5 夕食

 それらが終わった後、気が付けばもう夕食時の時間となっていた。

 実を言うと夕食の支度などは何もしていない。

 段取りすらも組んでいない。


 本来の予定ならば今日の夕食は明人と適当に済ませるつもりだったのだ。

 金曜日の夕方から土曜日のどこかでゲームが終わるまで、親が仕事で留守な明人宅での完徹ゲーム大会。

 そんな予定で用意している訳がない。

 だからこの日は適当に出前を取る事となった。


「何か食べたい物とかあるか?」


「なんでも良いよ。ほら、何が美味しいかとかは良く分かんないし」


「じゃあ適当に頼むぞ」


 適当にメニューを眺めて、一応写真を見せつつ意見を聞いてカツ丼を注文。

 やがて近くの定食屋のバイトが運んできたカツ丼を前にして合唱。


「「いただきます」」


 お互いそう言って手を合わせてから、カツ丼へと手を伸ばす。


「うわ、これ美味しい……」


「そう思ってくれたなら良かった」


 こう言ってはなんだが、近くの定食屋の味は普通においしいというふんわりした表現が一番しっくりくるような、そんな味で。

 安心はするけど感動したりはしないような、そんな味で。


 そんな味でそれこそ幸せを噛み締めるような表情をメリーは浮かべる。

 本当に、この程度の事で、大袈裟な程に。


 ……そういえばあの時の肉まんも幸せそうに食べていたのを思い出す。

 思い出して……ようやく気付いた。

 辿り着いた。

 対メリーさんの攻略法。


 ……人間ではないメリーは本当にある一定以上の空腹状態では動けないのかもしれない。


 だとすれば早い話彼女から食べ物を奪えば。食べられない状態を作ればそこで活動を停止させられる。

 もしかしたら消滅もしてくれるかもしれない。


 ……となると衣食住を提供して媚を売るという作戦は最善な物ではないのかもしれない。

 何しろ数少ない彼女の弱点を自ら封じる事になるのだから。

 だけどもう今更作戦の変更はできない。


「あはは、なんか涙出てきた。今、幸せだなぁ私」


 ……変更なんてできない。

 今更やる事の方向性を狂わせるという行為は、墓穴を掘るような行為にしか思えない。

 だからできない……そういう理由があるから。

 だけど理由はそれだけではなくて。


「……良かったな、メリー」


 この幸せそうな女の子を、再び辛い目に合わせるのは無理だ。


 そう思った感情は。

 メリーを肯定するような思考は。

 ここに来て抑え込めなくなっていた。


 当然死ぬわけにはいかない。

 殺される訳にはいかない。

 だから抵抗は止めない。

 だけど……もう、どう考えても彼女は被害者なのだ。


 俺自身が加害者だという認識は……自分で自分の首を切り落として差し出すような感情は抑え込めているけれど。

 まだ自分自身は何も悪い事をしていないと自我を保っていても。

 俺個人の認識がどうであれ、彼女が復讐の為にこういう形で現れた程に理不尽な目に会った女の子だという事は変わらないのだ。


 ……ああそうだ、変わらないんだ。


 だから。そんな奴相手に敵意なんて向けられない。

 そんな事は、できない。


「でもこんなの毎日食える訳じゃないからな。明日から料理作るの俺だから。あんまり期待すんなよ」


「期待するよ。すっごく期待する」


「やめろよハードル上げんなマジで」


「楽しみだなー、うん。楽しみ」


 そう言って笑みを浮かべるメリー。

 苦笑いを浮かべる俺。

 ……この場には被害者しかいないんだ。

 互いに理不尽の被害者。

 そう考えれば自分の始めた生存戦略は、自分が思っている以上に妙案だったと思えた。

 多分きっとそれがうまく行けば、これ以上ない平和な解決策だから。

 誰もこれ以上不幸にならない。

 そんな結末に至る筈だから。


「……」


 まだこんな事は考えられるんだ。

 俺の自我はここにある。

 傀儡になんてされていない……筈だ。


 ……とにかく双方にとっていい結果となるように。

 色々と、頑張っていきたいと思うよ。

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