6 陥落

 その日はパジャマ替わりに、昔俺が着用していたジャージ一式貸す事にした。

 親が捨てずにとってあったそれは中一の頃に着用していたもので、成長期で急激に伸長が伸び始めて着なくなった代物。これでもまだ大きいかもしれないが、とりあえずは無事使う事ができるのではないかと思う。

 ……そういう訳で、メリーは今入浴中だ。


「……さて」


 このタイミングでやっておきたい事があった。


「……これで番号乗ってなかったら、それはそれで何やってるんだろって感じになるな」


 メリーには悪いが、電話番号が乗っているノートを改めて拝見させてもらう事にした。

 本当に自分の番号が乗っているのかどうかの確認と、乗っていた場合の猶予期間の逆算。

 ざっと目を通して行くが、中々俺の番号は見つからない。

 正直このまま見つかってくれなければと思う。

 そうすれば俺の命は保証される。

 そしてそうなれば、もう少し素直に彼女の存在を受け入れられると思うから。

 もっとも他人が相手なら、俺は殺人を手伝っている事になるのだけれど、それでも。

 それでもそれが俺達双方にとって望ましい事だと、そう思った。

 ……思ったのだけれど。


「……やっぱりあったか」


 現実はそう都合よくはいかなくて。

 しばらくページを捲っていると最終ページ。

 それも一番最後に俺の番号が刻まれていた。


 ……よりにもよって最後だ。

 意味ありげに、一番最後。


 これもまた、明人との会話の中で出てきたいくつもの偶然と同じで、またしても見つかったこの偶然は、俺がターゲットという確信に近い仮説の信頼度を向上させる。

 やっぱり俺なんだ。彼女は俺を狙っている。


「この感じだと……最短で八月中旬って所か」


 メリーが件の力を使えるのは頑張って一日一回。

 ノートに記された電話番号の数と、メリーが毎日動く事を考えれば八月中旬となる。

 そして毎日頑張るとは言っていたが、それでも不定期に頑張れない日があると仮定すれば、実際の所は八月末といった所だろうか。

 正確なリミットは分からないが……とにかく、そこまでにメリーに許してもらう。

 その日が来て相手が俺だと分かった時に、殺さないでもらえるようになるんだ。



 ……きっとこんな悪足掻きはせずに、素直に殺されるのが一番いいのだろうけど。



「……参ったな」


 一つ受け入れた。

 メリーは被害者で俺も被害者。

 彼女を一方的に敵だと認識して接する事を止め、そう認識し始めた訳だが……結果的にそれが引き金となるように。

 堤防が決壊して水が溢れ出すように。

 気が付けば思考の節々にそんな考えが挟まるようになってしまっていた。


 この僅かな時間の間に、明確に自分自身の首筋に刃を突き立てている。

 命を差し出そうとしている。

 ……この短期間でだ。

 それを感じて、改めて思う。

 やはり彼女は人ならざる都市伝説なのだと。

 それだけの力を、意思の強さなんかでは抑え込めやしないのだと。


「……」


 多分今日一日が、抵抗の意思を保っていられる最初で最後の一日になりそうだ。

 寧ろ今の自分にまだ抵抗の意思が残っている事が不思議に思えてくる。

 ……何故だろうか。生存本能という奴だろうか?

 それはおそらく違うのだろう。

 それを削ぎ落されて今がある。

 では、答えは何なのか。


 それを考えていて自然に浮かんできたのはメリーの笑顔で、それがきっと答えだった。


 多分俺が命を差し出せば彼女の復讐は終わってしまって。そうなればどうなるかは明確には分からないけれど、それでもそのまま成仏してしまうような気がして。

 それは始まったばかりの、メリーにとって幸せな生活を終わらせてしまう事と同義で。


 だから俺は踏み止まれているのだと思う。

 犯人に辿り着くまでの間、彼女が最大限幸せな生活を謳歌できるように。

 その為に、彼女の復讐をすぐに終わらせるような真似はしたくないんだ。


 誰の為に。

 ……自分の為ではなく、メリーの為に。


 その答えを明白に出せてしまっている時点で、俺はもう駄目なのだと思う。

 だけど結果的にそれが、俺の為にもうまく作用してくれたのかもしれない。

 ……例え俺の抵抗の意思が潰えようと、勝手に最後まで生きようとしてくれる。

 メリーの幸せを維持する為に動こうとする事もまた、媚を売るという事に繋がるだろう。

 だからきっと、抵抗は終わりなのだろうけれど。

 戦いではないのだろうけれど。


 ある意味で、俺の生存戦略は軌道に乗ったと言えるだろう。


 例え乗っていなくても、メリーが幸せを享受できればそれでいいのだけれど。

 俺の命はこの際どうでもいい。

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