5 都市伝説迎撃作戦
「は? メリーって……え、嘘だろ?」
「嘘だと言いたいが本当だ。一語一句違わず女の子の声でそう言われた」
そう言う明人にいたずら電話だろうと言おうとした。
実際明人の語った都市伝説のようなものは現実には起こり得ないものの筈で。
それに実際に適当な番号に掛けてそんな事を言いそうな奴と今日会って来た訳で。
だから偶然かかってきたいたずら電話な筈で。
多分普段の明人でもそう答えるだろう。
だけど俺達は二人共そうやって流そうとせず、怪訝な表情を浮かべていた。
そして互いにそんな表情を浮かべながら押し黙り、やがて静かに明人が言う。
「……まず初めに謝っておく。お前の言っていた感情の誘導。それは現実的に起こり得る。今まさに俺の身に起きた」
「……ああ、別にいいよそんなの気にしてねえし。それよりこっからの事を考えようぜ」
「……そうだな」
俺の言葉に頷いた明人は一拍空けてから言う。
「とりあえず互いの認識を統一しておこう。今の電話はイタズラ電話ではなく、普通にヤバイ電話の可能性が高い。ついでに言えばお前が今日会ったメリーという女の子は、その子の言う通り人間ではなく、冗談抜きで都市伝説染みた存在かもしれない。それでいいか?」
「ああ、それでいいと思う」
明人の言葉に頷く。
悲劇のヒロインへの自己投影。
中二病。
大森君と同類。
そうした今までの話で出た結論を覆す様な、非現実的な発言。
「俺も同じ認識だ……そう重ならねえだろ、こんな偶然」
感情の操作。
露骨に作為的に行われたそれがメリーさんという都市伝説に関係のあるものなのかは分からないけれど、そんな非現実的な現象が俺と明人という狭いコミュニティの中で短期間で起きていて。
恐らくメリーさんの電話をベースとした何かをしている、話していると感情が操作された感覚に陥る女の子がこの近くにいて。
そしてメリーさんと名乗る誰かが、何万通りじゃきかない程の薄い確率を潜り抜け、明人のスマホへ着信を入れた。
これは偶然で起こり得る確率なのだろうか?
メリーさんという都市伝説が、ターゲットがある程度近くにいるあの場に実際に現れ、何かしらの力でノートに刻まれた番号に電話を掛けた。
こんな無茶苦茶な話は偶然の壁を超えるには十分なのでは無いだろうか?
そして俺達の認識が一致しいていると判断できた所で、再びスマホに着信。
「非通知か?」
「非通知だ。しかも相変わらず通話に応じるように感情を持っていかれる……とりあえず音声をスピーカーにする。聞いてみてくれ」
「……分かった、それで頼む」
そして明人は通話に応じる。
「……もしもし」
『私メリーさん。今郵便局の前に居るの』
「……ッ!?」
一致した。
あの時あのコインパーキングで出会ったメリーと同じ声。
それがただでさえ信用するに至っていた都市伝説の信頼度を底上げしてくる。
そして通話を切った明人は、俺の表情を見て言う。
「どうやら……一致したらしいな」
「間違いねえ……俺が会った女の子の声だ」
「なら尚更早急に対策をしなければならなくなった訳だ」
明人はそう言って立ち上がる。
「おい、明人。何するつもりだ?」
「迎撃する」
そう言って明人が手に取ったのは、部屋の隅に置かれていた金属バットだ。
それを使って何をしようとしているのかは明確に理解できる。
今電話を掛けてきたメリーさんという都市伝説を迎え打つ。
乱暴なようで相手が人間ではなく命が掛かっているが故に正当に思える。
そういう行為。
……ああ、そうだ。
正当に思えた。思えていた筈だ。
例え直接会って話した様な相手だったとしても、それでも確かにそう思えた筈だ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ明人!」
だけど気が付けば明人を止めようとしていた。
一度会って話をしたメリーにそれが振り下ろされないようにと動く。
そうなるに至る様な感情が掌を返したように沸き上がって来た。
今まで感情を操作されてきたのと同じ様に。
「なんかこう……うまく話し合いとかで止められないか? 一応俺一回会ってる訳だし……少し位なら話だって――」
「それは最初から考えていた事か? ……違うだろ。顔見れば分かる。沸いてきたんだ、そういう感情が」
そう言った明人は少し深刻そうな表情を浮かべて言う。
「俺だってそうだ。今まさに俺自身に危機が迫っているのに抵抗感が沸いてきている。メリーさんのやろうとしている事を肯定するように。初めから明確に敵意を向けていなければバッドを投げ捨てそうになる」
「……」
確かにその通りだと思った。
俺もあの時会ったメリーという女の子が高確率で危険な存在だと認識しているからこそ、明人を口頭で止めようとするに留まっている。明人の言葉を受けて止まるに至れている。
「沸いて出た感情を一呼吸置いて整えた方が良い。そうすれば分かる筈だ。そうすれば何とか自分の正しい感情を認識できる。認識して改めて理解も出来る。人を殺す為に現れた人間ではない何かを説得でどうこうするなんて事は無理なんだという事は」
だから、と明人は言う。
「できる事ならお前も加勢しろ。正直俺自身も危険な状況ではあるが、今こうして対策をするという話が事前に出来ている状況で倒しておかなければお前が危ない」
「……お、俺がか?」
「ああ」
今電話が掛かってきているのは明人だ。
だとすれば本人も最初に言ったように明人が危ないのは理解できるが、どうしてそこで俺の名前が出てくるのだろうか?
