2 家出少女電波系
コインパーキングを後にした俺は、近くのコンビニで肉まんを一つ購入して踵を返した。
果たしてまだ少女はそこにいるのだろうか? いなければこの肉まんは俺の胃袋行きだ。
「ほら、買ってきたぞ」
そんな考えでコインパーキングに戻ると、少女はまだそこで同じ様に座りこんでいた。
もしかしたらいなくなっているかもしれないと思ったと聞けば「お腹減って動けないって言ってるじゃん」とでも返してくるのかなと考えながら、肉まんの入った紙袋を手渡す。
「まあとりあえず金はいらねえわ」
「そもそも一銭も持ってないからね。どう足掻いたってそうなるよ」
「……だったらそれ事前に言わない? 請求されたらどうすんだよ」
「まず真っ先に食べないと死活問題だからね。その辺はごめんだけど」
「……まあいいや。とりあえず冷めない内に食っちまえ」
「そうだね。そうするよ」
言いながら少女は小袋から肉まんを取り出して、ほぼ均等になるように二つに割る。
「キミの分。はいどーぞ」
「いや、一応一個丸々お前の分と思って買ってきたんだけど」
「でも買って来て貰っといて、私だけ食べるのもなんかアレじゃん。一緒に食べようよ」
「……まあそういう事なら貰っとく」
そこまで言われると断る方が悪い気がして、差し出された肉まんの片割れを受け取った。
「いただきまーす」
そう言って少女は肉まんを頬張る。
その様子はさながら久しぶりに食事にありつけたかの様で、先程から言っている空腹で動けないというのがマジな話に思えてきそうだ。
そんな訳が無いのに。
「……」
気を抜けば実際にそう思ってしまいそうな自分がそこにいた。
納得しかけた自分がいた。
……落着け。そう心中で何度も唱える。
不可解だ。不可解すぎる。自分の感情の動きが。
まるでこの少女の存在を肯定する為に、こちらの感情が誘導されている気分だった。
自分が馬鹿みたいな事を考えているのは百も承知。
だけど程度は違えど一度ならず二度までも同じ様に感情を揺さぶられれば、その不可解さは思考にこびりつく程強くなる。
「あれ? 食べないの?」
「いや、食うよ折角だし」
そう答えて肉まんを齧る。
齧りながら、不可解な現象について考える。
結局食べ終わるまで何の答えも出なかったけど。
「ふー、ごちそうさまでした! これでようやく元気が戻ってきたよ」
「そりゃ良かったな。って事はもう動けるようになったか?」
「なったよ! これで私はどこにでも行ける!」
言いながら少女は立ち上がって、空高く手を突き上げる。
元気になりすぎだろ肉まん半分程度で……まあ動けないって言われるよりは良いけど。
「じゃあ動ける内に家帰っとけ。こんな所でぼーっとしてたって事はどうせ暇なんだろ?」
動けるようになったと言っている以上、人に迷惑を掛けるような事は無いだろうけど、とりあえずそう進めておいた。
マジでどうせやる事なくて此処にいたんだろうし。
だけど少し真面目な表情で少女は言葉を返してくる。
「暇じゃないよ。やる事は一杯あるんだ……それに帰る家も無いよ私」
「はぁ?」
帰る家が無い……それはつまりだ。
「なにお前、家出でもしてんの?」
だとすれば早く家帰れと言わざるを得ない。
女の子が家出してこんな所で座りこんでいて空腹アピール。エキセントリックな言動を乗せて……どう考えても補導役満案件だ。
それになんとなく、なんか悪い男にでも捕まりそうで怖い。
凄く素直に付いて行きそう。
だから此処まで関わってしまった責任もあるので家へ帰れと……そう促そうとした。
「家出じゃないよ。そういう事じゃないんだ」
俺の仮説を否定してきた。信頼度は全くないけれど。
「そういう事じゃねえって……じゃあ一体なんなんだよ」
「んーと、なんて言えば良いのかな……さっきも言ったけど、出る出ない以前に住んでた家が無いんだよ。まあ強いて言えば、七年前に本当に一瞬だけ此処が私の家だったんだけど」
「……ん? もしかしてお前此処にあったアパートに住んでたのか?」
「うん、そだね。あ、此処にアパートあったの知ってるんだ」
「俺自身そのアパートに昔住んでたしな。取り壊されるより随分前に引っ越したけど」
……言いながら記憶を遡る。
七年前。丁度俺が小学三年生の頃、その時期はまだ此処にあったアパートに住んでいた。
その時の記憶はもうそれなりに昔の事という事もあって結構朧気ではあるのだけれど、果してその時期に年の近い女の子なんて住んでいただろうか?
……俺の記憶に残っている限りでは、いなかった気がするんだけど。
そんな風に記憶を探っていると、少女は嬉しそうに俺の手を取ってくる。
「そうなんだ。奇遇だね! そう考えると此処でこうしてお話出来ているのは何かの縁だったんだよ!」
「お、おう、そうだな……」
「いやーこれは嬉しい出会いだよ!」
そう嬉しそうに言った少女だが、そこでその笑みはどこか渇いた物へと切り変わる。
「……私の持ち主が、キミみたいに優しい人だったら良かったのに」
「……ッ」
思わず声にならない声が溢れ出た。
その声音から伝わってくる感情は酷く重くて。
これまでの空気とは大きく様変わりしていて。
様変わりしすぎていて。
とてもじゃないが演技をしているようにも見えなくて。
……そんな不穏な言葉が真実のように思えてくる。
これまでの様な不可解さもなく。そんな不可解さに介入されるまでもなく、ただ純粋に本当の事を言われていると思う自分が居る。
分かっている。何故か肯定しそうになってしまうが、それでも多分というより間違いなく、目の前の少女の発言には多くの虚言が混じっていて。
自らに課した設定から絞り出されているような言葉が並べられている筈で。
言っている事に信頼性なんて何もない。
だけど……それでも。
「持ち主って、なんだよ……お前、一体何があったんだ?」
そんな言葉を吐きだしていた。吐き出せていた。
不可解な何かに介入されるまでもなく、その言葉は自分の意思で絞り出せた。
持ち主という呼称が、少女の中の設定なのかどうかは分からない。
もしも設定ではないとすれば自分を誰かの所有物と考えているような、そんな碌でもない事を真剣に考えているという事で。
仮に呼称が設定であってくれたとしても、持ち主……多分親か何かとの間で本当に碌でもない様なトラブルを抱えているという事のように思えて。
だから踏み込んでいた。
ただ単純に、心配だった。
そもそも何かを判断するにはあまりに情報不足で。
そもそも第三者である俺が安易に踏み込んで良いような話ではなくて。
それは分かっているけど……それでも。
黙って適当にあしらって立ち去るなんて真似は、もうできなくなっていた。
「心配してくれるんだ……ありがと」
そう言って微かに笑みを浮かべる。
「そりゃするって。いくらなんでもスルーなんてできない」
「ははは……ほんとにさ、キミだったらよかったな。うん」
そう言って笑った後、徐々に表情に陰りを見せて、そして言う。
「焼き殺されたんだ。昔の持ち主に。だから私は復讐の為に此処に居る」
そんなあまりにも理解が及ばないような、そんな言葉を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます