6 都市伝説との再会

 そう認識すれば、払拭できない迷いや躊躇いの感情を抑え込む力を強くする事ができた。

 偶然を積み重ねたが故の必然、確信とは違う。

 実際に瞳に焼き付けるようにそんなものを見せられれば。

 心の底から目の前の存在の脅威を実感できれば。

 防衛本能が全部抑え込む。

 恐怖心以外の体を縛る感情を、全て抑え込む。


「……ッ」


 手足が震えていた。

 突然何も無い空間から現れるような化物に。

 いずれたかだか人形を捨てた程度の行為で理不尽に自身を殺しに来るであろう化物に。

 恐れ戦いていた。

 故に、金縛りにあったようにその場から全く動かなくない明人の後頭部に向けて右手を伸ばすメリーに対してバットを振るう事も。

 声を上げる事もできなかった。


「……違う、か。この人じゃない」


 まだ俺に気付いていない様子のメリーはそう言った後、どこか申し訳なさそうに言う。


「ごめんね。突然こういう事をされて凄く迷惑だと思うし、怖い思いもさせたと思う。でもね、そうさせてる私が言っても信用無いかもしれないけど、安心してよ。これ以上の危害は関係のないキミには与えない。今あった事だってさ、綺麗に全部忘れられるから」


 そう言ったメリーの右手が淡く光る。

 すると明人の体が、操り糸でも切れたようにその場に崩れ落ちた。


「うわ、危なっ!」


 メリーはそんな明人の体を支えるようになんとか受け止めると、ゆっくりとその場に寝かせ始める。


「……うん、駄目だ、もっと丁寧にやらないと。もう危害を加えないって言ってるのに怪我なんかさせたら最悪だよ」


 そして慎重に明人を寝かせきった所で……ようやく自身の背後に、バットを持って立ち尽くしていた俺に気付いたらしい。


「ってうわっ! しょ、将吾!? びっくりしたぁ、何で此処に……というかそのバット……」


 こちらの存在に、しかも鈍器を手にしている所で気付かれて。

 果たして今の自分はどういう行動を取るべきなのか。

 混乱して頭が回らなくて、何の答えも出てこない。

 何もできずに、変わらず立ち尽くす事しかできない。


「……そっか」


 メリーが何かを察したようにそう口にする。

 背筋が凍った。


 こちらが殺意を向けている事を、ほぼ間違いなく人を殺せるだけの力を持った化物に知られたのではないかと。

 もしかしたら何かしらの要因で俺が殺すべき相手だと把握したのではないかと。


 とにかく、殺されるのではないかと。背筋が凍って手足の震えも止まらない。

 だけどメリーは、こちらに対する敵意や殺意などを感じさせない優し気な表情で言う。


「この人は将吾の友達で、将吾はこの人を助けようとしてたんだ。そりゃ意味の分からない電話を掛けながら友達に訳の分からない誰かが近づいてきたら守ろうとするよね……将吾は優しいから」


 どこか納得するようにメリーはそう言う。

 的外れだ。

 いや、全く的外れだった訳ではないけれど……それでも半分以上は自衛だ。

 自分の命を守るために、明確にメリーさんという都市伝説に対して殺意を向けていた。


 ……今も、その殺意を保とうと、湧き上がってくる感情を抑え込んでいる。


 抑えなければ飲み込まれる。

 明確な敵意を持った今だからこそ、より鮮明にその感情を消し飛ばそうと。

 上書きしようとしてくる大きく強い感情を明確に認知できる。


 湧き上がってくるのは罪悪感だ。


 俺がメリーという女の子を焼き殺したのだという罪悪感。

 そしてそれに対して償うべきだと良識に訴えかけてくる。

 つまりは抑え込まなければ、首を差し出す事と同義だった。


 自身の命を投げ出す事と同義だった。


 だけど投げ出すわけにはいかないから。

 死にたくなんてないのだから。

 俺はとにかく、彼女が口にした発言を肯定し、自身の立ち位置を確立させに向かう。


「あ、ああ。まあ……そういう事に、なるな。前に聞いた話で、そういう電話が何度もなったら最終的に殺されるみたいな話があって……だとしたらなんとかしねえとって」


 俺はバットを置きながらそう答える。

 鈍器なんていらない。

 持っていても無駄だ。

 こんな訳の分からない超常現象を起こす奴に対して、こんな物を持っていてもあまりに貧弱すぎる。

 このやり方じゃ勝てない。

 勝てる気がしない。


 ……故に今は取り繕わなければならない。


 自身が生き残る為の方法を探すために。

 それまで彼女に殺されないように。

 俺が彼女の味方であると誤認させなければならない。


「……そっか。なら安心してよ。この人にも言ったけどさ、関係の無い人にこれ以上の気概は与えないよ。だから……うん、もう大丈夫」


 そう言った彼女は苦笑いを浮かべて続ける。


「でもまあ……怖いよね。突然こんな風に現れたら。ごめんね」


「あ、いや……」


「手が震えてるよ。将吾は私の事が怖いんだ」


 ……当然だろう。

 そんな力を持っている奴に、命を狙われているのだから。

 怖くない訳が無い。

 そして彼女は一拍空けてから少し寂しそうな笑みを浮かべて、俺に言う。


「でも大丈夫だよ。ちょっと寂しいけど、私の力を使えばこの人みたいに、私の事なんて綺麗に忘れられる。そうすれば……もう怖い思いをしなくても大丈夫だよ」


 その言葉を一瞬受け入れそうになった。

 命を狙われている。

 それ故に沸いてくる恐怖心。

 そこからの解放。

 それが魅力的でない筈がないのだ。

 ……だけど。


「ま、待ってくれ!」


 命を狙われているが故に、その申し出だけは受け入れる訳にはいかなかった。


「大丈夫だ、消さなくても。ああ、そうだ、俺は大丈夫だから」


「ほ、本当に?」


「あ、ああ。だから消さなくてもいいし、今後も見かけたら話し掛けて貰っていいからな」


 だってそうだ。

 全部忘れれば……何もできないままその時を迎える事になる。

 それだけは避けなければならない。

 記憶。

 そして偶然か必然か生まれた彼女との関係性の保持。

 現状何もできないとしても、今後の事を有利に運ぶ為にもそれだけは壊す訳にはいかない。

 彼女にとって、そういう心配を掛けてくれるような友好な関係を保ち続けるべきだ。


 ……友好な関係を。


 そう考えて、辿り着いた。

 現状俺にやる事ができる対処法。

 藁にも縋るような解決策を。

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