言葉の意図が読めない俺に、明人は真剣な表情で言う。
「正直俺は危ない可能性があるというだけで、メリーさんが勘違いで手あたり次第相手を殺すような奴でなければ大丈夫だと思っている。何しろ俺はメリーさんを焼き殺したという犯人像と殆ど関連性が無い」
「……確かに」
メリーさんはあのアパートの住人に焼き殺されたみたいな話をしていた。
だとすればずっと今現在俺達がいる一軒家。黒沢家の実家に昔からずっと住んでいる明人はそもそも確実にターゲットではないのだ。
だから恐らく大丈夫。
だけど俺は危ないと認識されている……つまりだ。
「まさか明人、俺がメリーさんに狙われてるって言いたいのか?」
「俺は正直その線が濃厚だと思っている」
そう言う明人の表情からは、適当な事を言っている感じは伝わってこなくて、何かしらの判断材料があってそう語っている事が伝わってくる。
……判断材料。
「……俺が昔あそこにあったアパートに住んでたからか?」
「住んでいて、タイミングも一致しているだろ」
「いや、確かに一致はしてるけど……」
「場所とタイミングの一致。それだけでも判断材料としては十分だ。それに加えて偶然にも今日お前が直接遭遇し、あまりにも薄い確率をすり抜けて、お前の友人である俺の元にこうして電話が掛かってきた訳だ。これだけの偶然も重なれば必然に近い物になってくるんじゃないか?」
「……ッ」
言われて寒気がした。
それだけの事を並べられると、急に今回の一件が俺を中心に回っているように思えて来て、それ故に俺がメリーさんのターゲットなのではないかと真剣に考えてしまう。
……だけどだ。
「……で、でも、ちょっと待て」
最も重要な点を俺は満たしていない。
「俺は人形燃やすみたいな頭おかしい真似はしてねえぞ? ましてや小三の行動力で火ぃ使って何か燃やすみたいな事してたら軽く騒ぎだわ。してたら絶対覚えてる」
「まあ……確かにそうだな」
「だろ? つーか、女の子が化けて出てきそうな人形とか持ってなかったよ男だし。そんな機会ねえだろ」
言いながら心中で胸を撫で下ろした。
とりあえず最も重要な点で俺は無関係だ。
そう認識できれば例え何かの縁で俺がメリーの行動指針の近い所に居たとしても、最悪な状況には至らないと、そう思えたから。
だが明人はどこか納得しきれていないようで、改めて問いかけてくる。
「……本当にそうか?」
「いや、だからそうだって……」
「例えば人形かそれに準ずる物を、燃えるゴミか何かで出した記憶とかないか? 燃えるゴミに出してれば行きつく先は焼却炉だぞ」
「いや、だからそもそもそういう人形なんて持ってな――」
言いながら、脳裏に昔の記憶が過った。
割と些細な記憶で、完全に忘れさられていた記憶。
人形。
小三。
燃えるゴミ。
そうしたパーツがある程度揃わなければ、まず掘り起こされないであろう記憶。
「……ぁ」
だからこそ、それ以上の言葉が出てこなかった。
「……身に覚えがあるのか」
「……あった」
俺はそう言って頷いて、記憶を辿りながら続ける。
「確かその時期にさ、漫画雑誌の懸賞に応募したんだよ。ゲームソフトが欲しくてさ。だけどまあ、その時早とちりして番号一つズレたの書いてて……」
「結果当選して届いたのが女の子向けの人形だったと」
「……まあ、そういう事になるな。届いた当日に燃えるゴミに捨ててる」
「なるほど。でもなんで燃えるゴミなんかに捨てたんだ。分別的にもおかしい気がするし……その、なんだ。間違って届いたにしても、捨てる前に色々とあるだろう?」
