7 戦いの始まり
「……それにしても、こうしてみるとお前の話、全部本当だったんだな」
「話って?」
「さっきお前と会った時言ってただろ? 自分の身の上の話。それで今何をしようとしているのかって奴……実を言うとさ、俺はあんまり信用してなかったんだ。まあ色々と大変な事になっているのは間違いないとは思ったけど……まあ、呑み込めたのはそこ止まりで」
「あーうん……まあ、冷静に考えれば信用されなくても仕方ないと事だとは思うよ」
「でも今は信用している」
信頼はしていないけれど。
そして俺はそんな相手から身を守る為に、藁に縋る一手を打つ。
「実際にこういう事をやって見せた今なら、お前が言っていた事が全部本当の事なんだって分かるよ。だから……協力させてほしい」
「協力?」
「ああ、協力だ」
そう言って俺は平然な顔を浮かべる努力をして、嘘を紡いでいく。
「お前の話が本当なんだとしたら、正直俺はお前に同情するよ。あの時のお前を見てたらお前にとって本当に辛い事だったんだろうなって思うし、お前の復讐は成就されるべきだとも思う。だから……大した事は出来ないかもしれねえけど、協力したい」
お前の復讐を成就させない為に。
復讐するという選択肢を奪い取る為に。
吉崎将吾という人間を、メリーの復讐の対象から外す為に。
最大限の媚を売り付ける為に協力する。
これが見付けたか細い糸。
縋りつく藁。
俺にできる最低にして最大限の生存戦略。
「……駄目だよ。私のやろうとしている事は、まあ……どれだけ真っ当な動機を並べても人殺しだから。そこに親切にしてくれた将吾を巻き込むなんてできないよ」
メリーはそう言って断ってくる。
そんなメリーに一瞬、大丈夫だと。
それでも協力すると伝えようとした。
今目の前の明人が生きている時点で、メリーが無関係な人間を殺す事は無いという事が明白となっていて。
だとすれば他ならぬ俺自身がターゲットな今回の一件に協力しところで、俺が他人を殺すことに関与する事は無い。
だから躊躇わずにそう答えられると、そう思いはした。
思いはしたが、そこで辛うじて踏み止まった。
だってそうだ。
本来関係の無い相手の復讐を手伝う。いわば人殺しに加担する事を、断られても進んでやろうとする奴なんてのは、常識的に考えて頭がおかしい。
イカれている。
故に多分現状、それ以上先に進んで与えるのは不信感や嫌悪感なのだと思う。
だとすれば、断られたのならそこまでだ。
そこより先へは進めない。
だけどここで折れる訳にはいかないから。
「元々復讐そのものを手伝う事なんてできねえよ。言っただろ? 俺には大した事はできないって。お前に正当性があっても俺にはない。お前は被害者の立場で動けても、俺が動けば加害者以外の何者でもねえ。だから協力するっていうのは、もっと一般的にやれる事でだよ」
そして俺は、やるかもしれないと思っていた事の中から、直接的に復讐行為に関わりそうな事を省いてスマートにした事を。
そもそも当初の考えで俺が協力した場合、やるであろう事の大半を占めるそれを口にする。
「俺が協力するっていってるのは、衣食住。そこら辺位はどうにかしてやるって話だ。お前、多分だけど住む所もなければ飯食う金もねえだろ。そこら辺を俺が担う」
もっともこれから殺人を行おうとしている相手の住居を用意するという事は、一般的な法律の観点で言えば何かしらの罪状が出てくるのかもしれないけれど、事メリーの中の心理的印象で考えれば、大雑把に提示した提案よりも良い物と映る筈だ。
それにそもそもメリー一人で解決できる復讐行為とは違い、こちらは明確に欲しい協力の筈だから。きっと先とは違った答えが聞ける筈だ。
「……でも、それにしたって悪いよそんなの」
予想通り殺人に巻き込む事への懸念ではなく、口にしたのは単純な謙遜。
手応えがある……行ける。
「でも実際問題、何か考えがある訳じゃないんだろ?」
「う、うん……まあ、そうだけど」
「だったら結局どこかで誰かに迷惑は掛ける。だとすりゃこうして、そうそう人に信じてもらえないような境遇をしている事を把握している奴が、その面倒を被るべきだとは思わないか? それに……俺は別に面倒だとは思っていない。お前の事を応援してやろうかなって決めた訳だし……どうだ?」
そうやって白々しく、思ってもいないことを考えて積み重ねた。
……さあ、どうだろうか。メリーはどう返してくる。
乗ってくれれば非常に助かる。
面倒で恐ろしくて仕方がないが、メリーの住まいを確保するという選択肢は媚を売るだけではなく監視もできる。
媚を売って何とか解決するなんて不確かな策を取らずとも、解決できる糸口を見つけられるかもしれない。
……だから、頷いてくれる事を祈った。
「……」
そしてメリーは少し考えるように間を開けた後、やがて答える。
「……迷惑だったり邪魔だなって思ったら、いつでも追い出してもらってもいいから……お世話になっても、いいかな?」
「ああ、勿論」
そう答えて俺は笑みを浮かべる。
うまくいった。
うまくいったうまくいったうまくいった。
……うまくいってくれた。
「えーっと……ありがとね、将吾。短い間だろうけど、お世話になります」
そう言ってメリーも笑みを浮かべた。
こちらの事なんて何も疑っていないような、純粋無垢な透き通った綺麗な笑みで。
自分が焼き殺した相手を、何の疑いもなく信用してくれているんだというような笑みで。
……その笑顔を見ていると、心の奥底から急速に罪悪感が湧き上がってくる。
罪悪感が、自分のやった事を目の前の無垢な少女に白状しろと迫ってくる。
メリーになら殺されてもいいだなんて、自殺願望染みた感情まで湧いてくる。
「……将吾?」
「いや、大丈夫。何でもないよ」
湧き上がってきた感情を必死に抑え込んで。
メリーを敵だと強く認識して。
そうやって何とか自意識を保つ。
……負けるな。
死にたくないなら打ち勝て。
どんな事をしてでも、この一件を生きて切り抜けろ。
そうする為にも笑え。
胸の内を晒しかねないような、自然と浮かんでくる暗い表情はコイツの前では抑え込め。
必死になって取り繕え。
そうやって、必死に自分に言い聞かせた。
始まってしまったメリーさんとの戦いで、最後に心から笑う事ができるように。
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