2 情報共有

 念には念を入れるように近くの路地裏に足を踏み入れた所で明人は俺に聞いてくる。


「で、早速だがどういう状況だ」


「……やっぱりお前、無理矢理話合わせてただろ」


「正直あの状況はあまりに異質だと思ってな。事を荒立てるべきではないと思った」


 明人は一拍空けてから言う。


「まずいつの間にか意識を失って、加えてお前とゲームを始めた辺りからの記憶が完全に抜け落ちている。この時点で既に普通に考えてあり得ない非現実的な事が起きている訳だろう。そういう状況だと認識した。それだけでも十分に異質で……そして、そんな状態で放置されていた事がおかしさに拍車を掛ける」


 明人はまず俺の目を見て言う。


「お前なら……いや、お前でなくても、普通は俺が意識を失って倒れれば救急車を呼ぶとかそういう処置をしてくれると思う。少なくともそれをせずに人の家に勝手に訳の分からない奴を上げるような真似はしない筈だ。そうだろ?」


「まあ、そうだな」


「つまり俺はあの子が何かしらの関与をしているとみた。実際その、なんだ……少々大森君のようなベクトルの話をする気がするが、感情を操作してくるような非現実的な事をあの子にされている感じがしたんだ。誰かも分からない女の子が部屋にいる事を肯定しそうになるばかりか、お前に彼女がいる訳がないのに。あの時もそう思っていた筈なのに、そうかもしれないと考えてしまったり」


「いる訳無いはとんでもない失礼では?」


「お前の性格上、もしできれば絶対に自慢する。してないという事はそういう事だ」


「……すげえ説得力」


 流石俺の親友。


「それでまあ、あまり大森君の様な事は言いたくは無いのだが、何かしらの不思議な力が働いたのだと思った。働かせる力があるのだと思った。そうでなければ説明できん……できんが将吾。俺は結構無茶苦茶な事を言っている気がするが、ここまで付いてこれているか?」


「大丈夫だ。付いていけるような事が、お前の無くなっている記憶の時間にある訳だから」


「やっぱりな……では話してくれ。無くなっている記憶の時間云々の話を違和感なく受け入れられる位には、今の俺なら何でも受け入れられそうだ。忖度無しで教えてくれると助かる」


「分かった。とりあえず……一通り説明するよ」


 そして俺は、俺とメリーの事。

 それから俺達とメリーの事を説明した。

 その説明を黙って聞いていた明人は、全てを聞き終えた後納得するように言う。


「なるほど……厄介な事になってるな」


「一応確認するけど、全部信用して貰えた感じかこれ」


「普段の俺ならまず信用しない話ではあるが、忘れている時間の俺もそう感じていたように、感情を誘導してくるような不思議な力は確かにあって、加えて最早必然としか思えない偶然の数々もある訳だ。信じるさ、俺は」


「そっか……ありがとう」


 明人がそう言ってくれて心から安堵できた。

 この理不尽で最悪な状況は、一人で抱え込むと気が滅入るだろうから。

 せめて誰か一人だけでもいい。

 自分と同じ価値観で同じ物事を共有できる誰かが居て欲しかったから。

 明人の存在は本当に救いなんだ。


「……で、将吾。お前はこれからどうするつもりだ?」


 明人が聞いてくる。


「話によるとお前は萎縮して戦えなかったとの事だが、仮に戦えていても相手は瞬間移動から金縛りに、意識を落とし記憶を抹消する力まで使うのだろう? 真正面から対処するのは難しそうな訳だが」


「分かってる。だからひとまずは媚を売ってみようと思った」

「媚を売る?」


「ああ。それでメリーが殺意を向ける対象から外れる。要はその時が来た時に許してもらえるような関係性を作ろうって訳だ」


「なるほど……正直媚を売る作戦はお世辞でも格好良いとは思えないが、確かに現状取れる策としてはベストな物だろう」


「だろ? で、それをしながらそれ以外の解決策も模索していく」


「その方がいいだろう。相手は恨みを晴らす為に存在しているような存在なのだからな」


 そう言った明人は一拍空けてから言う。

 言ってくれる。


「とにかくやれるだけの協力はしよう」


「……マジで助かる。ほんとありがとな」


 本当に感謝してもしきれない。


「そう思うなら今度飯でも奢ってくれ」


「分かってるよ。言われなくてもそのつもりだ」


「ならいい……では戻ろうか。あまり長く離れると怪しまれるかもしれん」


「そうだな。とりあえず言わなきゃならねえ事は一通り言ったし」


 そう言って俺達は踵を返す。


「ところで将吾。お前は媚を売ると言ったが、具体的にまずどうするつもりだ?」


「アイツに衣食住を用意する所からだな。丁度親父も母さんも出張行ってて好都合だし」


「なるほど、妥当ではあるが……なんだか危険な香りがするな、色々な意味で」


「色々ってなんだよ色々って」


「まさしく色々だよ」


 そんなやり取りを交わしながら、俺達はメリーの待つ部屋へと踵を返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る