4 非通知と強迫観念
理解し難い経験という奴はそう簡単に脳裏から消えるような物ではなくて、それが自己完結できないような事ならば誰かと共有したいと思うのが人間の性で。
「……で、まあそういう事があったんだよ」
メリーと名乗った少女との邂逅の後、元より遊ぶ約束をしていた親友の黒沢明人の部屋を訪れ、先程あった一件の事を口にしていた。
ゲームのコントローラーを操作しながら軽い相槌を交え、とりあえず最後まで聞いてくれた明人は言う。
「なんというか、奇怪な奴と出会ったものだな。まるで大森君みたいじゃないか。いや、大森君ベースにヤバそうな家庭環境とか、将吾の感じた不可解さを加味すると、さしずめネオ大森君という所か」
「そんなとこ……なのか? というかこの場合ネオ大森ちゃんの方がしっくり来ないか?」
「それだと中二病に加え女装癖まで完備した大森君イメージするから却下だ」
「……お、おう」
まあそんなどうでも良い話はそこまでにして、明人はどこか深刻そうな表情で言う。
「……しかしまさか、お前まで大森君みたいになるとは思わなかった」
「あ! お前今の話全く信用してねえな!」
「いや、全部信用していない訳ではないぞ? 誰かと会ったのは多分間違いないんだろうよ。だが……お前の感情云々という奴は流石に信用しろという方が難しいだろう」
明人はコントローラーを置いて言う。
「不可解に感情を誘導されるとか、そんなのは優秀な詐欺師やメンタリストでも無理だ。そういうのは段階踏んで論理的に相手の感情を誘導していく筈だ。お前が言ってるような事は、言っちゃ悪いが森崎君が右手が疼くと言っているのと同じ様な事に思えるよ」
「いやほんとなんだってマジで!」
「はいはい凄いなお前は。目覚めたんじゃないか? その……何かにな」
そう言って明人は笑う。
どうやら信用してくれる気は全くないらしい。
だけどそこは信用してくれなくても、それでもそれ以外の話はちゃんと聞いて考えてくれたみたいで、やがてひとしきり笑い終えた後少しだけ真剣な声音で明人は言う。
「だがお前がその子の事を心配してるのは本当なのだろう? それに関しては気休め程度にしかならないかもしれないが、俺から一つ言える事がある」
「言える事?」
「ああ。確実ではないかもしれないが……多分その子は大丈夫。お前の考えすぎだ」
「いや、でも何かしら抱えてるの分かるレベルなんだよあの子の表情とか声は」
「それに関しちゃ非科学的な事が起きてる訳じゃない。信じてるよ。だから普通の子がそんな感情を乗せてくる様な事をすれば、多分ヤバい奴だって俺も思う」
だけど、と明人は言う。
「その子はまあ、なんというか……悲劇的な何かを演じている訳だ。そこに深い自己投影をした結果がその感情だろう。乗るべくして乗せた感情ではないのか?」
「いや、でも……演技とかそういうのには見えなかったんだけどな」
「では聞くが、超演技派の俳優が感情を物凄く乗せた演技をしたのを見て、お前はそれを作り物だと感じるか? ほら、この前の夜やってた映画の主演女優とか凄かっただろう?」
「あ、ごめん、見てねえ」
「え……そ、そうか……じゃあ今度DVD借りて観ろ。名作だぞ」
「お、おう」
まあそれはともかく、と明人は続ける。
「演技のように見えないからって演技じゃないなんて否定はできない。だから詐欺とかも無くならないんだろ」
「まあ……言いたい事は分かるよ」
「じゃあつまりそういう事だ。実際役者の世界にはメゾット演技っていう、本気で役に没頭できる技法みたいなものもある位だ。限りなく本物に近い感情は乗せられる。その子は昔の持ち主に焼き殺された。そんな非現実的で意味の分からない役所に本気で深い自己投影してんだろ」
そういう事で良いのだろうか。
「まあ大体真相がどうであれ、他人の家庭環境なんて簡単に俺達みたいな他人が踏み込めるような物ではない。踏み込んで良い物でもない。お前が深く関わる必要なんてないだろう」