「あーまあ、今同じ事がありゃ、何かしら違う事してると思うんだけどさ……昔じゃん。小学校中学年だぜ? それに……まあ、タイミング悪かったし」
そうだ。おそらく当時の俺でも、タイミングが悪くさえ無ければもう少しまともな判断を取れたのではないかと思う。
結果導き出される判断がどういう物なのかは分からないが、届いてすぐに燃えるゴミに突っ込むような真似はしなかったと思う。
「何があったんだ?」
「友達が来てた。意気揚々と箱開けたら中身がそれでさ、笑われて……そこからは勢いで」
「なるほど。まあ突然そんな女の子趣味な物が出て来たら笑うな。俺でも笑う」
納得したように明人は頷いた後、改めて深刻そうな声音で言う。
「これはもう……数え役満ってところだな」
「……」
……何も言い返せなかった。
メリーさんという怪異が実在する前提で考えて、そういう事が全く同じタイミングで行われたのだとすれば……もう殆ど確定だ。
俺はメリーさんという都市伝説に命を狙われている。
そしてそう認識した瞬間だった。
再び明人のスマホに着信があったのは。
「駅前と来て郵便局と来た。となればもう相当近くに来てるんじゃないかと思うが」
言いながら明人はスピーカーで通話を繋ぐ。
『私メリーさん。今あなたの家の前に居るの』
家の前。もうすぐそこにいる。
そう考えると嫌な汗が溢れ出てくる。
「玄関は施錠してある。だが多分無意味だろうな……つまり次の電話が鳴ったら開戦だ」
「……ま、マジでやるのか?」
「突然この部屋に入ってくるような奴相手に、やらない理由なんてないだろう。メリーさんじゃなくても強盗みたいなヤバい奴だ」
「……ああ、そうだな」
それに対しても反論できなかった。
抵抗感はある。
自身や明人を止めようとする感情の動きもある。
だけどもうこうなった以上、何もしない訳にはいかないから。
……何よりも自分達の命が一番大切だから。
だから軽く一呼吸置いて、覚悟を決めた。
気持ちを切り替えた。
ここから先……メリーは俺の敵だ。
「明人、他に武器になりそうな物あるか?」
「顔付きが変わったなお前……その調子だ」
俺の表情を見てそんな言葉を漏らした明人は、一拍空けてから言う。
「……そうだな、何か……いや、碌な物がないな。すまない」
そう言って明人は手にしていたバットを俺に手渡してくる。
「お前が使え」
「いいのか?」
「考えてみれば俺はスマホを持って片手が塞がる。それにメリーさんは相手の背後に現れるパターンが圧倒的に多い。だから俺の後ろに現れた所を更に後ろからお前がやる。これが一番合理的だ」
「お、おう……」
「しくじるなよ。俺も危ないが、それ以上にお前が助かる為の数少ないチャンスなんだ」
そう明人が言った時、再び着信が掛かってきた。
最早聞かなくても、誰からの着信かは容易に想像が付く。
「やはり家の前まで来ているだけあって早かったな。非通知……時間だ。俺がこの通話に出たら、俺の後ろにメリーさんが現れる筈だ……じゃあ、出るぞ」
「……おう」
明人が通話に出る。俺はバットを強く握る。
そしてスマホから流れてくる通話音。
『「私メリーさん。今あなたの後ろにいるの」』
突然何もない空間から現れた女の子から……メリーから聞こえてしまった声音。
「……」
ああそうだ。メリーがそこにいた。
少し前にコインパーキングで話した女の子が。
俺と明人でメリーさんという都市伝説だと断定していた女の子が。
想像した通りの非現実的な超常現象を起こしてそこにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます