3 自己紹介


「……」


 分かっている。

 明らかにこんなのは嘘だ。嘘以外の何物でもない。


 設定。

 虚言。

 それらに身を委ねる自己投影。


 その結果。

 それだけでしかない。


 そう確信を持って言える位に、あまりにも現実離れした発言を少女は口にした。

 ……だけど変わらず、嘘を言っているようには思えなくて。

 まるで本当の事を語っているように思えて。

 そしてそんな表情や声音で得た情報の後押しをするように、彼女の言葉を肯定しようとする不可解な感覚が再び襲ってきた。

 最初から嘘だと強く認識出来ているから瀬戸際で受け入れずに済んでいるだけで、そもそも可能性としてあり得る事を口にされていれば納得していたと確信できる程の感覚が。

 そしてこちらの感情を置いてけぼりにしたまま、少女は言葉を紡ぐ。

 ……瞳に、涙を浮かべて。


「ほんと良い思い出無かったな……それに復讐開幕早々空腹で動けないとか……この世界って私に恨みでもあるのかな? 良い事なんて何もないじゃん」


「……」


「あ、いや、それは違うか。良い事もあった。うん、会ったよ良い事」


 そう言って涙を拭った少女は、小さく笑みを浮かべる。


「キミみたいな優しい人に出会えた」


「……そっか」


 ……とにかく、少女の話はあまりに非現実的だ。


 表情声音。

 不可解な現象。


 それらにより本当だと思わせて来るが、それでも間違いなく嘘だ。

 本当の筈がない。

 だけど流した涙はきっと本物で。

 俺なんかと会えた事が良かった事だと言ってくれて。

 そうなるに至るまでに何かしらの辛い事が会ったのだけは、きっと間違ってなくて。


「……まあそう言ってくれて良かったよ」


 ひとまず俺なんかと会えてよかったという言葉に対しそう答え、これからの事を決めた。

 もしまだコイツが愚痴るように何かを話そうと思ったなら、本当だろうが嘘だろうが何でもいい。

 話を合わせて聞いてあげて、スッキリさせてあげよう。

 とりあえずそんな事位ならできる筈だから。

 そしてそう決めた俺に対し、少女は言う。


「あ、そう言えばキミの名前、聞いて無かったね。教えて貰ってもいい?」


 そう言えばしばらく話していたけれど、お互いの名前も知らないままだったな。


「吉崎将吾。好きに呼んでくれ」


「将吾か……良い名前だね」


 そう言って笑った後、少女はお返しとばかりに言う。


「じゃあ次は私の番だ。私はメリー」


「そっか。メリーか。良い名前じゃん」


「でしょ?」


 多分偽名だろという言葉は口に出さずに飲み込んだ。


「あ、じゃあ改めて。ありがとね、将吾。キミのおかげで助かりました」


「どういたしまして。この程度で元気になってもらえたらお安い御用だ」


「このお礼は今度絶対にするから。それまで待ってて」


「いいって別にそんな事しなくても。たかが一二〇円だぜ? 半分にしたから六〇円。態々貰う様なもんじゃねえ」


「それでも善意は善意だよ。私はとっても嬉しかったから。だからお礼はしないと駄目なんだって思うんだ」


 それから数歩前へと踏み出して。こちらに振り返って言う。


「今度キミを見かけるまでには考えとくね。私はお腹も膨れたのでそろそろ行くよ」


「これからどうするんだ?」


 その問いかけに、嘘偽りのなさそうな声音と表情でメリーは言う。


「私を殺した誰かを探しに。この中の誰かがその犯人」


 そんなあまりにも物騒な事を。

 そしてそう言った彼女は、持っていた鞄からノートを取り出して中身を見せてくる。


「うわ、なんだこれ……電話番号か?」


 彼女の見せてきたノートには、いくつもの電話番号が書き綴られていた。

 名前も何も書かれていない、ただ番号だけが乱雑に書き殴られた電話帳。

 それはどこか狂気的で不気味ですらあった。

 ホラー映画の小道具と言われれば信じてしまいそうな程に。


「うん、そだね。一〇〇分の一。この中の一つが犯人の電話番号」


 彼女はそう言ってノートを閉じると、機嫌良さそうに踵を返す。


「それじゃあ頑張ってくるよ。また今度ね」


「お、おう、また今度な」


「じゃあね、将吾」


 そう言って彼女はもう一度笑みを浮かべてこの場を去っていった。


「……結局、何だったんだ」


 ……果たしてあの子が一体何を抱えていたのかは結局分からず終いで。

 それでも少しだけ明るくなってくれたような気がして。

 それは良かったと、そう思いながら。


 メリーとの一度目の邂逅は終わりを迎える。

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