はいメリーちゃん」
アルバイトが終わってから、いつの間にか顔と名前を憶えて貰っていた商店街のケーキ屋さんでカットケーキを何点か購入する。
今日は将吾にお金を返して……そして自分なりにちょっとした贈り物をしようと思う。
ケーキを買って行くくらいだけど。
将吾は苦いコーヒーが好きだけれど、それと一緒に甘い物を食べるのも結構好きだというのが一緒に生活していると自然に分かったから、きっと喜んでくれる筈だ。
……喜んでくれれば良いなと思う。
だから。今日はそういう事をするから、普段はアルバイト後に行っている犯人捜しは一日お休みだ。
今日はまだこの世界から消える訳にはいかない。
そしてケーキを購入して家へと帰ると、既に将吾が帰宅していたらしく、玄関まで出てくる。
「おかえり、メリー」
「うん、ただいま!」
将吾は部活動に所属しておらず、今日はバイトも無いらしいから。こうして将吾の方が先に帰っている事も良くある。
「ん? なんだその手荷物」
「ケーキ。実は初任給が出たんだ。だから……日頃のお礼に将吾にって思って。結構おいしそうなの何種類か選んできたんだ!」
「日頃のお礼って……いいのにそんなの」
「いいの、食べてよ。冷蔵庫入れておくから。あ、あとこれ。この封筒の中に立て替えて貰ってたお金入ってるから。多分この位かなって思って入れたけど、足りなかったら言ってよ」
「……こういうのも別に良いんだけどなぁ。自分の為に使った方が良いぞ」
「良いから。これも一種の自分の為だよ」
自分がそうしたいからやっているのだから。
「……まあそこまで言うなら」
そう言ってどこか諦めたように封筒を受け取ってくれる将吾だが、そこで良い事を思いついたとばかりに笑みを浮かべて、封筒から一万円札を一枚取り出して言う。
「よし……今日これで寿司でも取ろう。メリーの初任給祝いだ」
「え、悪いよそんなの……自分の為に使おうよ」
「良いんだよ。俺がやりたくてやっているんだし、自分の為だろ。で、寿司食った後一緒にケーキ食おう。何種類か買ってあるんだろ。分けようぜ」
「将吾にって思ったんだけど……私も食べて良いの?」
「俺一人で食うのもなんか変な感じだろ」
「じゃ、じゃあまず将吾が好きなの選んでよ」
「じゃあそう言う事で。あ、いつまでも玄関で立ち話もアレだし、中入れよ」
「うん!」
言いながら。将吾の後を付いていきながら、こんな些細な瞬間が本当に幸せだなぁと思う。
こういう派手ではないけど幸せな日常を、もう一か月も歩んでいる。
歩ませて貰っている。
きっと自分が復讐を終えるまで、この幸せを続けさせてくれるのだろう。
自分には勿体ない程に、ありがたい話だ。
感謝してもしきれない。自分を焼き殺した犯人とは大違いだ。
……願わくば、これ程の幸せを与えてくれている吉崎将吾の人生が、自分が復讐を終えたその後も末永く幸せに続いてくれますように。
そんな事を、今日もいつもと同じように心から祈りながら、今日も幸せな一日を満喫するのであった。
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