3 幸せの基準値
明人の部屋へと戻った後、俺はメリーと共に明人の家を出た。
当然ながらゲームなどしている場合ではなくて、今やるべき事は彼女を家へと案内する事だろうから。
うまく明人と口裏を合わせて自然な流れに持っていけたと思う。
「そういえばどんな話してたの?」
「まあ色々だよ。いつの間に彼女作ったんだーとか、裏切り者がーとか。そういう話」
全部嘘だ。
そんな不毛な話は一切していない。
この先生き残る為の大切な話をしていたんだ。
「あーそんな事言われちゃったんなら、あんな嘘付かなきゃ良かったね」
「いや、別に良いよ気にしなくて。そんな事で不仲になったりする間柄じゃないから」
そもそもそんな話はしていないから。
「そっか。なら良かった……私を助けてくれるような人には不幸な目になんて会って欲しくないからね」
現在進行形でなっている訳だけど。
当然そんな事を馬鹿正直に答える事などせず、メリーが不快に思わないような配慮をしながら言葉を返しつつ帰路に付く。
やがてしばらく歩くと、俺の自宅が見えてきた。
「俺んちそこだわ」
「あ、お友達の家と近いんだね」
「だから一番仲良いって訳だ」
そして玄関の鍵を開ける俺に、メリーがどこか不安そうに聞いてくる。
「えーっと、将吾の家族って今……というか普段家にいるの?」
「いや、いねえよ。ちょっと長期の出張で両親二人共家空けてる。ああ、ついでに言うと兄弟もいねえな」
「そっか、そうなんだ……」
そう言ったメリーはどこか安堵するようにそう口にする。
「いたら何か問題だったか?」
俺の場合は問題だけれど。
何しろこの突然沸いて出た突飛した状況を受け入れて貰わなければならない訳だから。
「まあそうだね……ほら、多分中々受け入れて貰えないって思うからさ」
図らずしも考えているのは同じ事だったらしい。
「まあ確かにちょっと難しいかもな」
メリーの言葉にそう頷く。
だけど実際の所どうだろうか。
別に居た所で受け入れて貰えるのではないだろうか?
俺も明人もメリーを肯定しないでいられているのは、そもそもメリーに対し疑心を持った上で結果的に敵意を向けるような、そういう意思を明確に持てていたからだと思う。
だけど多分普通にメリーが両親に挨拶をして、感情が肯定するように動かされる事があっても、逆に困惑はしたとしても俺達のように敵意を向けるような事にはならないだろうから。
その感情を拒もうとはしないとは思うから。
それこそ俺のような出会い方ではなく、明人のように感情の操作がピースを埋めたり、意識と記憶の消失といった特異な状況からの接触という訳でもなく。
きっと普通に顔を合わせればある程度受け入れやすい筈だから。
だから案外、何の問題も起きないのではないだろうか?
そうであってくれると、こちらとしては非常に助かる。
もしかしたら二人が帰ってくる可能性もあって、そうでなくてもご近所付き合いがある訳で。
結果的にメリーが人に受け入れられやすいのならそれはいい事だ。
俺自身の感情を蝕み続けている事を除けばだが。
「ははは、だよね……」
「まあとにかく入ってくれ。中でゆっくり今後の事を話そう」
「うん……お邪魔します」
丁寧にそう言ったメリーの前を先導して向かった先はリビングだ。
「とりあえず適当に座ってくれ」
「うん」
そう言って彼女はリビングのソファーの端にちょこんと座る。
姿勢が良い。行儀が良い。
まあだからどうしたのだという話だが。
「何か飲むか?」
「いや、いいよ何だか悪いし……」
「お前これからウチの居候なんだから。謙遜してたらこの先何も飲み食いできねえぞ」
「……確かに。えーっと、じゃあ何でもいいよ。あ、でも苦いのはやだな」
「了解」
つまりブラックコーヒーは無しという訳だ。
ついでにこの先苦い物の提供は禁止。
苦い物は……特にブラックコーヒーなんて本当においしいのに人生損している。
勿体ない。
ああ、人じゃなかったなメリーは。
都市伝説だ……人間じゃない。
俺の敵だ。
そんな事を強く考えながら、とりあえず二人分の麦茶をコップに入れてリビングへ。
「とりあえず麦茶でよかったか?」
「うん、それで。ありがと」
「どういたしまして」
言いながらメリーから見て左手側のソファーに腰を下ろす俺に、メリーが聞いてくる。
「それで、今後の事っていうのは……多分、ルール決め、みたいな?」
「いや、態々そんな事を話し合う必要はねえよ。ある程度常識的な範囲で生活して貰えば多分大丈夫だろ」
「そう……かな? 正直私、結構常識外れな事とかしそうだし……おかしな事してたら教えてよ。直せるような事なら直すから」
「おう」
「それで……じゃあ今後の話ってのは」
「単純にこれからどうしていこうかってのを話すだけだよ」
とりあえずまず最初に何を言っておくべきかと考えた末、話しやすそうな事を口にする。
「まず寝泊りする部屋なんだけどな、二階に部屋空いてるから好きに使ってくれればいいよ」
ウチには殆ど使われていない客間がある。
丁度良いのでそこを使ってもらおう。
そして俺の提案に対し、メリーは少し驚いた表情を見せる。
「え? 部屋まで借りていいの?」
「いや、そりゃ用意するだろ」
媚を売る売らない以前の話だと思うのだが、どうやらその辺は認識が違っていたらしい。
「いや、えーっと。正直雨風防げてご飯が貰えるだけで至れり尽くせりって思ってたから」
どこか困惑するようにそう言った後、メリーは小さく笑って言う。
「ははは……なんか……幸せだなぁ」
「……」
当然、メリーの現状を考えれば衣食住の提供なんかは至り尽くせりなのは理解できる。
その状態から更に部屋まで与えられるというのは、冷静に考えてみればかなり嬉しい事なのかもしれない。
そこに理解は及ぶ。
……及ぶけども、そんなに心底幸福を噛み締めるような笑みを浮かべる程かと。
与えられた事と感じる幸せの度合いが、いささか乖離しているのではないかと。
……そう思わせる笑みを、メリーは浮かべていた。
そんな彼女を見て、直観で感じ取る。
メリーは幸せの基準値が低いんだ。
これは俺にとってとても好都合な事に思える。
つまり彼女からの信頼を得やすいという事になるから。
だけど湧き上がってくる感情がもう一つ。
……こんな事でそんな表情を浮かばせるに至らせた事への罪悪感。
今こうして幸せそうな表情を浮かべている女の子を焼き殺したという事実への罪悪感。
罪を償わなければならないという自責の念。
……それらは必死に抑え込んだ。
正直、気の毒だとは思う。
思うけれど……俺は何も悪い事なんてしていない筈だから。
殺されなければならない事なんてしていない筈だから。
「……ありがとね、将吾。本当にキミにはなんてお礼を言ったらいいか分からないよ」
「……気にすんなよ」
ああそうだ、気にするな。
俺は悪くない。
俺は悪くない。
俺は悪くない。
……誰も悪くなんてない筈だ。
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