「……ああ、そうだな」
分かってる。それは分かっているんだ。
真相がどうであれ、踏み込める話じゃない。踏み込んで良い話かどうかも分からない。
……だけどそれでも、何故か沸き上がってくるんだ。
なんとかしてあげた方が良いんじゃないかっていう感情が。
「……本当に分かっているか?」
「分かってるよ」
「……そうか。ならいいが」
俺の心境を知ってか知らずか、明人はそう言って追及を止める。
そして改めて疑問を口にし始めた。
「しかしなんでその子、リアルに辛くて泣くような物に自己投影しているのだろうな?」
「……確かに」
言われて改めて考えてみるが、大森君の様な中二病と同列に考えるのは難い気がする。
「考えてみりゃ大森君なんかは多分楽しんでやってんだもんな。だとすりゃメリーはなんかその辺対極というか……絶対楽しくないだろアレ。辛くないか? 辛い事自分からやる?」
「悲劇のヒロインに酔うという考え方もある。多分その子のやっているのはメリーさんの電話のオマージュだ。あれもまあ人形サイドからすれば悲劇からの復讐劇みたいなものだし、つまりはそういう事なのかもしれん」
「メリーさんの電話?」
「知らないのか?」
「ああ、なんか聞いた事はある気がするんだけど……なんだっけ」
「怪談系の都市伝説だよ。それなりに有名な」
明人は一拍空けてから言う。
「色々パターンはあるがな、有名所をざっくり説明すると、人形を捨てた持ち主の元にメリーさんと名乗る女の子から電話が掛かってくるんだ。今ゴミ捨て場にいるやら、公園の近くにいるやら。段々と近づいてくる訳だ。で、最後には「私メリーさん。あなたの後ろにいるの」みたいな感じの電話が掛かって来て、大体殺される。そういう都市伝説」
「なるほど。電話帳やら焼き殺されたやら、色々アレンジは掛かってるけど、それっぽいな」
「ああ。やっていても絶対楽しくはないだろうから、俺の提唱する悲劇のヒロインに酔っているに一票だ」
「じゃあとりあえず俺も一票」
と、そんなやり取りをしていた時だった。
「……ん?」
明人のスマホに着信が入った。
「悪いちょっと電話出るぞ」
「お前んちだしご自由にどうぞ」
俺がそう返したのを聞いて、明人はスマホに手を伸ばす。
だが画面に視線を落とすばかりで、中々出る素振りを見せない。
「……どうした?」
「それがな、非通知なんだ。この流れで」
「この流れで非通知とか、まさか相手メリーさんっていう都市伝説じゃねえの?」
冗談半分でそう言うが、とりあえず諭すように明人に言う。
「まあとりあえず切っとけよ。非通知なんて碌なもんじゃねえだろ」
「ああ、そのつもりだ。元より俺は非通知には出ない主義でな」
だがそう言った明人は中々切ろうとしない。
「……明人?」
「普段なら絶対出ない……出ないんだが。何故だろうな。俺はこの着信に応じなければならない気がするんだ」
「は? お前何言って……」
言っている途中で押し黙った。
普段非通知に出ない明人が、出なければならない気がするという謎な事を言い始める。
それはどこか、俺がメリーの言動を肯定しようとする風に感情が誘導されたのと同じような感じがして。
……明人が冗談では無く、本当にそういう風に意思を誘導されているのではないかと感じてしまって。
……そして。
「とりあえず……出るぞ」
ついに明人は謎の非通知の着信に出た。
「……もしもし」
そしてスマホを耳に当ててそう言った明人に対し、電話の主は何を言ったのだろうか。
明人は一瞬目を見開いた後、静かにスマホを下ろした。
画面には通話終了の文字。
「どうした? 一体誰に何言われた?」
俺の言葉に対し明人は少しだけ躊躇うような素振りを見せたが、やがて答える。
「……私メリーさん。今駅前に居るの……だそうだ」
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